帰宅へん
這う這うの体で、意気消沈しながらも、なんとか陽が完全に落ちる前に自宅へと到着することができた。
忸怩たる、情けない走りではあったが、無事KOGAさんと帰宅することができた。
最後の力を振り絞り、KOGAさんを玄関口まで運ぶ。
だが、これで安堵につけるわけではなかった。
まだ、すべき大事なことが残っていた。
ロードバイクというのは普通の自転車と違いデリケートな存在である。むろんKOGAさんもそうであった。
そんな存在を雨露の当たる外に置いておくというわけにはいかない。そんな場所に停めておいたらすぐに駄目になってしまい、その性能を十全に発揮することができなくなってしまう。
それに高額な代物でもあるから盗難の心配もあった。
だから、室内での保管が必須であった。
僕もKOGAさんを置く場所として、自分の部屋の一角を片付け、そこに保管する所存であった。
だがしかし、今のこの疲労困憊した、産まれたての小鹿のように脚が痙攣しているような状態で、KOGAさんを二階の自室にまで運ぶことができるのだろうか。立っているのでさえ辛いのに、KOGAさんを担いで二階に上がらないといけない。それだけでも大変なのにやや狭く、一度折れている階段をKOGAさんを傷付けることなく、無事に運ぶことができるのだろうか、と。
体力の回復を待つか、それとも一気に行ってしまうか、思案している僕にKOGAさんが、
「私ここでいいわよ」
KOGAさんに帰宅中に、自分の部屋で保管する旨は伝えてあった。なのに、彼女は三和土で別に構わないと。
「……でも……」
「だって君、私を担いで二階になんて上がれないでしょ」
「……けど……」
この家に僕一人だけが住んでいるのなら何ら問題はない。だけど、家族と同居している。ロードバイクについての知識が全くない家族が、KOGAさんに迂闊に触れる、それだけならば特に問題はないけど、ついうっかりとこかしてしまい、それが原因で破損してしまう可能性も十分にある。
「そんなに心配しなくても大丈夫だって。そんなに簡単に壊れたりなんかしないから」
「はあ……」
「それよりも君が無理して私を担いで階段の途中で落としたりなんかするほうのが、よっぽど壊れるリスクが高いんだけどな」
言われてみれば、確かにその通りであった。
こんな状態の脚でKOGAさんを二階に運ぶのはリスクが高い。
「……そうですね。じゃあ、家族の許可を取ってきます」
KOGAさんを置くスペースはあるものの、玄関先で保管するのだ、日常の場である。僕一人が生活しているわけではないので、家族の承諾が必要だ。
まだ力の入らない脚でリビングへと赴き、母から承諾の言葉を受け、その脚で今度は階段を上り自室へと行きバイクスタンドを手にして、まだ思うように動かない脚で恐々と階段を下り、再びKOGAさんのいる三和土へと。
バイクスタンドにKOGAさん嵌めて立たせた。
その際触れた時に謝罪を。
「すみません、今晩はここで」
今日の所は許可を得たが、今後はどうなるか分からない。
「別にいいから。それに私がいたら、男の子の生活の迷惑になるでしょ、気軽にできないでしょ」
後日、振り返ってみれば分かるけど、この時のKOGAさんの言葉の後半部分を僕はよく理解できなかった。
それよりも、
「あ、後……」
あんな恥ずかしいことを、失態に見せてしまったのだ、今後僕はKOGAさんに乗る資格があるのだろうか、それを問うとした。が、
「きちんとストレッチをするのよ。筋肉痛になったら今日よりも私の乗るのは辛くなっちゃうから。身体のケアはすごく大事よ」
というKOGAさんの言葉が僕の中に。
「まだ僕はKOGAさんに乗ってもいいんですか?」
「いいに決まっているじゃない。どうしてそんなこと聞くの?」
「あんな坂も上れなくて」
「そんなの気にしないの。前にも言ったけど、ロードバイクはね、走れば走るほど速くなれるの。それは坂も同じ。今日は駄目だったけどさ、明日は上れるはず」
「……明日も駄目だったら……」
「じゃあ、上れるように私と練習しよう。君が望むのなら、私はいつでも一緒に君と走るから」




