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第2話.僕の妻は、エルフでした。Ⅱ



 それからも僕は、仕事の合間を縫っては彼女と出逢った森へと出かけていきました。

 この森――"ヌアリスの森"は中級の冒険者向けと言われていて、見通しは悪いのですが強い魔物は生息していませんし、一時間ほど歩けば麓の街に出ることが出来るので、それなりに人気のある狩り場でした。



 ただ不思議なのは、僕がこの森に足を踏み入れると、数時間歩き回っても元の場所に出ることができず……代わりに、あの泉の近くに必ず辿り着くということでした。

 それも実は不可思議なことで、僕以外の冒険者から、この森に泉があったという話は一切聞いたことがありません。



「またアナタ? どうして人間が何度もここに入り込めるのよ?」



 彼女……エルティーリアも、いつも驚いた様子で僕を迎えました。

 といっても毎回、運良く彼女に会えるわけではなく、週に一度か二度くらい、神様の与えたほんの気まぐれによって僕は彼女に逢うことができました。



 僕が見かける度に彼女は、最初の日のように水と戯れていたり、おいしそうに泉の水を手ですくって飲んでいたり、弓の手入れをしていたりしていました。

 一度、裸で水浴びをしているところに出くわしてしまったときは、一目散にその場から去りましたが……後日会ったときに赤い顔をしていたので、もしかすると僕の存在に気づいていたのかもしれません。

 ただしその件についてはお互い口にしない、という暗黙のルールが出来上がっていたので、僕も彼女もその話題を口にすることはありませんでしたが。



「"ヌアリスの森"の最奥には、結界が張ってあるの。異種族はたどり着けないようになっているはずなのに」



 彼女によるとどうやらエルフ達は、自分たちの住む場所を守るために森に何かの仕掛けを施しているようでした。

 僕相手では何故か仕掛けがうまく作動しないために、エルフの領域である泉の近くにも運良くやってこられるようです。



「よく分からないけど、足を進めてると自然とここまで来られるというか……」

「全く意味が分からないわ。いいから早く帰って」

「君と話がしたいと思ってさ。ちょっとだけ。……駄目かな?」



 僕が首を傾げると、彼女は最初はまごついていましたが、



「……ちょ、ちょっとならいいわよ」



 やがて唇を尖らせてそんな風にボソッと返事をしてくれました。

 そんな彼女が可愛くて、僕は思わず微笑みます。そんな僕の脇を、「何よ」と彼女が小突きました。

 僕たちの仲は次第に深まりつつありました。それを僕は薄々とじゃなく、明確に感じていましたし、どうやら彼女も同じのようでした。





 それから――出逢って一年が経った頃でしょうか。



 僕はいつものように森の奥の泉へと到着しました。

 そこで手持ち無沙汰にキョロキョロして、髪の毛をいじっていた彼女は、ハッと僕に気がついて笑みを浮かべかけ……それを慌てて引っ込めました。



「きょ、今日はずいぶんと遅かったじゃない。……と言っても、もちろん、その、何の約束もしていないけれど」



 後半は尻窄みに、どこか悲しげな様子です。

 僕は彼女の頭を優しく撫でました。その頃にはそんな風に親しげに触れても、彼女はいやがったりはしませんでした。



「街を発つことにしたんだ」

「…………え?」



 最初、彼女は何を言われたか分からない様子でした。



「僕が毎日のように森に通っているものだから、周りの人に変に思われているようで。そろそろ別の場所に移動しようと思っていてね」



 僕は彼女と共に在る時間を大切にしていたので、森に入ると狩りも行わずに過ごしていました。

 そのせいか次第に冒険者たちの間では、僕が魔女に囚われて森に通っているだとか、花の香りで気が狂っただとか、そんな噂が流れ出していたようです。

 事実は僕が勝手にエルフの少女に見惚れて、付きまとっているだけなのですが……もちろん、この森に密かにエルフが住むことを知らない彼らに、正直に事情を説明するわけにはいきません。



 となると僕は、街を出て行く他ありません。

 冒険者は信用が第一の仕事なので、このままでは僕は仕事をもらえず飢えて死ぬしかないからです。



「そ……そう、なの。じゃあ……これでお別れね」



 彼女はくるりと後ろを向いて、そんな風に言いました。

 その声も、むき出しの肩も震えています。

 決して寒いわけではないでしょう。彼女と居るときだけは不思議と一年中、鬱蒼とした森には陽光が柔らかく降り注いでいましたから。



 僕は意を決して、そんな彼女に伝えました。



「それで、君に一緒に来てもらえたら嬉しいなって」

「……えっ?」

「もう、君の居ない人生は考えられないから……」



 言いかけている最中に、彼女が僕を振り返りました。



「……私を、連れていってくれるの?」



 その輝かしい瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちていました。

 僕は彼女の華奢な身体を抱きしめました。

 嗚咽を漏らしながら、そんな僕の背中に両手で縋りつくその子が、誰よりも愛おしくてたまりませんでした。




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