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002

「……フィン?」


 今年入学してきたフィンという少年だった。

 学年が違うのでクレアは直接話したことはないが、噂話に事欠かない人物であるため知っている。

 入学試験をとても優秀な成績で突破し、一週間もしないうちに生徒会のメンバーと風紀委員のメンバーの虜にした魔性の少年。生徒会や風紀委員を憧れる大勢の生徒を敵に回したという可哀想で厄介な子だ。


「女子? ……ごめん、すぐ部屋に戻るから」


 立ち上がるフィンの着ていたシャツのボタンは全てついていない。服の前を合わせて両手でぎゅっと掴んでいるフィンの声は震えていた。

 どうやら誰かに襲われたらしい。フィンに好意を持っている相手なのかそれともその逆か。

 先輩として、寮長してこんな状態のフィンを一人帰すわけにはいかない。

 さっさと部屋に戻らずにここに居たのは部屋に戻れない理由があるからなのではないか。クレアは頭の中でフィンの同室者を思い浮かべる。

 確かフィンと同じ一年で唯一の生徒会役員をしている生徒だったはず。

 フィンと同じクラスで、他の役員と同じくフィンに好意を寄せている男だ。もしかしてだが嫌がるフィンを無理矢理どうにかしようとした可能性が高い。


(--…あー、私ってば本当にアホだ。よりにもよってふられる原因になった男を匿おうとしているのだから)


 そう、クレアとロイドが別れた理由はロイドがフィンを好きになってしまったからだ。


「私の部屋で休んでいけば?」


 横を通り過ぎようとするフィンの腕をクレアが掴む。

 驚いた顔をするフィンをそのまま女子寮の中に引っ張り込んだ。寮の鍵は寮長のクレアも持っているので、誰の目につくこともなくフィンを寮に招くことが可能だ。


「なんで鍵を?」

「私は女子寮の寮長をしているクレア。悪いけど静かにしてくれる? 女子寮に男子の貴方が居ることがバレたら大変よ」


 フィンの腕は細く、女子にしては高身長なクレアより一回り小さい。

 見上げるフィンの視線が不安そうに揺れる。どうやらフィンはクレアのことを警戒しているようだ。まぁ、それもそうかとクレアは納得する。ルームメイトに突然襲われたのであれば、どんなのほほんとしたやつだって警戒心くらい持つ。同じ学校の学生とはいえ相手は見ず知らずなわけだし。


「安心していいよ。私は別にフィンに興味ないから」

「……本当に?」

「本当だよ。自意識過剰過ぎ……誰も彼もあんたを好きなわけじゃないんだから。いいから黙ってついてきて」

 

 とりあえず今一番重要なことはフィンの保護だ。


 生徒は普通二人で一部屋。運が悪ければ三人で一部屋を使う。しかし生徒会や風紀委員の限られた数名、そして寮長だけは一人で部屋を使うことを許されていた。

 クレアが面倒な雑務が多い寮長をしているのはその特典があるためだ。一人部屋というだけではなく、簡易キッチンとユニットバスまでついている特別室。

 フィンを自室に連れ込んだクレアは洗濯したばかりの長袖の服を手渡した。


「とりあえずそれに着替えて。外はまだ寒いから身体が冷えているでしょ? 風邪をひくわ」

「……ありがとう」


 小柄なフィンにクレアの服はちょっと大きいくらいだ。シンプルな無地の服なので男の子でも気にせずに着れる。

 フィンはようやく少し安堵した顔をしてみせる。やはりあんな格好でいることは心許なかったのだろう。さっさとシャツを脱いで手渡された服に着替えるフィンを尻目に、クローゼットに詰め込んでいた大きな布の袋を取り出す。

 クレアの部屋はいろいろと融通が利くため、何かと人が集まってくる。その流れで部屋に泊まっていく友人が多いので予備の布団を準備しているのだ。


 袋の中から敷布団と掛布団を取り出してシーツの準備もする。

 クレアが手際良く寝床の準備をする姿をフィンはぼんやりと眺めていた。全ての準備が整いクレアが顔を上げるとフィンと視線がぶつかった。

 分厚い眼鏡の奥でフィンの瞳が不安そうに揺れている。さっきまでの警戒心とは別で、眠る準備を始めるクレアに追い出され、行く場所もなく途方にくれている感じだ。


「フィン、あなた今日はここで寝ていきなさい」

「……え?」

「部屋に帰すわけにはいかないもの。あ、ついでに部屋の変更を希望するなら明日男子寮の寮長に言いなさい。私も調整するように口添えしてあげるから」


 このことは明日男子寮の寮長と相談したほうが良いだろう。

 多少面倒でもそれが寮長の仕事だ。間違っても寮内で暴行事件を起こすわけにはいかない。問題になりそうな種は早めに摘み取るに限る。特別扱いせよとは言わないが、少しフィンのことを気に掛けるように忠告しておいたほうがいいかもしれない。


「俺、男だよ? いいの?」

「いいよ。布団じゃなくてベッドの方がいいならそっちにシーツを準備するけど?」

「寝かせてもらえるなら布団で大丈夫! ……本当に助かる」


 唇の動きでフィンが笑っていることが分かった。年下の癖に敬語を使わず、見た目にそぐわない生意気な態度。これが生徒会役員や風紀委員、そしてロイドを虜にした理由だろうか。


「……じゃあもう寝よう。明日も学校だわ」


 いそいそと布団に入るフィンを確認してからクレアは部屋の明かりを消した。クレアは部屋を真っ暗にしないと眠れない人なので部屋は当然真っ暗になる。 

 フィンは何も文句を言わないので、部屋が真っ暗でも平気なのだろうと判断してクレアもベッドに潜り込んだ。


「寮長」


 一度目を閉じたクレアだったが、フィンの声に目を開いた。フィンが横になっている布団の方を見ながらクレアは「何?」と返事をする。


「……ありがとう」


 クレアは目をぱちくりさせた。何だかんだ確かに可愛いところもある。

 男たちはフィンのこんなところに惚れたのかもしれない。そんなことを考えながらクレアは再び瞳を閉じた。


「どういたしまして」


 クレアがぽつりと呟いた声が、そのまま闇に溶けていった。


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