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ケイデンスへん


 重たいギアでの走行にも少し慣れた頃、といっても全然回せないのだが、運悪く帰りに道中に逆風に見舞われるという事態が。

 冬の寒さが通り過ぎ、それに伴い山から吹きつける颪ももう治まるだろうと油断をしていた。

 前回にも書いてあるが、重たいギアを使うということは普通にゆっくりと走るよりも遥かに筋力を使う、体力を使う。

 そんな状態での逆風。

 ネットで得た知識でこれが正しいのかどうかは判断できないのだが、一説では逆風の風速×2の分だけ速度が落ちるとか。

 帰宅の途であるから別段急ぐ必要性もない、と言いたい所であるがこの時は急いでいた。といっても約束があるからとか、夜勤が入っていたとか、観たいテレビがあるとか、ではなく自然環境と道路事情。

 多少暖かくはなってきたが、夏のように長い時間太陽が沈まないわけではない、もうすでに太陽は西へと傾きつつあり、そして西日がまぶしい。

 それに加えて走行している道は通勤に用いられている道路。まだそんな時間ではないが、後三十分もすれば帰宅ラッシュが始まるはず。

 つまり交通量が多くなるということ。

 川を渡るまでには車幅も車道外側線も広いが、橋を越えると、県を跨ぐと狭くなる。ついでに舗装もちょっと悪くなってしまう。

 その前に帰らないと。家へと辿り着くのは無理だがせめて国道を抜けないと。

 やや焦る気持ちで重いペダルを踏みこむが、気持ちとは裏腹にKOGAさんは前へと進んでくれない。

 これは当然ながら比喩である。全く進まないのであれば僕もKOGAさんもとうの昔に転倒をしている。自転車という乗り物は前へと進む推進力があるからバランスが保てるのだ。

 話が逸れてしまった。元に戻す。

 僕はもっとペダルを踏みこんで、今表示されている以上の速度を出そうとした。その為には今よりも重いギアを。

 右手をシフターにかけ、押し込もうとした瞬間KOGAさんの声が、

「ダメダメ。反対に軽くするの」

「はあ?」

「こういう向かい風の時は軽いギアにしてペダルを回すの」

 そういえば逆風の時の走り方でそんなネット記事を読んだような気が。

 KOGAさんの言葉に従い、フロントをインナーギアに。

 途端にペダルにかかる抵抗が軽くなる。

 脚の回転が自然に上がっていく。

「そのまま回転を挙げていって。ケイデンスを90。いや、もうちょっと早く100くらいで回してみようか」

「あの……」

「何?」

「……ケイデンス100ってどれくらいの回転で脚を回せばいいんでしょうか?」

「はあああ、何言ってるのよ。そんなのサイコンの表示を見れば」

「非常に言いにくいのですが、このサイコンにはケイデンスを測る機能は備わっていません」

 レースに出るつもりなんて毛頭ないから、そんな機能は必要がなかった、なおかつ初期費用に軽減のために高価なサイコンは購入を見送った。

「そうだった。私にはケイデンスを測るセンサーがなかったんだ」

「ええ」

「何で着けていないのよ」

 非難されてしまう。

 ちょっと怒ってるKOGAさんを宥めながら、僕は先に挙げた理由を説明。

「そうだった。すっかり忘れてた。まあ、いいわ、私がリードするから」

「お願いします」

「それじゃ。フロントギアはインナーにもう入っているからリアはまあもう少し軽くして」

「重たくしなくてもいいんですか?」

 この段階ではリアは14Tになっていた。

「それでも重すぎるし、それにそれ以上重たくするとチェーンがたすき掛けになってしまうからね」

 フロントアウターに入れた状態でリアを軽く、もしくはフロントインナーでリアを11Tのような状態にするとチェーンがたすき掛けのように、つまり斜めに伸びてしまいあまり良くないとされている。KOGAさんを購入した時にも店員さんから「インナーの時にはトップ三段、アウターの時には軽いの三段は使用しない方がいいですよ。チェーンの消耗を抑えられますし」という助言を受けていた。

 けれど重たいギアで踏んでも進まないのに、軽くするのは。

「まあ、私を信じて。リアは17、19でもいいかな。それと風の抵抗をあまり受けないように前傾でね」

 言われた通りに前傾姿勢に。プロのロードレーサーなんかはこういう場合、ハンドルのブラケットの部分を軽く握り、肘を折りたたみ、頭を沈めて空気抵抗を小さくしながら走るのだが、この姿勢は初心者であった僕には少々キツイものであり、とくに腹筋背筋が、かといって姿勢を立てたままでは逆風をモロに喰らうので、下ハンドルを握る。

 そしてKOGAさんの言葉を信じないわけではないのだが、19では流石に軽すぎるような気がして17Tでペダルを回す。

 いつもよりも早く回転させることを意識しながら。

「19でもいいのに。まあ、でもいいか。じゃ、あと少しだけ回そうか」

 KOGAさんの声が。

 これでもまだ駄目なのか。

 もっと早くか。

 KOGAさんとの走行はもちろん。これまでの人生で一番のペダルの回転を。

 その途端、KOGAさんがグンと前へ加速。

 逆風を切り裂くように、但し僕の体感、前進する。

 サイコンの表示を見る。30㎞/hに近いような数字が。

 体重が軽い僕はケイデンスを重視する走りのほうがあっているのだろうか。

 このままペダルを速く回し続けて、ケイデンスを上げ続けて、陽が落ちる前に無事に帰宅。

 という風には問屋が卸さなかった。

 重たいギアでは筋力を使う、翻ってケイデンスは心拍系を酷使する。快調かと思っていたら次第に、鼓動が早くなるし、呼吸が荒くなっていく。

 苦しい、回転を止めて楽になりたいけどKOGAさんの「回せ、回せ、回せ」といういつもの声よりも男っぽいようなかっこいい声で叱咤激励を。

 それに促されるように苦しいのを我慢して回し続ける。

 けど、やはり続かない。橋へと辿り着く頃に僕の回転速度もKOGAさんのスピードも見事なまでに落ちてしまった。



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