オチへん 2
落車してから一週間、未だに左肘は曲がらなかった。
これは少々大袈裟ではあるが、曲げるのに苦労と痛みが生じていたのは事実である。日常的にはまあなんとか生活はできていたが、それでも物を運んだりするときに肘を曲げるときなかなか曲がらず、無理して曲げようとすると変な努力を強いられることに。
医者に診てもらえ、多くの読者がそう思われるだろうが、なかなか開院している時間帯に休みを取ることができず、無理に取るまでもないような気もしており、そして時間が経過すればそのうち自然に治癒するだろうと考えていた。
しかし僕のこの楽観的な考えは大甘であった。
一週間経過したけど、肘はまだ曲がらない。
痛みは消えていたけど、曲げようとすると痛みとも痺れと違和感ともいえないような、変な感覚が生じる。
ならば遅ればせながらでもなんとか暇を見つけて医者に通うべきだったのだろうが、生来の医者嫌い、といってもそんなに嫌いではないだが何となく億劫な感じがし、病院には行かなかった。
そのうち治るだろう、そんな風に考えていた。
しかしながら一向にその兆候が僕の体には表れてはくれない。
こんな状態ではとてもじゃないがKOGAさんに乗れない、走れない。
もしKOGAさんがクロスバイク、もしくはフラットバーであったならば多少無理をすれば短い距離だったら走ることができたであろう。
しかしながらKOGAさんはロードバイク。
着いているのは真っ直ぐな肘を曲げなくとも乗車可能な真一文字なハンドルではなく、特殊な形状をしているドロップハンドル。かなり無理をすれば、腕を真っ直ぐに伸ばしたままで走ることもできなくはないのだが、その場合必然的に上の方、ブラケットを持つことになり、そうなるとブレーキが甘くなり、事故の誘因になってしまう。また通常ならばそのポジションでも軽く肘を前げるのだが、これは路面からの突き上げや衝撃を和らげるため、伸ばしたままではそれをモロに喰らうことになり、症状が悪化してしまう可能性も。
KOGAさんはロードバイク、そのままの佇まいでも美しい姿をしているけど、走ってナンボの存在。
走らせてあげたい。
だが、無理をしてまた落車なんかしたら。
今回は僕の左肘だけで済んだけど、次また落車した時にはKOGAさん傷がつく、祖絵だけならまだしも二度と走れないようなことになってしまうかしれない。
渇望と葛藤。
そして僕はある決断を。
「……お別れだね……」
KOGAさんがポツリと言う。
彼女の言う通り。
この姿のKOGAさんを見るのはこれで最後。
僕は何も言わずに、KOGAさんの前輪を外し、その後で後輪も外し、自動車の後部座席に積み込み、そしてKOGAさんと出会ったあの店へと向かった。




