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けんがいへん


 休みの前日、出勤前にKOGAさんに乗り、帰宅して走りでついた小さな汚れをウェスで拭いている時に彼女が僕に、

「ねえ、そろそろけんがいに走りに行かない」、と。

 この言葉を聞いた瞬間、僕の脳裏に真っ先に浮かんできたのはとある峠であった。そこは車の免許を取ってまだ間もない頃、友人の悪戯で連れて行かれた場所。曲がりくねった峠道で、なおかつ車幅も狭い、その上抜け道的な使用で車も結構走り、二つの意味で慣れていない僕は四苦八苦しながら曲がり、対向車には気をつかい、そして下りでは後続車の煽られて怖い目に遭った。

 そしてその峠は、けんがい、つまり携帯電話の繋がらないような山奥。それは当時の話で現在では通話可能、電波が届くかもしれないけど、風の噂では、別ルートの新道ができ、現在では車両は通行止めになっているというから、おそらくは今もまだ通話は不可であろう。

 KOGAさんの言う圏外に相応しい場所。

 それと今は車では行けないけど、もしかしたらロードバイクならば峠道に侵入することは、走ることが可能なのかもしれない。

 けれど、苦い記憶を思い出すと結構な坂道であったような気が。初心者だから上りで速度が出なかったということもあるけど、それ以上に全体的に急坂であったような印象が。

 近所の坂を走って幾分上りには慣れたけど、まだまだ急坂、しかも長い坂に挑むには情けない話だけど大分と力不足。

 そのことを正直にKOGAさんに言うと、

「違う違う、圏外じゃなくて県外」

「ああ、そっちですか」

 なるほど合点がいった。

 普通に考えれば、圏外よりも県外だ。

 僕の家から隣県まではそれほど距離はない。歩いても一応県を跨ぐことが可能な位置。但し、相当歩かなくてはいけない、普通の人ならば躊躇するような距離なのだが。

「どう?」

「そうですね……」

 しばし考えた。その結果、

「分かりました。じゃあ、明日走りに行きましょう」

 と、同意を。これはKOGAさんに乗るようになり天気予報を以前よりも真剣に見、一週間分の天気を確認する癖をつけ、明日は晴れるという予報を見ていたから。雨の日には走りたくない、自分が濡れるにはいいけどKOGAさんを汚したくない。と、もう一つ、近所ばかりの走行でちょっと飽きがきていたからだった。

「それじゃ明日のルート考えておいてね」


 業務に支障をきたさない範囲でKOGAさんから出された宿題についてあれこれと思案した。

 僕の住む場所は県の外れで、車で少し走れば三県に赴くことができるような位置。

 どこに行こうか?

 まず真っ先に浮かんだのは山を越えていく県。ここは完全に除外。その県には色々と

 神社仏閣があり、僕がロードバイクを買った目的と一致するのだが、まだ慣れていない身で山越えのルートを選択するのは。それに季節も冬である。一応天気予報では晴れであるけど、山の天気は変わりやすい。雨ならばまだしも、それでも十分嫌なのだが、万が一にも雪なんぞ降ってしまったら。

 次に川を越えていく県。

 川はかなり大きく、それに架かる橋も長い。そしてすれゆえに問題が生じてしまう。原付時代に何度も経験したが、その橋を渡る時、幾度となく後続車から車間ギリギリにまで接近され、プレッシャーをかけられた。普通の道ならば路肩に寄せて先に行かせるのだが、いかんせん橋であり、その上一車線であるから逃げ場がなく、ずっとせっつかれてしまうことに。ただ、これは非常に運が悪い時である。主要道路であるがゆえに交通量も多く、大抵の場合は原付の速度でも十分に流れに乗ることが可能。もしかしたらロードバイク、KOGAさんに乗る僕でもなんとか流れに乗って橋を越えることができるかも。ならばそこに。そこまで夢想したが、すぐにこの甘い考えを破棄。そんなに上手くいかないような気がしたから。ならば、橋の外側に設置されている歩道をやむを得ずに走行し、橋を越えると手段も考えたのだが、その歩道は所々金属の板が貼ってあったような記憶が。冬の時期の川の上。凍りやすい状況。そこまではいかなくとも滑りやすくなっているのでは、と。それと件の県は車の交通量が多いことでも有名。まだまだ車がバンバンと走るような道をKOGAさんで走るのは怖かった。

 というわけでこの県も除外。

 残された選択肢は後一県。

 少々距離はあるが有名なお稲荷さんがあることを思い出す。そこを目標に走ってみるのは。車で何度も訪れたことがあるので道は知っている。だが、知っていることによっての弊害が。平地で、信号も少なく走りやすい。平地というのはありがたい地形ではあるが、信号が少ないというのがネックに。ロードバイクという乗り物も基本信号が少ない方が良い。信号で停車し、ゼロ速度から加速していくのにはかなりの労力を必要とする、疲れてしまう。それにサイコンのアヴェレージも上がるし。ならば、それで良いのでは、どこがネックになるのかと思われるだろうが、それは早計である。信号が少ないということは飛ばす車が多いということ。別の隣県ほどではないが、その道も交通量はある。そんな中でKOGAさんを走らせる自信がない。

 どうしようか?

 県外への走行は今回は見送り、もう少し慣れてから、暖かくなってからにしようとKOGAさんに提案しようか。

 業務をそっちのけで悩む僕の脳裏に突如名案が。

 

 家に帰ってからKOGAさんに挨拶もそこそこに自室へと引きこもった。パソコンを立ち上げ、ネットに繋ぎ、国土地理院の地図をウィンドウに。

 お稲荷さんへと至る道周辺は平地であった。ゆえに田畑(でんばた)が多くあった。ならば、その間に農業用の道路が四方八方に張り巡らされているのでは。そして、その農道を使用することで安全に移動することが可能なのでは。そう考えた。

 僕のこの推論は的中した。

 網の目のような道が地図上で確認できた。

 だけど、僕はいずれの農道も翌日走行しなかった。


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