初乗へん 3
距離はカタカナ表記
僕を乗せたKOGAさんは、歩道をゆっくりと走行し、目当ての信号まで。
信号は赤で、僕はKOGAさんを停止させた。
ロードバイクは、普通の自転車のようにサドルの腰を下ろしたままでペダルから足を降ろすことは難しい、初心者だからサドル位置は通常よりも若干低くしては貰ったけど、爪先がかろうじて道路に触れるくらいの高さ。店で教わった通りに、サドルから腰を下ろし、チップチューブを跨ぐような恰好で停車。
「ここから国道を走るの? 車道に出るの?」
KOGAさんが僕に訊く。
自転車は、ロードバイクは車道を走るもの、だからKOGAさんの言葉に従い、交通量の多い国道へと踏み入るのが正しい選択なのかもしれないが、まだロードバイクに乗って2~300メートル程、いきなり車道走行というのは相当ハードルが高い、さらにいうとこれは昔のことなのだが、車に乗る前、原付で移動していた頃、よくこの国道を走行していた。その時の記憶では道が狭くて路肩は荒れ放題、それに轍も酷い、現状がどのようになっているのか分からないが、一見した限りでは改善したような痕跡はあまり見受けられない、走れないこともないだろうが、真っ直ぐにKOGAさんを進ませることも難しいと想像。そして、さらにいうと交通量が多くて、なおかつどの車も制限速度を超えた速度で走行している。
非常に危険な道であった。
……自信がなかった。
だから僕は、KOGAさんの言葉に、
「あの、別の道で構いませんか?」
と、お伺いを立ててしまう。
「私は君の意思に応えるだけだから、君が望む道を走るだけよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「ああ、でもすごく狭い道は嫌よ」
「それは大丈夫です、国道程ではありませんがまあ広いです」
「それじゃその道で。で、どうやって行くの?」
「すぐです、この先です」
そう言いながら反対車線の向こうを指さした。
この交差点を右折すれば、僕が提案した道、旧街道へとつながる。
「あ、青になったよ」
KOGAさんの言うように信号は青に。
僕はサドルに再びを腰を下ろさずに、右脚を大きく上げてKOGAさんの横に。
押して信号を渡る。そして向きを変え、再び信号待ちを。
目の前の信号が青に。
僕は再びKOGAさんに乗ってペダルを回し、国道を横断。
軽いギアのままで、しばらく走行、だけどさっきまでの歩道走行時よりも幾分速度を上げて。
目の前に目的の旧街道が見えてきた。
この道を右に折れれば帰宅ルートに、左に折れると家から離れることに。
このまま真っ直ぐに帰ってしまうのは、芸がないような、もう少しロードバイクというものに慣れたいような、KOGAさんと走っていたいような気がした。
だけど、今日の所は早く帰っておいたほうが良いのかもという考えも同時に僕の頭の中にあった。何かあった時の対処のために、家の近くで練習したほうが、と。
判断に迷った。
そんな僕にKOGAさんが、
「この近くに車や人が全然いなくて、それなりに広い道ってある?」
この言葉を聞き、僕はとある農道を思い出した。今の季節柄、農作業は行っていないはずだから、人は全然いないはずだし、耕作用の車が通るから道もそれなりに広い、KOGAさんの要求に適している。
「あります……けど、少し離れていますけど」
「別にいいんじゃない、君が私に慣れるための練習にもなるし。ロードバイクは距離を走るのが早くなる秘訣なんだから」
「分かりました。じゃあ、そこに向かいます」
こういう時フィクションの世界ならば、そこから加速するのが常套なのかもしれないが、この時の僕はそれとは反対に脚を止め、KOGAさんの速度を落とし、やがて停車した。
というのも、一時停止のラインがあったからだった。
原付の、車の免許を取得していない時分の僕だったら、そのまま速度を維持したままで旧街道に突入していただろう。だが、それは非常に危険な行為だ。国道に比べれば交通量は救いけど、それでも車は走っている。それに歩行者だって存在している。勝手気ままに突っ込んでしまったら、事故を引き起こす要因になってしまう。
そんなバカげた行為は、学生時代にとうに卒業している。
一時停止をし、左右をしっかりと確認、そして丁字路を左へと左折、旧街道へと。
歩道よりも大分と走りやすかった。
「ね、ギアを上げてもいいわよ」
KOGAさんの提案。けど、この提案の前にすでに僕の右手の指はシフトレバーにかかっていた。
内側に強く押し込む。
踏んだ感触が、若干重たくなったような気がした。
もう一段上げる。
また重たくなる、と同時に速度も上がっていく。
これは気のせいなんかじゃい。実際に走りながら目視するのはちょっと大変だったけど、KOGAさんにつけたサイコンの数字がさっきよりも上がっていた。
そのまま調子に乗って、一段また一段とギアを上げていく。
そして、リアだけではなんだか物足りなくなって今度は左のシフト、つまりフロントギアをアウターへと切り替えようとした。
「そんなに焦らないの。まだ、インナーギアでいいわ」
という、僕の逸る気持ちを諫めるようなKOGAさんの言葉が。
その言葉に僕は素直に従った。伸ばしていたに左指を引っ込めた。なんといっても僕は初心者だ、まだ慣れてもいないうちから調子に乗って速度を上げて走行していたら、いざという時に上手く対処できない。この道は僕とKOGAさんだけが走る道路ではない、思いもしない不測の事態が突如として身にふりかかる可能性だって十分にあり得る。自分でコントロールできる速度を。
インナーギアのままで、速度もあまり出さずに僕は旧街道を走行し、農道を目指した。