初乗へん 2
軽さが。
踏んだ心地が、全然しなかった。
それでもこれまで乗ってきた自転車もよりも前へと進む。だけど、期待外れな感じが僕の中にこの時生じたのは紛れもない事実であった。
こんなものなのだろうか、期待が大きすぎたのだろうか、そう思った瞬間、僕は大事なことを思い出した。
調整してもらっている時に店員さんの手によってKOGAさんは一番軽いギアの状態になっていたことを。
初心者である僕に配慮してくれたからであろう。
そのことを失念していた、KOGAさんにようやく乗れる喜びあまり抜け落ちてしまっていた。
これでは軽いのは無理もない話である。
後に調べて分かったことだが、この時のKOGAさんのギアはフロントが39、リアは25、ギア比は1.56。この数字を見ても知識のない人はさっぱり分からないだろうから簡単に説明しておくと、クランクを一回転させる間にタイヤが何回転をするか表した数字、少ない方が軽くなる。最近のトレンドからいえばこれでも少し重たいのだが、それでも山や峠に使用するような相当軽いギアに。これを勢い込んで踏みこんだら、スカスカな感触になってしまうのは当たり前である。
ギアのことを思い出した僕は、咄嗟にギアを上げようとした。
昔のロードバイクは、ダウンチューブに取り付けたレバーをハンドルから手を放しては上げ下げして変速を行っていた。だが、九十年代に入り、技術は進化し、ドロップハンドルから手を放すことなく変速が可能なデュアルコントロールレバーという機構になっている。当然KOGAさんにもそれは着いていた。
全然踏んだ気がしないクランクを回転させながら、こうして変速しないと故障原因になる、右手でシフトレバーを内側へと押し込もうとした。
そんな僕にKOGAさんの声が。
「まだ変速しなくていいわよ」
「……しかし」
声は外には出さずに、胸の内で反論をしようとした。こんな軽いギアのままで走っていてもしょうがないような気がしたから。
だが、僕が反論の言葉を言う、というのはおかしいか、脳内で言葉を続けようとしたがKOGAさんの声に阻まれてしまう。
「まだまだ歩道なんだから、そんなに慌てない」
確かにそうだった。国道沿いに広い歩道の上に僕たちはいた。
歩道の走行と聞き、違反行為ではないのかと思われるかもしれないが、強ちそうではなかった。ある程度広い歩道の自転車走行は認められているし、それに狭くても青地の自転車マークの標識が出ている個所での走行は認められている。
ここではその両方があった。
「いきなり交通量の多い道は怖いでしょ。ちょっと歩道を走って私に慣れなさい。でもスピードは出さない方がいいから、ギアはこのままで」
認められてはいても、人の往来があるような場所でスピードを出して迷惑をかけるようなことをするつもりは毛頭ない。
僕はKOGAさんの言葉に従った。
そしてこのKOGAさんの助言が実に正しいものであるということを実感した。
タイル状の歩道は滑りやすい、その上フラットではない。初心者の、久し振りに自転車に乗る僕が、何も考えずにギアを上げ、本能のままに突き進んでしまっていたら、滑って転ぶ、トルクをかけすぎてリアタイヤを空転させ横倒、またはアンジュレーションにフロントタイヤをとられてしまい派手に転倒、店を出て数十メートルでKOGAさんを壊してしまう、最悪廃車にしてしまう可能性も。
僕は慎重にKOGAさんを走らせた、軽いギアのままでゆっくりとペダルを回した。
「そうそう、そんな感じ。それじゃ、そこの信号までは歩道を走ろうか」
店から出て数十メートルほどの場所に交差点があった。KOGAさんはそこまで歩道で行こうと提案。
だけど、僕は、
「あの……その先の信号まででも構いませんか?」
と、提案を。
もう少し慣れる時間と距離が欲しかった。
「それは構わないわよ、その先でも別に」
「いや、それは流石にちょっと」
僕が提案した信号の先は、二車線合った道が一車線になっており、歩道も酷く狭い、自転車で走るのが一苦労といったような場所になっていた。
慣れたら問題ないのだろうが、そんな狭い場所はあまり走りたくない。
「そう、それじゃまずはあそこの信号まで」
「はい」
返事をしながら、僕は軽やかにペダルを回した。