復路? へん 2
「ちょっと、何処行くのよ? まだ真っ直ぐでしょ」
KOGAさんの言葉の通り。しばしの間はこの国道を直進する予定になっていた。
だというのに僕は、KOGAさんのハンドルを切った。体重を左へと傾けた。
大きな交差点を左折。
「ちょっと予定の変更を。まだ体力に余裕がありそうなのでルート変更します」
KOGAさんの問いに答えながら走る。フロントギアをインナーへと落とす。
眼前に陸橋が迫ってきたからであった。
アウターのままでもこの陸橋を越えることは十分に可能であったのかもしれないが、実際陸橋の高さは後で調べたところ8メートル程、勢いで乗り越えられない高さではない、僕はそれを行わなかった。
行わなかったのは自信満々で挑んで、万が一にも失敗した場合恥ずかいからとかいうわけではなく確固とした理由があったから。
それは陸橋を越えてもまだ上りが続くからであった。
普通は道路、または線路を越えれば下っていくのであるが、この陸橋の先にはまだ坂が。
坂は山の方へと続いていく。
「体力に余裕があるから坂に挑戦したいということは理解できたけど、このまま山の方に進んで帰ることができるの?」
KOGAさんが僕に疑問の声を。
「大丈夫です。少し遠回りになるけど、この道で帰ることはできます」
そう、このルートは検討はしたが採用しなかった、廃棄にした案、山越えのルートであった。
緩やかに続く坂を軽いペダルを回して上っていく。
前方を走る自転車を追い越す。
追い越すとき、抜くときに、自転車をちょっとだけ観察。乗っているのは多分中学生の女子、ジャージ姿で前の籠には大きな鞄を乗せて立ち漕ぎで坂をゆっくりと進んでいた。
慣れがあるのかもしれないけど、こんな子でも上れる道なんだ。思ったよりも、想像したよりも大した坂ではないのかもしれない、車では分からなかったけど。これならもしかしたらアウターで行けたかもしれないなと内心思っていたら信号の灯りが目に飛び込んでくる。
ここで先程まで続きた上りは一旦終わり。
そう、一旦である。
信号を渡るとしばらく下りになるけど、また上りに。
今度の上りはさっきのとは比べものにならないくらい長かった。けど、斜度のきつい坂ではない、体感的にはあの陸橋よりも緩やかな傾斜。
この緩やかな坂をKOGAさんで下っていったらさぞかし気持ち良いだろうな、今度は行きに走ろうと考えながらペダルを回す。
この道は車でしか通ったことがない、こんな速度でゆっくりと走ったことはない。
山の中の道だけど広い道をKOGAさんと。
遅い僕たちを何台もの車が追い越していくけど、道幅がそれなりにあるからそんなに怖くない。
ゆっくりついでに周囲に景色に目をやる。車で通る時には全然感心なんかなかったのに。
ああ、もう少ししたら春になるんだな。田植えの前、土を耕した田んぼがチラホラと。
あ、山の方に神社があった。こんな所に建っているなんて知らなかったな。
知らなかったといえば、ゴーカート場があったことも。
そんなこんなで決して無理をせず、インナーギアのままでKOGAさんと共にゆっくりと坂を上っていく。
緩やかな上りはまだ続く。道は真っ直ぐといっても過言がないくらい。
高速道路の高架が見てきた。
その下を潜ると道はやや右曲がりに。と、同時に山の中へと入っていく。
さっきまでは割合開けていた景色が途端に狭くなった。
僕の視界には屋と木々の緑。
そんな中を走っていると急にペダルが重たくなっていく。これは、緩やかだったとはいえこれまでずっと上りであったのだからその疲労がこの段になって出始めたということもあるだろうが、それ以上にある理由があった。
それは心理的なもの。
自転車という乗り物は心理が強く影響するものである。先の状況が分からないというのはパフォーマンスに、そんなレベルではないけど、大きく作用を、悪影響を及ぼしてしまう。
この時の僕はまさにそうであった。
緩やかではあるがいつまでも続く坂、全然見えてこない上りの頂点に、この先いつまで続くんだ。まだまだ上らないといけないのか、ペダルが重たい、降りて歩こうか、別に押して歩いても知っている人間が見ているわけでもないんだから別に恥ずかしくないよな、というようなネガティブな思考に徐々に浸食されていく。
先にも書いたが、そのマイナスの思考は走りに影響を。ただでさえ上りで遅いのに、さらに速度は遅くなっていく。大した傾斜でもないのにサイコンの表示は一桁台に。
ああ、駄目だ、もう限界も。
そんな僕にKOGAさんが、
「後少しだからガンバレ。ペダルを速く回せばその分私も速くなるから、そうなったら上り早く終わるから」
この声に少しだけ元気は貰えた。
ほんのちょっとだけどペダルを踏む足に力が。ほんの少しだけど速度が上がる。
上りの終わりが見えてきた。




