004
それからというものフィンとクレアは校内で挨拶をよくかわすようになった。
フィンを保護した翌日に男子寮の寮長と話をつけ、フィンは安全な部屋へと移動することが出来た。これでフィンも楽しい学校生活を送ることが出来るだろう。少なくとも自室で誰かに襲われる心配をしなくてすむ。
あれっきり関わることもなくなると思ったのだが、不思議なことにクレアが行く先々にフィンが現れた。
「こんにちは、寮長。隣りにに座ってもいいかな?」
今日もクレアが学食でごはんを食べていると、どこからともなくフィンがやってきてクレアが返事をする前に隣りの席に座ってしまう。断るつもりはなかったので別に良かったのだが、フィンには友人がいないのじゃないかと無駄に心配していた。食事くらい仲の言い友達と食べればいいのに。
リスのように頬いっぱいにおかずを詰め込みながら食べるフィンの姿に苦笑いしてクレアも食事を進める。こうやって二人並んで食事をしていても会話らしい会話はほとんどない。
これで良いのだろうか。
クレアがフィンを見ると、フィンもクレアをじっと見ている。膨らんでいる頬を赤く染め、嬉しそうに笑うフィンは不格好な変装をしていたがとても可愛らしく見えた。
春が過ぎて夏がすぐそこまで来ていた。
そんなときにフィンの正体がバレる事件が起きる。もさもさとした野暮ったい少年が実は天使のような容貌をしていると知った生徒達が沸き立つのも無理はない。
人気者になったフィンは前例のない特別な待遇で生徒会入りすることになり、今ではフィンを守るために親衛隊のようなものまで出来ているらしい。フィンは毎日慌ただしく過ごしているようで、クレアと会うこともほとんどなくなっていた。
放課後にクレアが一人で図書室で本を読んでいる時。
窓の外をふと見ると渡り廊下に人影が見えた。目を凝らして見てみるとフィンとロイドが並んで一緒に立っている。
元恋人であるロイドは口下手なのだがフィンの気を引こうと何かを一生懸命話しかけている。フィンは必死に話しかけているロイドとは逆でつまらなそうに適当に相槌をうっているだけという感じだ。疲れているのか顰めっ面で、面倒だというのを隠そうともしていない。
端から見てもロイドがフィンをとても好いているのが分かった。
もう吹っ切れたと思っていたが、何だか切ない気持ちになる。ロイドはクレアのことを好きだと言ってくれたが、あそこまで周りの目を気にせずなりふり構わなくなるほど本気に想われていた自信はない。
「ロイド、本当にフィンのことが好きなんだ……何だかなぁー」
口に出すとはっきり自覚する。
クレアもちゃんとロイドに惹かれて好きになっていたのだなぁ、と。
「あぁー」
窓枠に肘をついて二人のやり取りを見ていたクレアだったが、フィンが急に顔を上げてクレアがいる図書室の窓を見上げたため、驚いたクレアはビクッと肩を揺らす。
別に悪いことをしているわけでもないのに、ちょっとした罪悪感がクレアの中に湧いてくる。
コソコソ見ていたという後ろめたさがあるせいだ。
でもあんな人目のつく場所なのだから覗き見にも当てはまらないはず。どっか見えないとこに行けよとやさぐれ気分にもなってしまっても仕方ない。
フィンのブルーの瞳はすぐにクレアの存在に気がつき、とろんと瞳を蕩けさせて嬉しそうに破顔して手を振っている。それが何となく煩わしく感じ、クレアは窓から離れた。
すごく嫌な気分だ。フィンが悪いわけじゃないと分かっていても、腹の底で嫉妬してしまう。
悪いのは告白してきたロイドの気持ちの上にあぐらをかいて、自分の気持ちと向き合おうとしなかったクレアで、フィンやロイドじゃない
もしもっと早くにロイドへの気持ちに気がつき、彼に向き合っていたら母親や父親のような関係になれていたんじゃないかと来ることのない未来を想像する。
情けないやら悲しいやらでツンと目が熱くなった。
「……うそつき」
食堂で夜ご飯を食べていたクレアは頭の上から降ってきた声に、口に運ぼうとしていたスプーンの動きが鈍る。
食欲をそそる美味しそうなシチューだったのに一気に魅力をなくす。クレアはそのままスプーンを口に入れ、行儀が悪いと分かっていながら口にくわえたまま背後に立つ人物を見た。
そこには無表情のフィンが立っていた。
「うそつきって何?」
「寮長、好きな人はいないって……誰とも恋愛するつもりはないからって言ってたよね」
くらりと目眩がした。
食堂の混む時間とずらして来たものの、まだちらほらと生徒達は食堂でご飯を食べているというのにコイツは何を言い出すんだと絶句してしまう。
「俺聞いたんです。寮長と風紀委員…」
「わー、あなた何言ってるのよ!」
クレアはフィンの腕を掴んで食堂から引っ張り出した。
食堂のおばちゃん達や、食料を搬入する業者用のあまり広くない通路が食堂のすぐ脇にあるのでフィンをそこまで連れて行く。誰もいないので、聞かれたくない話をするのにちょうど良い。
フィンは全く抵抗しなかったので楽々連れてくることが出来たのだが、こんな人気のない場所にフィンを連れてきてしまったことを後にクレアは後悔することになる。