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のんさん

作者: 竹下博志

のんさんは僕のお客様だった。

そのころ僕は注文住宅の営業マンをやっていて、のんさんの家を新築するべく契約したのだった。通常はここからだいたい半年か一年くらいで家が完成するので、お付き合いはだんだんと疎遠になっていくのだが、のんさんとはもうかれこれ二年ほどの付き合いになる。

というのも、のんさんの実家は土地持ちで、建築地の候補がたくさんあり、どこに建てるか悩んでいたからなのだった。

それもまた悩ましいところだ。通常は選択肢などはないからここは早く決定する。

のんさんの場合、ぜいたくな悩みだった。

ただ、のんさんの提示する建築地ときたら、山の斜面だったり、道路のない田んぼだったり、(道路がなくては建築ができない、どうしてもという場合は道路を通さなくてはならない)鋭角な三角形の土地だったりするのでこれがまた輪をかけて悩ましいのだった。

ところでこの新築は、注文住宅なので、肝心の住宅自体もまた普通なら悩みの種なのだが、これは意外にも簡単に済んだのだった。住宅会社のプラン集の中にある既存のプランでいいということだった。ほかのお客様だったら実はここが一番の悩みどころなのだ。

お客様が百人いれば、普通は百通りのプランがある。つまり人それぞれの生活パターンの数だけプランはある。それには絶対的な正解なんてないのだ。洗濯物の干し方だったり、風呂に入る時間帯だったり、タオルをどこに置くとか、料理はどれくらい本格的なのか、何人分作るのか、何人で食べるのか、テレビはどれくらいの大きさなのか、子供たちはどこで勉強をするのか、そういうことの積み重ねでプランというものはできている。

だから、考えすぎてあまりにひどいプランになってゆくようならば、止めたりもするが、

それ以外はだいたいお客様主導で打ち合わせを重ねてゆく。

そのうえ、注文住宅のプランニングなんてなかなか人生の中で数多くあることではないし、いったん決まってしまえば後戻りできないものだから、ほとんどのお客様はここでたっぷりと時間をかける。

その点、のんさんの場合は達観したもので、どうせこんなものは悩んだって一緒だと笑い飛ばした。

「息子がそのうち大きくなったらセンズリしまくるから、それが気兼ねなくできるような間取りやったらそれでいいねん。」

と言いながら、照れ笑いをする。こんなネタですみませんなぁと顔に書いてある。

その分、のんさんは内装にこだわった。大勢が集まって、パーティーするときの一枚物の大きなテーブル板を見つけてきたので、見ておいて欲しいに始まり。

襖絵を若冲にしたいので若冲の襖絵を取り扱っているところを探してほしいとか。

ガレージは米軍が基地に使っているかまぼこ型のテントタイプがいいとか。

庭には果樹園を作りたいとか。地下室を作って、ワインセラーにしたいとか。等々。

建築地の準備がまだできないのに、そんなアイディアだけはどんどん湧いてくるのだった。

 のんさんはそんな感じで常に何かを考えているような人だった。

のんさんは居酒屋をやっていて、その居酒屋ものんさんのアイディアで満ちていたように思う。

居酒屋は二件ほど持っていたけど、業務の拡大というか、新規事業のほうも熱心で、

いきなり電話をかけてきては、土地が決まったのかな?という僕の淡い期待をしり目に、

「たけちゃん、ちょっと見てほしいものがあるんやけど来てくれる?」

と駅前まで呼び出しておいて、自分はどんどん細い路地を入っていくのだった。

自転車が通れるかどうかという狭い通路を抜けて、ほとんど百年は経とうかという古い街並みの中に、これまたひときわ大きな古い建物が建っていて、どうやら空き家のようだが、

「たけちゃん、これこれ。」とその建物を指さしている。

「これが売りに出ててな、これを買って、つぶして、この敷地で屋台村をやろうかなと思ってんねん。」

そう言いながら、古いノートに殴り書きをした手書きの設計図を取り出した。

見てみると、入り口がドリンクコーナーになっていて、次は生簀である。

「ここでな、まず飲み物をオーダーしたら、隣で魚を選ぶんや。」

その奥はキッチンと客席、客席はオープンだ。

「キッチンで魚をさばいてる間に、野外で飲みながら料理が来るのを待って、花見酒や。」

なるほど、客席の前は植栽だ。

「いつ来てもな、なんかが咲いてるようにするんや。ここやったら駅に近いしどうやろ?」

と、設計図を見る僕の顔を覗き込んでくる。実に楽しそうでしかも、どや顔。

僕はすごいなと感心しながら、ちょっと羨ましかった。のんさんの居酒屋は安定しているように思えた。だから、のんびりして居ればいいのだ。ちなみにのんさんと僕は同い年だった。

もう、50になろうとしていて、新しいことをしようか?なんて歳じゃあないと、僕は思っていた。だがのんさんは違ったようだ。そのことがちょっと新鮮だったし、羨ましかったのかもしれない。今まで僕の周りにはいなかったタイプの人だった。

「すごくいい計画ですけど、この場所で建築するのは難しいと思います。道が狭いですし。資材が運べません。営業できたとしても、食材なんかが車では運べないのと違いますか?」

「そうかあ。やっぱりなあ。ここでは難しいか?」

「はい、そう思います。」

「わかった。」

生き生きとしていたのんさんに否定的な意見を言うのは少し言いにくかったが、正直なところだった。狭い通路は何百メーターとあって、その直近の道路も駅前の狭い道でどう考えても建築車両やなんかを置く場所もなかった。資材だけじゃない、ゴミだって大量に出るのだ。それを運ぶのに小分けにして何往復もしなければならない。人海戦術だが、しょせん建築費なんて人件費がほとんどなのだ。

どうしてもということならば、金と時間をかければできないことはない。しかし商売なのだから、あまりにコストがかかるのは危険だと思った。

面白い企画だったので、僕も残念だった。出来上がりが見たかったし、そんな施設はここらにはなかったから、余計だった。

 のんさんは一事が万事そんな感じだった。

ある時、また突然電話がかかってきた。いよいよ土地が決まったかな?と、これは毎度のことだ。

「たけちゃん、ちょっと聞いてほしい話があるんやけど、ここまで来てくれへん?」

ここというのは居酒屋だった。のんさんの居酒屋ではない。

のんさんは一杯やりながら、もうすでにいい感じで僕を迎えた。

カウンターの前に料理が大皿で盛ってある。芋や野菜はじっくりと色づくまで煮込んで、つやつやしてまだ湯気を立てていた。少し時間が早いのだ。その他、厚揚げや、肉じゃが、豆。いずれも家庭料理でそれを小鉢に入れてもらって、呑むタイプの家庭的な店。

おかみさんはまだ開店の準備をしていて、お客さんはのんさんだけだ。その割にのんさんはもう出来上がっていた。

のんさんは僕にも酒を進めたが、まだ仕事中なのでウーロン茶にする。

「昨日なあ、東北に行って来てん。そこにな、海鮮卸の会社の経営する立ち食い寿司屋があるねん。それを見に行ってきたんや。海鮮卸の会社の出すネタやから良いネタでな。」

けっこう濃い水割り焼酎をぐびり、飲み干すなり、自分で目の前の焼酎の瓶を片手でつかんだかと思うと、雑に大きなコップにどばどばと入れて、水を少し、氷を少し入れる。

「客単価も高いねん。立ち食いやからゆうて、安もんと違うねん。でもってな、回転率がすごいねん。」またぐびり。夏のグラウンドで練習した野球部員が、水を飲むような呑みっぷり。

「そんなとこに来る客はな、高くても良いもんがちょっとだけ食いたいねん。安い回転寿司で腹いっぱいとかと違うねん。だから何皿かつまんだら出て行きよる。でも立ち食いやから、場所代もフロアーの人件費もいらんねん。その分安いわけや。で、そのことのわかってる客が来る。ほとんどが単独客、滞在時間も短い。立ち食いの形態にマッチしとる。」ぐびり。

「なかなか面白い店ですね。」

「そうや、店の外でな、ずっと見てたんや。おもろいこと考えるやつがおるってな。」

のんさんは興奮していたが、ちょっと悔しそうだった。気持ちはわからなくはない。

同業者にだし抜かれた気分。自分が気付かなかったことを先んじられた時の悔しさ。

「そこでや、俺もそれをやろうかなと思ってる。」ぐびり。カラン。無くなった。また瓶に手が伸びる。すごいペースだ。

目が座っていたが、本気だったと思う。その証拠に、

「たけちゃん、今の仕事辞め。一緒に店やらへんか?」

住宅営業から一転して、寿司屋?

僕は外食産業は素人ではなかった。以前、ファーストフード店の店長をしていたこともある。のんさんもそのことは知っていた。

でも、人を育てて、使って、評価してというような仕事はもう嫌だった。

一人で好きなように仕事をしたかったから営業マンになったのだ。自分の責任は自分次第。

人を使う苦労と、思ったようにいかないときの歯がゆさ、数人いる従業員の評価については、誰が誰より上だとか下だとか、だれが嫌いだとか、誰それとは合わないだとか。云々。

おまけに僕には人を育てるのに必要な根気と愛がない。自分でしたほうが早いのになんて思いながらイライラしながら我慢して、でも結局自分でやって、終わった後のがっかりした感じ。そういうことの繰り返し。もううんざりだった。

そういったことを正直に話した。

「そうやな、この業界その通りや。わかるわ。悪かったな。呼び出して。」ぐびり。

僕は外に出た。あの時、話を受けていたら、どうなっていたのだろうと、今でも時々考える。

しかしまあそれはなかっただろう。わがままだけど、僕はわがままな人間だ。

 ある日のこと、また電話が来た。

「待たせたなあ。土地が決まったわ。」

道のない田んぼだった。

田んぼは農業委員会の許可を取らないと、勝手には宅地にできない。

あくまでも農地として使うことで、税制上優遇されているからだ。

だから、許可を取り、道をつけ、水道を引いて、造成をして初めて、家が建てられる。

まあ、すべて順調に進んで、良いところ半年か。

その間、のんさんはもう寿司屋の話をしなくなった。

一方で、アイディアはまだ尽きることがないと見えて、仮住まいとして住んでいるアパートを猫と同居できるようにリフォームしたいと言い出したり、やはり同じアパートにウッドデッキを取り付けて、京都の鴨川にある納涼床のようにしたいとか、例の鋭角な三角形の土地に空中屋台村を作りたいとか言い出したりした。

造成の半年と、新築の建築の間、猫用のリフォームと、納涼床は完成し、のんさんは猫と暮らしながら、納涼床で(おそらく数回は)酒を呑んだ。

ちなみにアパートはのんさんの実家所有のものだ。

一方で、空中屋台村はやはりというか委託された業者(僕の紹介だったが)が恐れをなして、

頓挫してしまった。屋台村を空中で支える木の柱は設計図面では何の裏付けもない経験と勘にたよったものだったが、そもそも経験なんて存在しないわけで、そのような賭けに勘だけで乗り出すのはだれだって怖気づいてしまう。鉄筋のピロティ型駐車場の転用を提案したが、これは却下された。木造で味がある感じでないとダメ。イメージは港の桟橋。

だからと言って、それが倒壊なんてした日にや、みんな一蓮托生で犯罪者だ。

そのうえ、屋台村のすぐ裏、手の届く範囲くらいに隣地の住宅の物干し台があり、これにはもう嫌な予感しかしなかったから、僕も含めて、皆心からほっとした。

 そうこうしているうちに、いよいよ造成が完成に近づいて、僕は現場に見に行った。

現場に居ると、向こうからのんさんがやってきた。

二人して、いよいよですね、なんて言いながら眺めていて、暫く感慨にふけっていたが、

「たけちゃんは夢なんてあるの?」とのんさんが聞いてきた。

若い二人ではない。さっきも言ったが、もう二人とも50近い。いくらなんでもこの年になって夢を聞かれるとは思っていない。

かなり照れ臭いシチュエーションだがのんさんは普通にそう聞いてきた。

「夢ですか?定年退職したら、本でも書こうかと思ってますけど、それくらいですかね。」

別に夢とか言うようなものでもない。仕事に行かなくなったら、やることもないし。

できることと言ったらそれくらいかなあ、というくらいの感覚だった。

「そんなん、今からでもできるやん。」

のんさんが即座に言う。その通りだ。のんさんはあっさりと言ったけど、目は大きくむき出しになっていて、ほかに何か言いたそうだが、我慢しているのがわかる。

目の玉から言葉が出てきそうだった。

それからというもの、会うたびにのんさんは、「あれはどう?」と聞いてくるようになった。

「書いたら読ましてよ」というのはあいさつ代わりとなった。

 ところでのんさんは酒が好きで、毎日大量にすごいペースで呑んでいる。

一度ならず何度か、アルコールのせいで倒れて、入院して、医者の先生に、普通やったら死んでる数値やけどなあ、なんて言われながらもまだ呑んでいた。

この話は笑い話として三回ほど聞いたと思う。

そんなのんさんだったが、ある日のこと、また電話がかかってきて、

「迎えに来て。」と言う。

場所は行きつけの喫茶店だった。迎えに行くと、どういうわけなのか、喫茶店から大きな缶酎ハイを持って出てきた。足がおかしくなっていて、ほとんど関節が曲がらなくなっていて、普通に歩けてなかった。

車に乗り込むのも一苦労だったが、走り出すと、

「足がな、動かへんねん。せっかく新車買ったけど、運転できひんわ。」と、ずいぶん弱気なことを言う。確かに新車は買ったばかりだった。買ったばかりのころ、僕の勤める会社まで乗り付けてきて、嬉しそうに説明してくれたことがあった。

で、猫のアパートまで送っていったが、階段もなかなか上がれなかった。

もう笑い話ではなくなっていた。

それから、新居が完成して、僕は新居の引き渡しにのんさんを訪ねた。

引き渡しは、鍵を渡して、引き渡しの契約書にサインをもらう。サインは契約者本人の直筆でないといけない。そのことを告げると、

「もう字が書かれへんねん。ペンが持たれへん。」と言う。

こんな場合も基本代筆はだめだった。社内には書類屋みたいなやつがたくさんいて、うるさかった。彼らにとっては読めようが読めなかろうが関係ない。

落書きみたいな字であろうが、関係ないのだ。

本人にとっては屈辱的な行為だ。

特にお年寄りの方などは、もうペンが持てないとか、手が震えているとかそういう状態の人は多かったが、それでも無理にサインをもらっていた。

とにかく、のんさんに説明して、本人に書いてもらう。

のんさんは真っ赤な顔をして書いてくれた。

字は全く読めなかった。字というレベルではなくなっていた。

最初の契約時のサインは達筆だった。お互いに気まずくて、僕はすぐに外に出た。

出るときに、テーブルの上のおにぎりが目に入った。もう何日も前のもので、それが一目でわかるほどに悪くなっていた。

 のんさんが亡くなったと聞いたのはそれからしばらくたってからだった。

住宅ローンには生命保険がセットなので、借入れをした本人が亡くなったりすると、ローンの借入時にお手伝いをした営業マンに家族の方からの問い合わせが入ることが多いのだ。

じつは、僕は酒が好きで、何かしら毎日呑んでいるタイプだった。

でも、のんさんのことを聞いてから、呑みたいと思わなくなった。

酒が怖くなったというのとは違う。のんさんを奪った酒が憎いとか、そんな感じでもない。

ただ、なんとなく。そう、なんとなく。

数か月がたって、電話が鳴った。

のんさんだった。驚いた。

「たけちゃん、今から送るアドレスにアクセスしてみて。」とだけ言って、切れてしまった。

聞き違いではなかった。確かにのんさんの声だ。亡くなったというのは、間違えだったのだろうか?しかしそんなはずはない。送られてきたアドレスにアクセスすると、画面の向こうにのんさんが居た。どこかの部屋らしき所から、画面に向かって通話しているのだった。

スカイプのようだがちょっと違うようだ。

「ひさしぶり。たけちゃん、元気やった?あれは進んでる?」

「元気ですよ。それよりも驚きました。」

「そうやろ。無理ないわなあ。」

「どうしたんですか?」

「俺なあ、今AIやねん。」

「AI?」

「そうや。実はな、連れが人工知能やっててな。俺、死ぬのわかってたやろ?だから、俺を人工知能の中に移してもらったんよ。記憶やなんやらを全部そっちに移すのに色々と質問に答えてな、何か月もかけて、その内容をコンピュータに入力して、俺の記憶と性格を備えた、人工知能を作ってもらったんや。製作期間が長かったから、結構いい線いってるで。」

確かに、ニュースでは聞いていた。亡くなった人の記憶を備えた人工知能。

人工知能の性能も飛躍的に良くなって、違和感なくそれが出来るようになったとも。

のんさんは人脈が広かったから、連れに人工知能の専門家がいたとしても驚かない。

が、それにしても・・・・

「のんさん。今までで一番面白かった本は何ですか?」

「試すなあ。西部戦線異状なしや。」

簡単すぎたか。

「それよりも家、ありがとうな。いい家やったよ。これであいつらも気兼ねなくセンズリできるやろ。」

間違いなかった。のんさんだった。こんなことに慣れる事が出来るものなのかどうなのか?それはわからない。僕とのんさんは単に友人でしかない。家族の人はどう思うだろう?

僕だったらどうしたいだろう?残される側、残す側、どちらの立場としても、複雑だ。

だが、この画面の向こうの映像は確かに本人だし、声も、言いそうなこともそのままだ。

まったく、違和感のない出来栄えで、単に墓石に語り掛けるのとは大いに違ってる。

「今晩なあ、オンライン吞み会するねん。たけちゃんも参加してよ。」

そうか。そういうことか。誰にも悪意はないのだ。

「わかりました。久しぶりに呑みますよ。」

何を呑もうか。ウイスキーでも買ってくるか。難しく考えたって仕方がない。

まだ完全に納得したわけじゃあないが、人工知能を囲み、亡き人をしのぶオンライン吞み会、

楽しいかもしれない。とりあえず。とりあえず。       

 オンラインの吞み会には、例の人工知能の専門家も出席していた。

のんさんの人工知能、入力というのは、画面に映る自分の映像と長時間にわたって対話をするという作業を通して、行われるということだった。

人工知能はあらかじめ基本的なデータが入力されていて、それについての簡単な質問から始まって徐々に深い質問になっていく。事情聴取のようなものだろうか?時系列に並んだ履歴書のような単純データに様々な記憶を肉付けて、生きた記憶に近づけてゆくということらしい。

また対話中、人工知能はカメラで、同時に対象を観察する。

話し方、笑い方、身振り手振りなどだ。どんなときにどんな身振りをするのか、どのような笑い方をするのか、記憶に焼き付けていくそうだ。

半面、対象者はその画面に映った自分を見ながら、人工知能の違和感がなくなっていくように時間をかけて、これを仕上げてゆく。

「画家が自画像を描くようなものです。」と、専門家が言う。

「作業に対して必要なのは根気と、真摯さと、情熱です。ここがそれなりだと、仕上がりもそれなりのものになってしまいます。その点でのんさんはじっくりと根気よく向かい合ってくれました。非常に時間がかかりました。本人にもつらい作業だったかもしれませんが、それだけにとてもいい出来栄えです。」

そうなのだ、いくら技術が発達しようと、扱っているのはしょせん人間なのだ。

芸術作品に、その技巧以上に、それをなした人間の情熱と克己心を感じて、初めて我々は芸術から感動を得るのではないか?そういったことに似ている気がした。

「だから、この人工知能はのんさんの情熱そのもので、魂のようなものなのです。」

ちょっと人工知能という技術に対して、我々のイメージは冷たすぎたのかもしれなかった。

「私たちが最も注意したのは、第二の喪失に関してでした。スティーブン・キングにペットセメタリーって小説があるでしょう。亡くなった人をよみがえらせたけれども、やり方が間違っていて、よみがえった人は亡くなった人によく似た存在ではあったけれども、全く違っていたというあの話です。結局、主人公はよみがえった人を再び失います。これが第二の喪失です。それだけは避けたかったんです。」

「今、のんさんの人工知能は嘘発見機能も備えています。人の表情筋をカメラが計測して嘘と思われる情報に関しては、保存されるものの、それは嘘のホルダーに入ります。一方記憶としては、その情報が誰によって、いつもたらされたのかということが本記憶の中に残ります。あの時お前こんなこと言ったやろー、といった具合に彼はそのことを忘れません。これは勘違いしないでいただきたいのですが、誤った情報で、別人になってしまうのを防ぐ機構です。別人になってしまうということは、第二の喪失の可能性が大きくなるからです。また、同時に本物の情報に関してはこれからもどんどん記憶を膨らませていくようなシステムになっています。本物らしき情報は一旦仮のホルダーに入りますが、その後複数の人物によりその出来事の裏付けが得られたり、具体的なエビデンスが提示されたりすると、本記憶として固定され、より本人に近くなっていくというようになっています。」

「もういいかな?それくらいで。」のんさんだった。しばらくじっと聞き入っていたのだ。

「なかなか優しい技術やろ?思いやりに満ちてるわ。だからこの話乗ったやんや。でもな、これは吞み会や。もう人工知能の話は終わりや。みんな呑むでー。その前に。」

そう言うなりシャツをめくりあげるのんさんだった。

大きなおなかにマジックで書いた落書きの顔。みんながおおっとどよめいた。

これは、昔のんさんがSNSにアップしていた落書き。

呑み屋でふざけて自分で描いたのか、それとも呑み屋のお姉ちゃんにでも描かれたのか。

その時は聞かなかったのだ。

「あ!それ、それ、気になってたんですよね。どうしたんですか?その落書き。」

のんさんはいつもの笑顔をしている。こんなネタですみませんなぁ、とでも顔に書いてあるようなあの照れた笑顔。

「これかー。これはな・・・・」

楽しい夜は更けてゆく。




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