006
「クレアさ~ん」
「いやだってば。明日の授業当たるから予習しとかなきゃなんないんだよ。邪魔しないでくれるかな?」
「……えー、というか、俺のことまだ好きになってくれていないんですか?」
「なってない。気持ちは嬉しいけどフィンは私なんかじゃなくもっと良い人がいると思うわ。……例えば生徒会長とかどうなの? 今日も一緒にいるところ見たけど」
「うそ! 見かけたのなら声かけてくれればいいじゃん。全然気がつかなかったんだけど」
生徒会長は王弟でものすごいイケメンだ。
親衛隊の人数も学園で最大を誇っている。俺様で強引で傲慢という欠点はあるが、それが魅力だという人もいる。成績優秀で剣技も魔法もトップクラス。高貴な血筋で卒業後は要職に就くのを約束されている。まさに非の打ち所がない人物といえた。
その会長も天使みたいに愛らしいフィンに夢中なのだ。日に一回以上必ず会長自らフィンのもとに足を運ぶというのだから、本気だということがクレアにも他の生徒にも分かった。
前は可愛い男子生徒を喰いまくって性欲を解消していたという噂を聞いていたが、今では誰とも関係をもたずにフィン一筋だというのだから驚きだ。
しかしフィンは心底嫌そうに顔をしかめる。
「会長は関係ないじゃないですか。俺はクレアさんが好きなのに」
「……あなた」
困った顔でクレアはゆっくり振り返った。
フィンは床の上に寝転がり、ずっとクレアの後ろ姿を見ていたようですぐ視線が合う。
ふふっと嬉しそうに瞳を細めて笑うフィンからは好き好きオーラが出ていた。どんな鈍いヤツにだってあんな瞳で見つめられれば自分に好意を寄せていると分かる。
「ロイドさんより大きくなったらクレアさんは俺のことを好きになってくれますか?」
「あのね、別に私は身長でロイドを好きになったわけじゃないんだけど」
「でも、でも…」
フィンがあまりに真剣な表情で言うため、つい噴き出してしまう。本気でそう思ってるはずもないだろうと、クレアはつい口を滑らせてしまった。
「そうね。フィンがロイドくらい大きくなったら付き合ってもいいかも」
フィンは華奢で高身長のロイドみたいに大きくなる姿を想像出来ない。少し意地悪かと思ったが、少し時間があけばフィンも冷静になるとクレアは思ったのだ。
「本当ですか?」
フィンはパッと瞳を輝かせて立ち上がった。わたわたと動揺を隠せない様子で扉の方に向かう。
フィン? とクレアが声をかけるとフィンは扉を開いて振り返った。
「俺絶対にロイドさんより大きくなりますから」
「急にどうしたの?」
「俺の両親はどっちも身長あるんで、俺も絶対大きくなりますよ」
それだけ言い残してフィンは部屋を去っていってしまい、ぽつんと取り残されたクレアはしばらく呆然としていた。
◇
それからのフィンが食堂で巨大なジョッキに入った牛乳を片手にご飯を食べる姿が毎日のように目撃されることとなる。
クラスメートになぜ?と問われたフィンが、はにかんだ笑みを浮かべ、好きな人が身長高くなったら付き合ってくれると言ったとバカ正直に答えていたのだ。
偶然その場に居合わせたクレアは食事が乗ったトレーをひっくり返してしまいそうになった。
フィンは本当は牛乳があまり好きじゃないらしいのだが、必死に飲み干そうとする姿は健気としか言いようがない。
その発言を聞きつけた生徒会と風紀委員のメンバーは生徒会長を筆頭に、フィンの想い人を探し出そうとした。それでもフィンは絶対に相手の名前を口に出さなかったため見つけ出すことが出来ずにいる。
しかも相手を見つけ出すために見張りまでたてられてしまい、フィンはクレアと会うことが不可能な状態になっていた。
直接会うことも出来ず、手紙でのやりとりしか出来ない。同じ学校にいながらまるで遠距離の片思いだとフィンは愚痴っていた。
◇
夏が過ぎ、秋がくる頃にはフィンの身体に変化がおきはじめる。身長がにょきにょきと伸び始めたのだ。それに合わせてフィンは身体も鍛えているようだ。
ふとした時にクレアはフィンを目で追っている自分に気がつく。フィンの成長を楽しみにしているクレアが確かに存在している。
会いたくて我慢出来ないと嘆くフィンのために、生徒会や風紀委員の目を盗んで二人は数回だけ秘密の逢瀬をした。お触りなしの健全な逢瀬だったが、フィンはとても幸せそうにはしゃいで可愛かった。
◇
秋が過ぎ、冬がきて――そして春がくる。
季節は巡り、ついにクレアは今日騎士学校を卒業する。卒業式を終え、校舎の前には卒業生を見送る在校生と、見送られる卒業生であふれていた。
クレアは寮長として多少顔が知れているので、多くの後輩達が祝いの言葉を言いにくる。一足先に学校から飛び出していく自分達。期待と不安を胸にこの学校を巣立っていく。
クレアはゆっくり校舎を見上げる。たった三年いただけだが随分と愛着を持ったものだ。もう学生服を着て校舎に足を踏み入れることがないのかと思うと寂しく感じてしまうほどに――
「クレアさん」
名前を呼ばれてクレアは振り返る。