復活へん
KOGAさんに言われたとおりに、部屋の戻った僕はストレッチを行った。
特に太腿を入念に。
所謂、女の子座りといわれるような、正座の変形、両膝をくっつけお尻をつけ脚は外側に開いた状態から後ろに倒れ背中をつけて、両方の大腿四頭筋を同時にストレッチ。
次は立ち上がって、片足で立ち、もう片方の脚を後ろ手で持ち上げる。
前屈をし、身体を下へと伸ばすことのよってハムストリングスのストレッチ。
腰回りのストレッチ。
アキレス腱伸ばし。
下半身を重点的に。何度も行った。
だが、これでも足らないような気がし、しっかりと栄養補給、夕飯、をいつも以上にとり、お風呂では筋肉がまだ強張っている部分を自己流ではあるが入念にマッサージし、そして風呂上がりに再度ストレッチと柔軟、と。
念には念を入れてケアした。
これによって翌日の下半身の筋肉痛は回避された。
帰宅時にはあんなに苦労した階段の昇降も、次の日の朝には何ら問題ない、普段通り、いやもしかしたらいつもよりも軽い感触さえした。
だが、それ以外の個所で問題が発生した。
先に書いたように、翌日の下半身の筋肉痛は皆無であった。だが、上半身が痛みとコリ、怠さを訴えていた。昨夜入念に行ったストレッチとケアは下半身のみ。上半身に関してはほぼ何もしなかった。その結果、というかツケのようなものが僕の身体に生じていた。
ロードバイクというのは結構前傾姿勢な乗り物。慣れていないから首に負担が来、初心者ゆえに体重分散も上手くなく、最初はサドルの上にドカッと腰を下ろし、それゆえに臀部が少し痛くなり、それを抑えるために無意識にハンドルの伸ばした腕に体重を乗せてしまい、結果翌朝の筋肉痛に。
下半身にばかり気を取られてしまったがゆえの結果であった。
肩、というか首は重いし、二の腕は張っていた。
だが、昨夜僕の中にあった悲壮感や絶望感といった負の感情はなくなっていた。
きちんとアフターケアをすれば身体の問題は回避できる、KOGAさんに助言に素直に従えば対処ができる、すなわち昨日は無様に敗れ去ってしまった坂も、今後KOGAさんの言葉を聞き入れて練習と続けていけば難なく上り切ることができるかもしれない。一時は絶望を、KOGAさんに乗る資格はない、呆れられてしまうと思ったけど、もしかしたらKOGAさんに相応しい人間に慣れるかもしれない。
そんな希望のようなものが生まれていたからであった。
「おお、昨日とは違う顔になっているな青年」
昨日はおっかなびっくりで慎重に下りていた階段を一気に駆け下りてKOGAさんに挨拶を。その時に返ってきたのがさっきの言葉であった。
たしかに下半身の痛みから解放され、予想していた脚の筋肉痛の苦しみに見舞われることはなかったけど、そんなに僕の顔は変化をしていたのだろうか? そのことを問うと、
「だって、昨日私でロードバイク童貞を卒業したでしょ」
下ネタであった。確かに昨日ロードバイクを初体験しましたけど。けど、朝からそういう発言は如何なものかと、少々オブラートに包みつつ、柔らかな表現で非難すると、
「でも事実でしょ。じゃあ、しょうがないじゃない」
確かにまごうことなき事実である。これ以上反論はできなかった。
そんな僕にKOGAさんはまたも声を、
「どうする? 今日も私に乗ってみる?」
懸念していた下半身の筋肉痛は、KOGAさんのアドバイスを素直に聞き入れ、実行した結果、僕の身体には訪れなかった。そして疲れ、疲労感もなかった。だけど、ケアを怠った上半身、首と上腕、が少しばかり痛みを訴えていた。
そのことを正直に告白。隠しておいても仕方がない。
「ああ、そうか。まあ、初めてだからね、ちょっと無理な姿勢で、変なところに力が入り過ぎちゃうんだよね。でも、それは通過儀礼のようなものだから、乗っているうちに少しずつ筋肉が適応していって、徐々に慣れていくものだから」
「そんなものなんですか?」
「そうそう、乗れば乗るほど君の身体は私にフィットしていくから。というわけで、どう今日もまた乗ってみる?」
乗れば乗るほど慣れていくのか。
正直、上半身の鈍痛のせいで今日は乗るのを止めようかと一人画策していた。けど、こう言われては乗らざるを得ない。即効はないが、乗ることで改善の兆しがあるのならば。
そして幸いにして、今日は遅番であった。太陽が出ているうちにKOGAさんに乗ることが可能。
「分かりました。じゃあ、朝ご飯を食べたら」
「いっぱい栄養補給してきなさいね」
KOGAさん送り出され、僕はカロリー摂取、朝食へと赴いた。




