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007

 フィンが立っていた。

 クレアの学校生活最後の大仕事。先延ばししていたフィンとの決着だ。


「クレアさん」


 もう一度フィンがクレアの名を呼ぶ。

 ふわりと綺麗な笑みを浮かべ、クレアの側に近寄ってくるフィンの姿にクレアからも自然と笑みが漏れた。

 

「クレアさん、卒業おめでとうございます」

「ありがとう」


 華奢な美少年だったフィンはあの夜宣言した通り、ロイドと並ぶほど身長が高くなり、そして逞しくなった。正確にはまだ身長を超していないらしいのだが、たった一年で20cmも伸びたのだ。


「こんな風に堂々話をするのすごく久しぶりですよね」

「……うん、そうだね」


 今二人は生徒会や風紀委員の目を気にせず話している。それはとても久しぶりのことで、興奮しているフィンは今にもクレアの手を握りそうな勢いだ。


 いくら何でもここで手を握り合うのはまずい。


「こら、フィン近いよ!」

「ご、ごめんなさい。……でも、俺もう我慢できないです」

「はぁっ!?……ちょ、待って」


 クレアの不安は的中する。フィンが皆の前でクレアの手を握りしめてしまったのだ。


「お、お、お前!」


 驚きながら距離をとろうとしたクレアの身体はバランスを崩して後ろに倒れる。しかしフィンはそれを見越してクレアの背中を抱き止めた。


 まるで王子様のような優雅な動きだ。


「大丈夫ですか?」

「顔が近いっ!」

「ごめんなさい、あとでもっと謝りますから」

「何っ!」


 待ってと止めるのだがフィンは止まらない。体勢を崩したままのクレアにフィンはうっとりとした表情で顔を寄せる。

 唇が触れ、柔らかな感触に目眩がした。

 こんな場所で何てことをしてくれるんだと悲鳴をあげてしまいたいが、唇を塞がれているため文句も言えない。


 そんなクレアの代わりに他の生徒達が悲鳴をあげた。


 フィンは成長してからますます人気が上がったのだ。生徒会や風紀委員のイケメン達から変わらずに求愛されているし、身長が伸びてからは可愛い男の子達に抱いてと追いかけ回されている。



 そんな人気者のフィンの行動を周りの大勢の生徒達は注目していたらしい。



「ちよっと、何してっ」

「俺、やっぱりクレアさんが好きだ。……約束したロイドさんの身長は超せなかったけど、どうしてもダメですか?」

「フィン」


 大きな悲鳴が響いていてもフィンは全く気にしていない。ただ真っ直ぐクレアを見つめていた。


 フィンが本気であることはクレアだってわかっている。

 分かるが受け入れられるかどうかは別のことだ。


 モテる男を恋人にすることが大変だということはロイドの一件でよく分かっている。そのロイドを上回ったモテぶりを発揮しているフィンと付き合うことは、大変さだってロイドとの時を上回るのは必至。


 何よりフィンはBL要員じゃなかったのか?


「好きです、クレアさん」


 さっきとは別の意味でクレアは目眩がした。

 なんでこの男はこんなにも自分の気持ちに正直なのだろう。飾らない気持ちをそのまま伝えるフィンの言葉はクレアの胸にすとんと落ちて隅々まで沁みていく。


「ずっと好きです。だから……俺と付き合ってください。絶対に幸せにしますから。身長だってもっともっと伸びますから」


 まるでプロポーズのような台詞に一気に熱が集まり、顔だけではなく耳まで真っ赤になった。


「……はいって言ってください」


 フィンの必死な顔にキュンと胸が高鳴る。背後で生徒会や風紀委員のメンバーが集まりつつあるのが見えた。

 クレアは返答に困った。もう流されてしまっても良いかなと思い悩むクレアに、フィンは追い討ちをかける。


「お願いです。俺にチャンスをください」

「……フィン」


 もともと流されやすいクレアは抗うことをやめた。肩の力が抜け、自然と笑みが浮かぶ。


「あー、もういいか。学校も卒業だしね」

「クレアさん!?それじゃあ……」

「いいよ。付き合いましょう」


 私でいいならと続けたクレアをフィンは高々と抱き上げた。脇の下に両手を突っ込んだまま持ち上げられれば、まるっきり高い高いをされる子供と同じだ。

 目を白黒させるクレアを眩しそうに見上げるフィン。クレアは胸の中に今まで感じたことのない愛おしさを感じた。


 そっとフィンの頬に触れ、自分からフィンの頬にキスをする。驚いた顔をしたフィンの顔がすぐそばにあった。相好をくずし、嬉しそうな満面の笑みを浮かべたフィンが今度はクレアの唇を奪う。



 生徒達の悲壮な叫び声を聞きながら瞳を閉じるクレアが最後に見たものは、クレアのために男らしく精悍に育った元天使の姿だった。





『ほらね、言ったでしょ? いつかクレアのことを大切に思ってくれる相手が必ず現れるってね』


 そう言って笑う母親の声がクレアには聞こえた気がした。

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