第31話 王都グラズヘイム
遂に王都グラズヘイムへと到着した。王都というだけあり、高く長い城壁が街を取り囲み、規模も今までの街とは大違いだ。
遥奥には王の住まう宮殿が鎮座し、その周辺も数々の城塞により堅牢に守られている。その正面にはグランツエッテと呼ばれる美しい庭園が広がっていた。
街の様子は殺伐としていて、なぜか慌ただしく人々が動いている。何か問題が起きているかのように。
「何かおかしいな。事件でもあったのか?」
俺の声にライデンが動く。近くの通行人の男を呼び止めて聞いている。攻撃速度だけでなく、こういう動きも早い女だ。
「そこの人、少しよろしいか?」
「なんだい?」
「街の様子が慌ただしいようだが、何かあったのか?」
「あんたら知らないのかい。戦争だよ、戦争」
「は? も、もしかして魔族に戦争を仕掛けたのか?」
戦争という言葉で頭にジャスティスの顔が浮かび、俺はとっさに二人の会話に割り込んでいた。
「ニイチャン、知ってるじゃねーか。そうだよ、アースガルズが魔族領ニヴルヘイムに攻め込んだんだ。魔族と戦争になるってことで大騒ぎよ」
何だって、一歩遅かったのか!
「早過ぎるだろ。こんなに早く戦争の準備ができるはずない。軍を動かすには兵站が重要なはず。いったいどうやって……」
「どうもこうも、本隊はまだ準備中だよ。まだ補給も後方支援も何もねぇからな。先遣隊としてグラズヘイムを守備している精鋭が向かったそうだぜ」
いやいやいや、俺もゲームも戦争の知識も少ないけど、強力な魔族が支配する魔族支配地域に、少数の部隊だけで攻め込めるはずがない。何をやってるんだ。
「あっ、そうそう、少し前に伝説の英雄だと名乗る男が現れて、そいつが軍を先導したって噂だな。何でも一人で王宮に突っ込んで行き、近衛騎士団を倒しちまったそうだ」
「ジャスティスじゃねーか! あのバカっ!」
――――――――
街に入ったばかりで休憩と食事をかねてレストランに入った俺達は五人で話し合う。
「最悪だ。もう戦争が始まってしまった。いずれここも戦場になるかもしれない」
「くそっ、私があの男を止めていれば」
ダンッ!
俺の話にライデンが悔やんだ顔をしてテーブルを叩いた。ジャスティスの様子がおかしかったのに、そのまま別れて別行動したのを悔いているのだろう。
待てよ、ゲームの設定ではどうなっているんだ? 魔族と戦争になるストーリーなんだろうか?
「ララ、ちょっとゲーム内容を聞きたいのだが」
「う、うむ、何でも聞くが良い」
頼られて嬉しいのか、俺の質問でララの目が輝いた。
「ゲームシナリオでは魔族と戦争になる話なのか? 例えば、プレーヤー同士で協力して魔族領に攻め込むとか」
「そ、そうだな、序章以外の詳しいストーリーまでは公開されてはおらぬが、魔族領であるニヴルヘイムに攻め込むクエストはあった。やはり王道として魔王を倒すストーリーは定番だしな」
「ゲームでは魔族との戦争も設定されていたのか。そういう意味では、ジャスティスもシナリオ通りに動かされている気もしないでもない」
「そんなの嫌です」
突然ミウが声を上げた。
「ミウ」
「ゲームでは戦争したり敵を倒すのは普通かもしれません。でも、現実で戦争になったら、ミーニャちゃんのようなこの世界の人も死んでしまうかもしれないんですよ。私には、ミーニャちゃんがゲームキャラなんて思えません。私達と同じ血の通った人間です」
ミウが隣のミーニャを抱きしめる。
そうだ、この世界はゲームのような設定だが、ここに住んでいる人々は本物と全く同じに見える。モンスターを倒すと経験値とゴールドが入るから勘違いしそうだが、人間は元の世界と同じなんだ。
「ミウの言う通りだ。元の世界でも、この世界でも、戦争で大勢の人が死ぬのは止めないとな」
「うむ、同感だ。まあ、私は悪党には容赦しないが」
ライデンがつぶやく。
そうだった。ライデンは、そういうヤツだったな。まあ、悪人には速攻で斬り倒すが、一般人には優しいみたいだから良しとするか。
「よし、先遣隊とやらを追いかけて、ジャスティスをぶっ飛ばして止めよう。あいつは何かムカつくし」
「ああ、私も賛成だ」
「我も共に征こう」
「ミーニャも付き合うです」
俺に、皆も賛同してくれる。
「ジェイドさん、皆さん……」
ミウの顔が明るくなった。
「それで、どうするのだ? このままジャスティスを追うのか?」
ライデンが待ちきれないとばかりに立ち上がる。
「いや、先に王宮に行こう。詳しい情報も知りたいし。あと武器屋に寄ってくれ。俺は剣も使えるらしいが、ショボいドロップ品しか持ってないんだ。装備を整えたい」
食事を終えた俺達は、ジャスティスを止めるために動き出した。
◆ ◇ ◆
「う~ん、良い剣がないな」
王都の武器屋とあって、凄い聖剣や魔剣が置いてありそうだと期待したが、並んでいるのは普通の剣ばかりだ。
ジャスティスの聖剣コレクションが羨ましいぜ。いや、あの装備がチート過ぎるだけなんだけど。せめて、もう少し強そうな剣が欲しいところだ。
「おい、あんた。うちの品に文句いってくれるじゃねーか」
店の奥からスキンヘッドの厳つい男が現れた。いかにも武器屋の主人といった感じだ。
「こちとら王都一番の品揃えだと名乗ってんだ。ほら、このミスリルソードは、そこいらじゃ手に入らねえ希少金属を使った高価な品だ」
ミスリルソードか。魔法を帯びさせるのには良いかもしれないな。
「それはいくらだ?」
「これは一品ものだからな。120万ゴールドだ」
「もっと強いのは?」
店主が呆れた顔をする。
「おいおい、あんた何もんだよ。そんな高価な剣を使いこなせるのか? まあ、強いモンスターの希少部位でもあれば合成してやれるんだがよ」
「それだっ!」
突然ララが声を上げる。
「何だララ?」
「ジェイドよ、飛竜退治でドロップした部位を使うのだ。ゲームでは希少部位を合成して強い剣を作るのは定番だぞ」
「おおっ、その手があったか」
俺達の会話に、店主が驚いた顔をする。
ガサガサガサガサガサ!
俺が店のカウンターに希少部位を並べる。飛竜の爪、飛竜の鱗、飛竜の牙、飛竜の尾、飛竜の目玉。それぞれ大量の部位だ。
「おいおいおいおい、本当に何者だよ。こんなに大量に……」
武器屋をやっているだけあって、素材には目が無いようだ。少年のように目をキラキラさせている。
「それで合成して強い剣を作ってくれ。余った素材はあんたにあげるから、なるべく早くな。あと値段もまけてくれ」
「あ、ああ、分かった。すぐ仕上げよう。明日の朝までには。はははっ、こいつはすげえや。良い素材じゃねーか」
素材が手に入って大喜びの店主に武器の合成を任せて、俺達は王宮へと向かった。
◆ ◇ ◆
王宮へと続く城門のところに、近衛兵らしき者達が厳重な警備体制を敷いていた。先日のジャスティスの襲来で、より警備が強化されたのだろう。
そんなところに怪しげな冒険者が現れたのだから予想通りの反応をされる。
「おい、怪しい奴め! ここは王の御座す宮殿である。通すわけにはいかん!」
あちゃー
まあ、そうなるわな。身元不明の冒険者なんか通すわけないし、ここは少し強引に行くしかないか。
俺がジャスティスと同郷の戦士だと告げようとしたその時、ララが前に立ち高らかに宣言してしまう。
「ふあぁーっはっはっはっはっ! 我らは天界より降臨せし伝説の七星神なり! 世界の終焉を止めるべく、彼の地より推参したのだぁぁぁぁーっ!!」
ララの言葉で近衛兵がパニックになってしまう。たぶん、伝説の英雄にトラウマがあるのだろう。
「うわああああっ! また出たぁぁ!」
「また伝説の英雄だぁぁぁぁ!」
「もうボコられるのは嫌だぁ~っ!」
王宮に激震が走る。
予想していたより大事になってしまった。




