第20話 王都に向けて旅立ち
よく晴れた気持ちの良い日。俺達は馬車に揺られ王都方面に向け移動中だ。この国では馬車が各都市への交通手段となっているようで、街から街へと往復しているのだ。とりあえず金も貯まったので、冒険に出発しようと隣の街までの馬車に乗ったのだった。
違う街に行くのには、もう一つ目的がある。
俺のスキル【転移】は、一度行った場所をマーキングしておけば、そのイメージを思い浮かべながら転移すれば行けるらしい。何も思い浮かべずに転移した場合は、最初の時のようにどこに飛ぶのか不明だが。
「それにしても眠い……」
天気は気持ち良い快晴なのに、俺は寝不足でどんよりしていた。
温泉で聞き耳を立てていたお仕置きと称して、また同じベッドで眠ることになってしまったのだ。何でこいつら一緒に寝たがるのが意味不明だ。
俺も男なのだから、そろそろ色々と限界なのだが。
「大丈夫ですか? ジェイドさん」
「誰のせいだと思ってるんだ?」
ニコニコと可愛い笑顔で聞いてくるミウに、ツッコミを入れてしまう。だいたいミウのドスケベボディが悪いのだ。
「えっ、誰ですか? もしかしてララさん」
「おまえだっ!」
「はひっ」
とぼけているのではなく、普通にポンコツだった。
「ミウが、毎晩毎晩ギュウギュウと、そのドスケベボディを押し付けてくくるから睡眠不足なんだろが。本当に欲求不満なんじゃないのか?」
「ちちち、違います。何で皆で私をエッチな子にしようとしてるんですか。私は抱き枕がないと眠れないんですぅ」
「それで……俺が抱き枕なのか……。おい、これが俺だから耐えているが、他の男にしたら今頃おまえは襲われてるところだぞ」
「ほ、他の人になんてしません。それに、ジェイドさんは襲わないって約束してくれたじゃないですか……」
ミウと始めて会った時の約束を思い出す。
くっ……軽い気持ちで約束してしまったが、こんなにキツいとは思わなかったぞ。抱き枕攻撃されながら、おあずけくらうとか拷問かよ。
それに、他の人にはしないとか……また誤解させるような発言を。まったく、天然なのか魔性の女なのか。
「むぅぅぅぅーっ」
また、ララの方から圧を感じる。
俺がミウと話していると、毎回拗ねてしまうのだ。ララはコミュ障だけど構ってちゃんなのかもしれない。可愛いと思う反面、ちょっとだけストーカー気質がありそうで怖い。
「ララ、何を唸っているんだ?」
「そ、そなたがミウばかり構っているからだ」
「えっと……どうすれば」
相変わらずララは分からん性格だな。俺は高校時代に女子と親しくしてなかったから、こういう時にどうすれば良いのか分からない。とりあえず頭でも撫でておけばいいのか? ネット情報では、そんなことが書いてあった気がするぞ。
ナデナデナデ――
俺はララの頭を撫でてみた。シルクのように滑らかで輝くように艶やかな黒髪。サラサラで気持ち良い。俺の手を黙ったまま受け入れているララ。その表情は垂れ下がった髪で隠れて窺いようもない。
「くふっ、くふふっ……ジェイドよ、そなた……こんなに我を昂らせて、もうどうなっても知らんぞ」
怖っ! 怖過ぎるぞ。
すだれのように垂れ下がった黒髪の隙間から、ドロドロとした目を覗かせて不気味な笑いをしている。何かとんでもないことをしてしまった気もするが、怖いから深く考えるのを止めよう。
「うわぁぁあ…………」
俺達のやりとりを見ていたミーニャが変な顔をしている。
「どうした、ミーニャ?」
「御主人、ミーニャはどうなっても知らないです。あと、ミウも睨んでいるです」
ミーニャに言われてミウの方を見ると、ミウが『ぐぬぬ』といった感じの顔をして怒っている。
そういえば、パーティーメンバーには平等に接しないとダメだったな。ミウも頭撫でておくか。
「ほら、ミウも偉い偉い」
ナデナデナデ――
「はうぅ~っ、ジェイドさん、くすぐったいです」
怒っていたミウが、一気にご機嫌になった。
「よし、ミーニャもナデナデ~」
「ふにゃ~やめるです……ごろごろ」
ついでにミーニャもナデナデしたら大人しくなった。
これでパーティーが安泰なら安いもんだぜ。ふうっ、今日もパーティーの危機を救ってしまったぜ。俺って意外にやる男だな。
そんなこんなで馬車は街道を進んで行った。
◆ ◇ ◆
トコトコと馬車は街道を進み、俺は睡眠不足もあってかウトウトと眠りに落ちていた頃。突然それは起こった。
ヒヒィィィィーン!
ガシャーン!
「うわぁぁぁぁっ!」
何やら外が騒がしい。
「――んっ? 何だ……」
外から物騒な声と音が聞こえる。何やら「金目の物を出せ」と言っているようだ。
俺は肩にもたれ掛って寝ているミウとララを起こす。
「おい、起きろ。非常事態だ」
「んんっ~何ですかジェイドさん」
「ふへへっ、ストーカーしちゃうぞぉ……」
二人は寝ぼけていて役に立ちそうにない。俺はミーニャに二人を任せて外に出ることにした。
「ミーニャ、二人を起こしてくれ。俺は外に出て戦う」
「はいです。御主人」
ザッ!
馬車から飛び出ると、そこは事件の真っ只中であった。ちょうどその時、馬車を運行していた御者の男が、盗賊と思われる男達に斬られているシーンに遭遇する。
グサッ!
「ぐわぁぁーっ!」
御者が服を赤く染めて地面に倒れ込む。改めて思うが、ゲーム世界のようなこの国はモブに厳しいようだ。
「うわっはっはっ! そこの男、早く金目の物を出せ!」
盗賊のボスらしき人物が、俺に剣を突き付けて命令している。
どうする……魔法で倒すか。こんなクズでも殺すのには抵抗があるが、躊躇していたら御者のように殺されてしまう。
ガシャーン!
「ぐへへっ、馬車の中に若い女が乗ってるぜ!」
「こりゃ上玉だ。とびきりの美人だぜぇ!」
「ひゃっはぁーっ! ひっぺがせぇーっ!」
「きゃぁぁぁぁ~っ! ジェイドさぁ~ん」
「うわわわわぁぁぁぁ~ん! 助けてぇーっ!」
「ふにゃにゃーぁ!」
馬車の中から三人の悲鳴が聞こえる。
マズい、敵が多い。先ずはミウ達を助けないと。と、いうか……最強の七星神なんだから、ちょっとは戦って欲しいところではあるが。
「くらえっ、火球!」
ドドーン!
「「「ぐわああああっ!」」」
馬車を襲おうとしていた盗賊共は、俺の魔法で情け容赦なく吹き飛んだ。手加減をしてやりたいところではあるが、ミウ達の方が大事だから仕方がない。悪党には相応の報いをくれてやろう。
「おい、大丈夫か?」
「ふえぇぇ~ん、ジェイドさぁ~ん。怖かったですぅ」
「は、はひっ……ジェ、ジェイドよ、腰が抜けた」
「御主人、助けてですぅ~っ」
馬車を覗き込むと、飛び出てきた三人が必死になって俺にしがみ付く。嬉しいところではあるが、この非常事態に手足にまとわりつかれては身動きができない。
「おい、待て! 動けないだろ」
「ふええぇ~ん」
「ジェイドぉぉ~っ」
「助けろですぅ~」
あああっ、ポンコツ娘よ……
「くそっ! よくもやりやがったな!」
「もう許さねえ、やっちまえ!」
仲間をやられた盗賊団が激昂して俺に武器を付きつける。しかし、ピンチになったその時、まさかの出来事が起きたのだった。
それは雷鳴のように現れ、閃光のように煌く。圧倒的な存在感を持つ強者の登場である。




