ニュースタイルへん 2
本文には書いてありませんが、ヘルメット、グローブ、それからシューズは持ってきておりちゃんと着用しています。
「じゃあ、行こうか」
支払いを済ませてKOGAさんと一緒に店から出る。
KOGAさんに跨り、ペダルに足をかける。
「はい」
返事をしてからかけているペダルを軽く踏む。
KOGAさんに初めて乗車したあの日、おっかなびっくりに歩道を走行した。けど、今夏は最初から車道を。
ペダルがすごく軽い。
これまで使用してきたティアグラに対して今度のアルテグラはリアの枚数が一枚多い、その増えた分は28T、つまり軽いギア。
軽すぎて回転速度、ケイデンスがどんどんと上がっていく。
新調したばかりの、前よりも若干大きくなって見やすくなったサイコンの表示に目を落とす。
三桁の数字に。
これまで漠然と想像していたものが数字となって明示された。
「ギアを上げてみてよ」
KOGAさんが。
右のシフターを押し込む。これまでよりも軽い感覚。
カチンとした動きではなく、ぬるっとという表現が相応しいくらいにスムーズにリアギアが動く。
なんかちょっと面白いような感触。これまでとはちょっと違う。
続けて一段、もう一段と上げていく。
それに反応するようにKOGAさんの速度も上昇。
もっと速く走らせたい。ギアを上げたい。
リアのギアが中段位にまで来た時、今度はフロントギアをアウターへと変速しようとした。
が、僕の左手はシフトレバーを内側に押し込むという動作を行わず手前に引く。ついでにいっておく右手もほぼ同じ動きを。
というのも目の前の信号が赤になっていたからだった。
停止線のかなり手前で停止。
話というか、ネット記事でこれまで何度も目にしてきたけど、レースに出るのなら105以上。それがよく分かるような制動性能。
かなり効く。
久し振り、それからこれまでよりも高性能という二つの要員が相まって思わず前につんのめりそうに。
本当によく止まる。
これならアウターで飛ばしても安全に停止できるなという安心感のようなものが。
それと同時になんか気勢をそがれたような気分にも。
あのままアウターに入れてからブレーキを経験したかったような。
「まあ、そんなに焦らいでアウターはもう少し後まで取っておこう」
「久し振りだよね、ここに来るの」
あれから国道を迂回して旧街道をゆっくりと走り、ついでにブレーキにも慣れながら着た場所は、KOGAさんに初めて乗った日に走りに来た農道。
回顧主義的に意味合いで、新しくなったKOGAさんと再出発の意味合いのようなものでここに来た、というわけではない。
あの停止した後で国道を走行し、フロントギアをアウターにして試すつもりだったけどあの信号から先の道幅はやや狭くなっており、そのうえ交通量もまあ多い。というわけでほぼ並行するように走っている裏道、旧街道を走ったのだが、そこでも試さなかったのはまあこの道も国道程ではないけどそれなりの車がいるし、民家もあって道幅も。
というわけで何処か良い場所はないものかと考えた時に、僕とKOGAさん、二人同時にこの農道のことを思い出した。
近いこともあって好都合。
あの時と同じように吹きさらしの強い風が。
「どうする風下から走る?」
「それは流石に勘弁してください」
あの時からかなり力はついたけど、向かい風の中をアウターで走れるような筋力は。
向かい風の時はインナーで回して走る癖が身についていた。
「分かっているって冗談よ」
風上の方向へとインナーギアで走る。
向かい風をものともせずにKOGAさんは進む。
心なしか、前よりも走りが軽くなっているような気も。
「それ気のせいじゃないよ、多分。ホイールを換えたからそのおかげ」
あっと言う間には、比喩であるけど、でもそれ位の感覚で農道の端へと到着。
「それでどうする?」
「どうするって? フロントアウターを試してみるんでしょ」
KOGAさんが何を言っているのか理解できない。
「それはまあそうだけどさ。フロントはアウターに入れるこれには異存はないよ」
「……」
まだ分からない。
すみません、察しが悪くて。
「リアをさ、徐々に上げていくのか、それとも最初から重たいので行くのか」
「ああ……」
何を言わんとしているかようやく悟ることができた。
あの日、ここでKOGAさんに練習と言われてアウタートップで走った。
それと同じことを今回もしようと言っているのだ。
うーんとしばし思案する。
あの時は当然として、それ以降それこそ何千キロと走ってきたけど、一度もアウタートップを回したことがない。
その上、歯数も一多くなっている。
まず絶対に無理だなと思った瞬間、僕の目にサイコンが映る。
「じゃあ、あの時のように」
今の僕実力というか能力みたいなものが数字化される。
どの程度のケイデンスが表示されるのか、ちょっと興味が。
停止しているKOGAさんに跨ったままで左のシフターを内側に。
これまでよりも軽い感触。
以前のは押し込むことを意識しないといけなかったのに、今のは本当に軽い。
それから後輪を僅かに持ち上げてペダルを一回転。
ガコンというのが以前だったとしたら、今のは滑らかにするっと。
ああこれだったら走りながら試してみたかったかも。
「それは後のお楽しみということで」
僕の気持ちを理解したKOGAさんが。
アウタートップで走り出す。
重たい。
車体は軽くなっているけど、フロントの歯数が一多い。たったの一であるのに、これまで踏んできたアウタートップよりも断然重たい。
それでも重たいギアを踏み込んでいる、それと追い風の効果もあり、速度はそれなりに出ている。
けど、全然回っていない。
サイコンの表示を見ると、回転数は予想していたのよりもかなり下回る数字。
ずっとではないけど、それでも重たいギアを踏むために努力は一応していた。KOGAさんに乗れなかった一月の間も毎日スクワットをして鍛えていた。
自信というものはないけれど、それでももう少し踏める、回せるはずだと思っていたのに。
数字で表れされると、なんというか……残酷だ。
「まあまあ、そんなに落ち込まない。これでも昔よりは断然踏めるようになったし、回せるようになっているんだから」
KOGAさんに慰められる。
「……でも、……」
「このギア比でケイデンスを90以上で回したらそれこそ60㎞/h近く出るのよ。そんなのできるのはまあ一握り位の人間だから」
「……けど、KOGAさんは速く走りたいんじゃ」
「まあ速く走りたいとは思うけどさ、それで事故にでもあったら元も子もないじゃん。ブレーキ性能は上がったけど、安全に停止できるシステムじゃないし」
車のようなABSは流石にない。
「無理にスピード出してまた怪我して、私に乗ってくれなくなるのは嫌だから」
KOGAさんの声はいつもよりも静かで、ちょっと低かった。
「……KOGAさん……」
僕としても走れない日々はもう過ごしたくない。
「走れなかった分、走ろう」
「はい」
「それでどうする?」
「どうするって?」
「農道の端まで来たわけじゃない」
「はい」
この先、用水路を超えれば県道に出る。
「まあ折り返すと思うんだけど」
「……ええ」
その予定でけど、KOGAさんは何を言おうとしているのかその真意が読めない。
「このままアウタートップで向かい風の中走るの? 練習するの?」
この場で折り返すとなると自然向かい風の中の走行に。
「流石にそれは勘弁してください」
向かい風という抵抗で格好の練習なるのは重々承知しているけど、寒風、しかも結構強い風速をアウターギアで走るのは。
これまで向かい風ではインナーギアでクルクル回していた。それなのに踏めない、回せないアウタートップ、その上久し振りの乗車。
「絶対に無理です」
「うん、分かってる」
ついさっきの声とは全然違う、高めの悪戯っぽい音。
「じゃあ、そろそろ帰ろか」
まだもう少し走っていたかったけど、そろそろ日が西の山に消えそうになっていた。
「はい」
農道を離れ、アウターギアをインナーに落として軽くペダルを回しながら帰途に。
「ねえ」
「ない、何ですか?」
「明日も走りに来る」
一月近く走っていなかったし、この新しいコンポを楽しみたいけれど、
「無理です」
「どうしてよー」
文字で書くと非難しているけど、声で聴くとそうでもない感じ。
「仕事ですよ」
本音としてはKOGAさんの提案に乗っかりたいけど。
「休んじゃえよー……とは言えないよね。お仕事は大事だもの」
「ええ」
「それじゃさ、今度の休みは何処に走りに行く」
「うーん……」
全然考えてもいなかったし、咄嗟のことで浮かんでもこない。
「……近所の周回ですかね」
「ええー」
というKOGAさんの不満そうな声。
まあこれは仕方がない、待たされた挙句にその答えがこれでは。
けど、これにはちゃんとした理由がある。
ブランク空けであるというのはもちろんだが、それ以上に、
「寒いですから」
走っているうちに暖かくなるのは分かっているけど、やはり寒さは外に出ることを億劫にさせる。
それと、
「そうね、寒いと怪我しやすくなるしね。それに日も暮れるのも早いし」
「ああでも、初詣はKOGAさんと一緒に行こうと思いますけど」
「でも、人一杯でしょ」
「そんなに有名な神社じゃないですけど、まあ参拝客はそれなりにいると思いますけど」
「もしかしたら私誰かに盗られちゃうかも」
正月早々、しかも神様の目の前でそんな不届きなことをするのはいないと思いたいけど、絶対にないとは確実には言えない。
「うーん……」
考えてしまう。
昔コンビニに駐車しただけで盗難が怖かった。
「そんなに考えなくても」
「……」
「暖かくなってから遠くに走りに行こうよ」
「ええ」
「寒い間は近所で練習ということで」
「はい」
「それで暖かくなったら何処走る?」
「うーん……あ、また100キロに挑戦するのもいいかもしれませんね」
「いいねいいね」
「あの峠にも再チャレンジしてみたい」
「ホイール軽くなっているからね。それに前よりも軽いギアも着いてるし」
「なんか楽しくなってきましたね」
「うん、楽しみ。早く春にならないかな」
了
これにて一応完結です。
自転車ネタが浮かんだらまた書くかもしれません。
ありがとうございました。




