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003



 夜中に目が覚めると鼻先はぶつかりそうほど近くに誰かが寝転んでいた。


「ん、ロイ……ど?」


 逞しい背中に手を回そうとしたクレアが実際抱いたのは華奢な肩。へっ?となって目をしっかり開ける。


「わーーっ!」


 夜寝る前に本を読む習慣のクレアのベッドには小型の魔導具ランプが設置されている。その魔導具ランプを素早くつけ、寝起きとは思えない俊敏さでベッドから飛び退いた。


「……んみゅー」


 ガンっと隣の部屋の住人が壁を叩く音とともにベッドを半分占領している人物が奇妙な鳴き声を上げる。


「……女の子?」


 クレアの思考が完全に止まった。

 ここはどこ、私はだれ状態でおたおたし始めるクレアの騒がしい気配を察したようで“少女”は瞳を開いてクレアを見つめる。

 眠いのか眼をとろんとさせ彷徨う視線が愛らしい。


 癖のある金色の髪がランプの光を浴びてキラキラしている。まるで青色の大きな宝石のような瞳。すっと通った鼻筋に、赤く色付いた薄い唇。

 天使と見紛うほどの可憐さにクレアは絶句するしかない。今まで生きてきてこんなに美しい“少女”を見たのは初めてだ。


「……んー、寮長どうしたの?」


 壁に張り付いたまま身動きもせずに固まっていたクレアのことを、「寮長」と呼ぶ声は少女のものにしては少しだけ低い。


(……ってか、この子、今私のこと寮長って言った?)


 こんな天使みたいな子が女子寮に居たっけ?


「あ、あれ? そういえばフィンは? あの子は一体どこに行ったんだ?」

「なに」

「え?」

「……あっ」


 天使だと疑ってしまった人物と、まさかあのフィンが同じ人間だという可能性はこれっぽちも考えていなかった。


 ベッドの上に正座した天使が「フィンです」と改めて自己紹介した後も全くピンとこない。

 「フィンさん?」なんて聞き返すほどの間抜けっぷりに、天使は床に敷かれた布団の中から黒いもっさりとした物体と分厚い眼鏡を取り出した。


 黒い物体はカツラだったらしくそれを頭に乗せ、瓶の底を思わせるほど厚い眼鏡を装着する。

 するとあら不思議。天使がフィンになった。


「本当にフィンなの?」

「そうだよ」

「え、えっ……フィン、あなた、女の子だったのーーーっ!?」

「そんなわけあるかっ! 俺は男だ!」


 隣の部屋の寮生がガンガンとさっきよりも強く乱暴に壁を叩く音が部屋に響いた。

 クレアとフィンの叫び声がうるさかったのだろう。


「マジで?」

「はい、マジです」


 フィンは質問を肯定し、クレアから借りた服を捲り上げて真っ平の胸を露わにする。

 ムキになっているフィンの頬がピンク色に染まっている。行動がいちいち可愛らしい。こりゃ魅力に感じるわけだ。


「何でこんな変装みたいなことをしているの?」

「……だって」

「金髪の碧眼。まるで天使みたいで愛くるしいのに」

「天使だって? 男はそんな評価全然嬉しくない」


 狼狽えるフィンにクレアは苦笑いした。


「ごめん、ついうっかり本当のことを」


 さらに赤面するフィンが本当に可愛くて、必要以上に構いたくなってしまうのをぐっと堪える。これじゃあクレアも生徒会役員や風紀委員と同じだと苦笑いした。


「まぁ、いいわ。もう寝ましょう」

「寮長は理由を聞かないのか?」

「いい。理由なんんて聞いても仕方ないもの。あなたが本当は女の子だっていうなら大問題だけど、どんな格好をしていたってあなたの自由だわ」


 しっしと犬を追い払う時みたいにクレアは手を振ってベッドから降りるように言う。

 クレアはフィンに背中を向けてベッドの上に寝転がる。欠伸をしながら枕の下に手を突っ込んで、数分もしないうちにうとうとし始めた。すると背後からフィンが「寮長」とクレアを呼ぶ。


「……んー? 何よ」

「寮長、一緒に寝てもいい?」

「はぁっ?」


 面倒そうな声を出しながら振り返ると枕を抱え、うるうるした大きな瞳が真っすぐクレアを見ていた。


「やだよ。断る」

「えー?」

「二人で寝ると狭いから嫌だ」

「大丈夫。寮長は細いし、俺は小柄だから二人でも寝ても全然余裕だって。それとも寮長誰か好きな人でもいる?」

「私に好きな人はいない。誰とも恋愛するつもりはないから」


 誰か好きになっても他の男性にとられてしまう。それなら恋愛するだけ最初から無駄。クレアはそんな投げやりな気持ちになっていた。


「ふーん? ねぇ、神に誓って寮長に不埒な真似はしないからお願い。いいでしょ?」


 そんな心配はしていない。

 クレアは最初から小柄なフィンが何かしてきても返り討ちにする自信があったから部屋に招いたのだが、今回の天使騒動でフィンが完全に母の法則上の人間だと分かった。つまりBL要員。女のクレアに何かするわけがない。誰よりも安全な存在になったわけだ。


「嫌だよ」


 クレアは諦めの悪いフィンの額をググっと押すと、ちぇっと舌打ちをしておとなしくベッドから下りていく。フィンは自分の布団の中に戻り、頭まで毛布を被っていた。

 布団の中から手だけがにょきっと出てきて、カツラと眼鏡を枕元に置くところを確認してからクレアも布団に沈んだ。




 次の日の朝。

 クレアは肌寒さで目が覚めてしまった。掛布団がずれてちょうどクレアが寝ている場所に全く掛かっていない。これじゃあ寒いはずだ。

 寝相だけはいいはずなのに、珍しいなぁと布団を掴み引っ張る。すると布団の中から生足がずいっと出てきた。


「……」


 布団を捲り上げみると、天使もといフィンがクレアとは反対向きで眠っていた。

 一体いつの間にベッドに潜り込んだのか……布団にくるまり、幸せそうにムニャムニャ言っているフィンをクレアはベッドから蹴り落した。ついイラっとしてしまったのだ。


「イテテ」


 床に転がったままフィンは大きな青色の瞳を見開いてぽかんとクレアを見つめている。

 まさかベッドから蹴り落されるなんて思いもしなかったのだろう。


「寮長?」


 つい短絡的にフィンをベッドから蹴り落してしまったが慌ててフィンに近寄り、頭に瘤が出来ていないか確認する。

 頭から落ちたように見えたため、金色の髪に触れた時に二人の視線が絡み合う。熱に浮かれたような強い視線が気になったが、フィンに瘤や目立った外傷がないことを確認してクレアは安堵した。


 もしフィンに怪我でもさせていたらきっと大変なことになっていた。


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