復路? へん 6
しかし僕はそのKOGAさんの声に耳を傾けず、脳内に流れる声なのだから耳をというのは少し語弊があるけど、聞かずに、敢えて言うのであれば無視をしながらペダルを回し続けた。
いや、回していたのではない。格好悪く、我武者羅に踏み続けていた。
下り坂から足を休める、残り少ない体力の回復に努めてもいいはずなのに、この時の僕は無駄にペダルを踏み、力を浪費し続けていた。
脳内で聞こえるKOGAさんの声を無視しながら。
突然車体が、KOGAさんが左へと傾いた。
最初は道が悪い上に、この時の僕の技量を越えた速度で走っていたから車体が安定してない、と思っていた。
だが、そうではなかった。
KOGAさんを真っ直ぐに走らそうとしても少しずつ左へと曲がっていく。
もしかしたら、車体が跳ねた瞬間にその衝撃で前輪のクイックリリースが緩んでしまった、もしくは最初から締め付けが緩んでいたと考えた。
以前、まだKOGAさんが僕の所に来る前の話、当時は色んなサイトを閲覧してロードバイクについて調べていた、そんな中でとあるサイトで前輪のクイックリリースが緩んでいて、それが下りの途中で突如外れ、結果大怪我を負ったというのを読んだことがあった。
似たような状況かもしれない。
意図せぬ遠回りになってしまっているのだから少しでも早く家へと近付きたいのは山々ではあるが、急ぐことを優先するあまりに事故を起こしてしまい、それによって帰宅するのは数時間後ではなく、数日後というのは絶対に避けたい。
左への傾きを利用しながら坂の途中のロードサイド店へと。
そこはパチンコ店の駐車場だった。
「やっと止まってくれた」
KOGAさんの安堵したような声が。
ずっと頭の中で声は聞こえてはいたが、その内容を理解でいるような精神状態ではなかった。
「道を間違えてちょっと焦るのは理解できるけど、そんなに焦らなくても」
「……いや、しかし……でも……」
確かにKOGAさんが言うようにそんなに焦る必要はない。冬の寒さ通り越した季節だから、日が沈むまでにまだまだ余裕はある。
しかし、体力が心配だ。
遠回りになることで、このルートを使用して家路につくことで、単純な計算ではあるが当初の予定100キロという距離から凡そ20キロも余計に走ることに。
走り始めの20キロという距離ならば問題ないけど、経験したことのない走行距離を経てからのさらに追加というのは正直かなりきつい。
「あのさ、君のリュックの中に入っている文明の利器は何のためのそんな機能が付いているのかな」
このKOGAさんの言葉に僕はハッとした。
リュックの中には財布、免許書、それからスマホが。
スマホの地図アプリを使用すれば別のルート、つまり抜け道、というのは語弊があるが、ショートカットできるルートが見つかるかもしれない。
背負っていたリュックを降ろし、スマホを取り出した。
見つけた。
この先しばしこの道を走り、そこで右折。団地の中を突っ切り、駅を目指し、駅からしばし走ると、最近できたばかりの大型ショッピングモールへと繋がる道。
このモールには幾度なく行ったことがあるけど、コチラの方向から、つまり家からとは反対方向から行ったことは流石になかった。
こんな道があったんだという思いと、これなら遠回りを軽減できる、20キロも余計な走行をしなければいけなかったところが、その半分で済むという喜びに似たような気持ちが同時に。
まだ後一つ残っているパンを口の中へと無理やり押し込んでエネルギーを補給し、僕は再びKOGAさんに跨った。
意気揚々とは流石にいかないけど、それでも休憩前よりも軽い足取りでペダルを回した。
右折をして先程地図アプリで発見した団地を突っ切る。
団地を抜けると線路があり、その先は坂、また上りになっていたけど不思議とそんなに辛くはなかった。これは別に距離が短かったわけでもないし、傾斜が緩かったわけでもない、しかしながら休憩前よりも脚はよく回転してくれた。苦しい時間が短く澄んだ。
坂を上るとショッピングモールまではほぼ一直線であった。
楽に走れると思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。地図で見るだけでは分からないけど、いざ走ってみると道はちょっと酷いし、路側も狭い、さらにはショッピングモールへと向かう人達の車だろうか、平日の昼間だというに交通量がすごく多い。
そこをインナーギアで走行。
ちょっと酷い道ではあるがアップダウンがほとんどなくて、山が近いのにほぼ平坦といってもいいくらいであったが、KOGAさんのギアは軽め。これは短縮ルートを発見して心は多少軽くなり、身体への影響も多分にあったけど、それで体力が全回復するといったゲームのような出来事は流石に起きず、少しは元気になったけど残り少ない力を家に帰り着くまで持たせるために選択。
この選択はすぐに吉と出た。
平坦と思っていたけど突如した上りが目の前に。
重たい、アウターギアで調子に乗って走ってでもいたらこの上りで撃墜していた、僕とKOGAさんの挑戦はそこで終わっていたかもしれない。
KOGAさんの一番軽いギアを必死に回す。
あまり進まないが、それでも確実に前へと進んでいく、上っていく。
上り終えると、見知った建築物が目に飛び込んできた。




