毛へん 無駄話
前回毛の話をしたが、それで思い出したことがある。
以前、まだKOGAさんに乗り始めて間もない頃、彼女に、
「毛がチクチクして痛い」
と、言われたことがあった。
最初それは僕の無駄毛がKOGAさんに触れて干渉し、それによって不快感のようなもの彼女に与えてしまっていると思っていた。
だが、違った。
そもそも乗り始めた時期は冬であった。その頃はストレッチジーンズの裾をまくって乗車していた。となると剥き出しになっている個所は脛と脹脛。脛には毛があるがしかしながらペダルを漕ぐときにそれがKOGAさんに触れチクチクするというのは普通に考えて難しい。ならば脹脛ということになるのだが、その部位はほとんどといっていい位に無駄毛は存在していない。
どういうことなのか、よく分からないで再度尋ねると、
「フォークの内側と、チェーンステーの所に当たるの」
この二か所には走行中どうやっても僕の身体が触れることはできない。もしかしたら凄く器用な人ならば走りながら、そこに指を入れることはもしかしたら可能かもしれないけど、しかしながら当然無茶苦茶危険、どう想像してもそこに僕の毛が触れるということは不可能。
だとしたら考えられるのはKOGAさん自身の毛、ということになるが、その考えに至った瞬間僕酷く驚いた。
KOGAさんは無機物である。
まあ、どういう理由だかさっぱり見当はつかないけど僕と意思疎通はできるけど、それでも有機物でないことはたしかである。彼女のボディの大半を構成しているのはカーボン。
そんなKOGAさんに毛が生えた。
オカルトである。
子供の頃はともかくとして、大人になってある程度知識を得ている身としてはそんなものを信じないが、しかしながら何故だか分からないけどKOGAさんと話ができているのでもしかしたらそんなこともあり得るのかもしれない。
兎に角、確認をしないと、とは思いつつも停車するような場所が見当たらなかった。
KOGAさんにちょっと我慢してもらいながらしばし走行。
チッチッ、というかすかな音が聞こえた。
KOGAさんの言うようにそれが毛によるものなのかどうかは分からないけど、それでも何かがKOGAさんに触れていることだけは確かのようであった。
急いで確認をしないと、内心焦るものの、こういう時に限丁度良い場所が見つからない。
ようやく停車できるような場所を発見。
異音を気にしながらそこに飛び込む。
KOGAさんから降りてまずがフロントフォークの付近を見る。
言うように、毛があった。
だけどこれは正確な表現ではない。正しくというか正式な名称は調べたけど失念してしまい、俗にいう、ヒゲ、がタイヤの両サイドから生えていた。
それも一本だけではなく何本も。
前後左右にビッシリと。
これが車輪が回ると同時にKOGAさんKOGAさんに触れていたのだ。
チクチクする原因。
これが一本もしくは片手で数える程度のものならば、その場で引き千切ってしまえば事が済むのかもしれないが、先程も書いたように前後のタイヤの両サイドにビッシリと。
とてもじゃないが一本ずつ引き千切っていくのは手間がかかる。その上簡単に取れる者だけならば問題ないのだが、手では引き千切れないようなヒゲも多数、というよりも明らかにそっちの方が多い。
途方にくれそうになるがKOGAさんが、
「もう少しくらいなら我慢できるから」、と。
幸い、家までは後少しであった。
急いで帰りたいのは山々であったが、速度を出すということはホイールの回転が速くなるということ、それはすなわちタイヤも速く回ることに。
速く走るということはKOGAさんを傷付けてしまうことに。
細心の注意を払い、スピードを出さずに、タイヤのヒゲがKOGAさんになるべく干渉しないように、それでも当たってしまうのだが、家路を急いだ。
帰宅後すぐにタイヤのヒゲを全てニッパーで除去。
これでひとまずは安心であるが、これまでの走行でKOGAさんのフレームが損傷している可能性も。
悪い予感というものは、当たってほしくないのに当たるもの。
フロントフォークの内側の一部が黒くなっていた。
タイヤのヒゲで擦られて塗装が剝がれたのか、それともゴムの色が付着してしまったのか分からないが、本当に小さいけど、そこだけが。
「まあ、目立たない場所だから。これは今後の戒めのために残しておこう」
どうしようか考えていた僕にKOGAさんが。
というわけで、今でもKOGAさんのフロントフォークの内側には少しだけ黒色が残っていた。




