100キロ 提案へん
「ねえ、君も私でロードバイク童貞を卒業して大分と経つし、それなりの経験を積んだんだから、そろそろ長距離走らない、思い切って100キロに挑戦してみるのはどうかな?」
タイヤを替えて、気持ち良くロードバイク生活を楽しんでいた僕にKOGAさんがこんな提案を。
100キロという距離は、脱ビギナーを目指す一つの目安の距離である。
これまでの僕とKOGAさんの最長距離はおおよそ50キロ。
この数字の倍であった。
普通ならば躊躇する、しばし考えてから結論を出すべきところであろうが、僕は、
「いいですね」
と、即答を。
これはロードバイク、KOGAさんに慣れてきてことへの過信があり、100キロという数字もそれほど大した距離ではなく、楽勝と考えていたから出た言葉ではなかった。
とある、まだKOGAさんには話したことのない過去が、この即答に繋がったのであった。
免許を取る前、原付免許を取る以前、まだ僕が高校生だった時の話である。当時の僕は、とある文庫のシリーズに嵌っていた。新刊が出ると発売日にはたとえ悪天候であろうとも必ず書店へと足を運ぶくらいに。ところが高校二年の冬、待望の新刊発売日に地元書店を何件もはしごしたのだが、どの店もすでに売り切れているという事態に。当時の地方都市の書店にはその手の本は入荷しても一二冊が関の山であった。普通ならば再入荷を大人しく待つのだが、その時の僕はどうしてすぐに読みたかった。そんな僕の一つの案が。田舎の町で手に入れることができないのであれば、大きな都市で買えばいい。近隣の政令指定都市までは県境をまたぐがおおよそ30~35キロ程の距離。そこまで買いに行こう。普通ならば、公共交通機関、この場合は電車、を使用するのだが、そこには運賃というものが介在する。往復の運賃は文庫本よりも高額になってしまう。高校生という身分、当時はバイトは禁止されていた、つまりお小遣いの中だけでの遣り繰りを。金額的には不満は特になかったが、かといって何でも好きな物が買えるような金額ではない。そんな中で、目的の物よりも高い運賃を払って行く必要があるのか。悩む。葛藤する僕の中にまたアイデアが生まれた。自転車で行けば、交通費を節約できる。政令指定都市までは平坦な道が続くはず、多分行けるのではないのか、そんな無謀な思い込みが。だが、この無謀な思い込みは功を奏した。僕はその文庫本を手に入れることができた。正確な距離は分からないけど、それでも単純計算で60~70キロぐらいは走ったことになる。しかもママチャリで。
僕のこの過去の話を聞き、KOGAさんは、
「バカね」
と、一言。
「そうですね」
自分自身のことだけど、僕もその意見には同意であった。
あれは若さゆえの過ち。
そしてその無謀の行いは、一度ならず、その後も、それこそ原付に乗り始めるまでに何度か。
100という距離には足りないが、それでもKOGAさんと一緒に走った最長距離を越えている。加えて当時はろくに整備のしていないような自転車。
元気だけが取り柄の十代後半当時と比べれば体力は落ちているだろうが、それでもKOGAさんにはその落ちた体力を補ってなお余りある性能がある。僕の力になってくれるはず。
だから即答できた。
そのことを告げると、
「そんなに期待されても」
何時とはちょっと違う、小さい、若干照れが入ったような、早口の声が。
そしてそれを払しょくするかのように続けて、
「どっか行きたい場所はある?」
という質問を。
この言葉を聞き、一つの地名が僕の中に浮かんできた。




