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番外へん その2


 季節外れの話をしようと思う。

 よく通る抜け道がある。そこは坂の下に霊園があり、そこからなだらかな勾配が続く。お彼岸の前後以外は大抵車の姿はなく、走りやすい道であった。

 その道でこの夏、奇妙な体験をした。

 いつものようにゆっくりと、というものこの坂を通るには大抵帰る時なので踏み込む必要性がないから、ペダルを回しながら上ろうとした。

 シートに腰を落としたままで、インナーローで、ケイデンスも低回転で。

 上り始めた途端、身体に異変が。

 さっきまで、これまで数十キロも走ってきたのに何の症状も訴えてこなかった腿が、大腿四頭筋が、突然重たくなりだした。

 最初はまあそれほど勾配がきつくなくても一応は坂だから、それにこれまで結構走ってきたのだから疲れがあったのだろうと思った。

 だが、次の瞬間、脚を攣ってしまう、大腿四頭筋が急に動かなくなってしまう。

 しかも両脚共に。

 とてもじゃないがペダルを回すなんてことはできない。

 ロードバイク、自転車という乗り物はある程度の速度があれば安定する乗り物である。ペダルを回せないということはその速度を生み出せない。そして坂、これまでまだかろうじてあった運動エネルギーも即座に失われてしまう。

 結果、バランスを逸してしまう。

 このままで左右のどちらかに転倒、おそらく左側、しそうになった瞬間、左足のビンディングを外し、なんとか免れた。

 が、それしかできなかった。

 左足一本で支えるのもすぐに苦しくなり、なんとか右のビンディングも外す。 

 両足で坂の途中で突っ立つことに。

 下るなり、その反対に上るなり、兎に角坂の途中で、しかも強烈な日差しの降り注ぐ中、突っ立っているのは身体的にも、心理的によろしくない。移動するのが最善であるのだが、思うように脚は動かない。

 まるで金縛りにあったみたいに。

 まあ、これ比喩である。しかしながら墓地の近くということもあり、そして怪談に季節ということもあるから、一瞬霊障のようなものがわが身に襲い掛かってきたのかという想像をしたが、その手のオカルト話は嫌いではないがそんなことはまずフィクションであるという知識を持ち合わせており、そして他にこの症状の理由を思いついたので、頭の中で一笑に付した。

 オカルトではないが一体何が起きたのか?

 熱中症。

 攣ったと思っていたのだが、大腿四頭筋は細かくピクピクとした動きを。これは攣った時に起きたものとは異なる、痙攣、であった。

 そしてこの痙攣は熱中症で見られる症状の一つである。

 これでも一応長いこと自転車に乗ってはいたので、何となくではあるがそういう言う知識というか情報は得てはいたが、まさかそれが自身の身に起きるなんていうことは露にも思ってはいなかった。

 というのも、そうならいように心掛けていたつもりであったから。

 この日も、無茶苦茶長い距離を走ったわけではないし高強度の運動をしたわけでもない。強い日差しと高温をできるだけ避けるために午前中にライドしていたのに。

 それに補給食として一口羊羹を食べていたし、水分もボトルの水だけでは足りなかったが、途中自販機で炭酸飲料を購入し、それをガブガブと飲み喉の渇きを癒した。

 だが、熱中症のような症状が。

 しかしながら幸いなことに軽度であった。

 意識もハッキリとしているし、汗が尋常なぐらいに噴出しているわけでもないし、身体が高温でおかしくなりそうでもないし、その反対に低音に陥り寒くて仕方がない、というわけでもない。脚が痙攣していることと、ちょっとだけ空腹以外には、別段おかしなことはない。

 坂の真ん中でしばし思案。

 このまま太陽熱に晒され続けるのはよろしくない、症状が悪化してしまうかもしれない。

 急いで日陰と非難したほうが良いことは十二分に理解はしているが、何分脚が動かない。

 このまま回復するのを炎天下の中で待っていのか、それとも緊急事態というほどでもないが、埒が明かないので非常手段して救急車を要請しようか。考える。

 考えた結果、私がしたことは舌をベロベロとさせることだった。

 熱さのあまりとうとう脳がやられたかと思われるかもしれないが、まあ多少はあったかもしれない、そうではなく、昔、おそらくツール・ド・フランスだったと思うが、単独で逃げていたフランス人選手が後少しで勝利という時に両脚が攣ってしまい、少しでも症状を柔らげるために舌をベロベロをさせながら走り続け見事ステージ優勝を果たした。それをハイライト映像で観たような記憶があり、実践してみる。

 効果があったのか、なかったのか、よく判らないがしばらくしたら少しは動けるようになり、坂の途中ではあるが陰へと退避。

 ここでまた思案を。

 上るべきか、それとも下るべきか。

 このままでいるのは得策ではないことだけは判明していた。

 交通量は少ないものの、車も通り抜けするような道であり、そしてそうなった場合、邪魔な存在になってしまう。

 そして、この立ったままでいるのも正直辛かった。

 腰を降ろすというか、寝そべり、脚を伸ばしたい、効果があるのかどうか判らないがストレッチをして大腿四頭筋の症状を少しでも緩和したかった。

 それを行うにはそこは全然相応しくない場所であった。

 だから、上るか下るか、どちらかの選択が不可避。

 しかしながら、脚が動かないことにはそのどちらも行うことはできない。

 ならばやはり、大迷惑になるかもしれないが緊急車両の出動を要請しようか。

 思案しているうちに少しは足の痙攣が軽減。救急車を呼ぶような事態は回避された。

 となると、上るか下るか。

 ここで上るを選択した。

 下るほうがはるかに楽であり、かつ平地へと歩く距離もすくないのだが、この坂を上りきりしばし行けば後は自宅までは下り坂になる。

 兎に角、家に帰り着くということを念頭に置いて。

 結果から言えばこの選択は正解だった。途中で脚の痙攣が治まったような気がしたので再度乗車したところ、思ったよりもペダルを回すことができ、そしてそのまま坂を上りきることにも成功。

 そのままほぼ惰性で、時にゆっくりとペダルを回しながらなんとか帰宅をすることが。

 

 家へと辿り着き、回復してからネットで色々と情報を収集し、己の壮大な勘違いに気が付いた。

 あの時起きた身体の異変は熱中症ではなく、抜け道として利用していた霊園は知る人ぞ知る、その手のものが大好きな方々には有名なスポットで、脚の痙攣は暑さが原因ではなく、オカルト的な事象によってもの、障り、であった。霊によって脚を止められてしまい、誰も来ない灼熱の中動くことがままならず、そのままあの世へと引きずり込まれそうに。

 というような、オカルト的なものではなく、勘違いしていたのは熱中症対策。

 良かれと思ってとった行動は対策としてはマイナスということはないが、それでも適したとはいえないものであった。水分をとることは間違いはない、しかしながら炭酸飲料というのは糖分過多になってしまう。が、これはまあ大丈夫だとしてもあの時のガブガブと飲んだことはあまり良くなく、小まめに補給することが望ましかった。そして羊羹で摂取したカロリーも摂ること事体は間違ないのだが、如何せん遅すぎてしまっていた。

 そして最大の問題、それは塩。

 炭酸飲料の中に含まれている塩分なんというものは極微量、塩羊羹を食べたが、それくらいの量では猛暑の中で体内から汗と一緒に流れ出ていってしまった塩分を補うなんていうことは不可能であった。

 

 これがこの夏に体験したことである。



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