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初上へん


 いつまでも農道をひたすら、アウタートップで往復しているだけというわけにはいかなかった。世の中には始まりがあれば終わりがある。

 冬の陽は短いもの。暗くなる前に、日が落ちる前に帰宅することに。

 これはKOGAさんの提言であった。

 アウタートップでの走行で僕も走っている時に気付かなかったけど、それなりに体力を消耗していた。

 来た道を引き返した。

 途中までは。

 というのも、あの旧街道に戻り、あの時選択しなかった右折の先へと進んでも少々遠回りにはなるが帰宅することが可能であった、しかも平坦路を。だが、家に着く少し前に颪の影響をモロに受ける箇所が。夕方になり風は先程よりも強くなっていた。そんな逆風の中を走る気にはあまりなれなかった。

 それにKOGAさんの一言が僕のルート選択に大きな影響を。

「ねえ、帰り道に坂とかない?」

 坂のあるルートはパっと思い付いただけで二つあった。

 一つは長い坂が続く道。

 もう一つは距離こそ短いがちょっとした急坂。

 僕は急坂ルートを選択した。というのも、長い坂のルートは西北方向へと上る道。坂だけでも大変なのに、そこに風まで加わったら。

 対して、急坂ルートは東西両側が山というか谷筋になっており風の影響はそうはないはず。坂道は大変だろうが、それでも苦しみはわずかな時間で済むはず。

 そう考えたからであった。

 フロントをアウターからインナーへと落とし、リアギアも一番低いものではないが、それでも軽いギアでの走行。

 僕としては少々物足りない軽さ、さっきまでが重たかったから、であったがKOGAさんの助言、

「帰り道はクールダウンだから」

 という言葉に従う。レギュラーに遠く及ばないような万年補欠ではあったが、中学時代はサッカー部に所属していた。アップとクールダウンの重要性は知っていた。だから、素直に聞き入れた。

 橋を越えて、旧街道に入らずにあの時の交差点を左折。

 あの店の前の国道とは別の国道に。

 この国道は酷道でもあった。どの車もみな飛ばし、かつて原付で移動していた頃でさえ、この道を通るのは怖く、少々遠回りになっても迂回をしていた。

 そんな道を不慣れなKOGAさんで走るという選択をしたのは、件の坂ルートへの近道であり、また歩道の走行が認められていたからであった。

 軽いペダルで少々細い歩道を。ロードサイド店が多いために歩道は店に出入り口で上がったり下がったりしていた。

 非常に走りにくかった。

 それだけではなく風の影響もあったし。

 走りにくかった歩道もようやく終わり、僕は安堵しながら裏道へと。

 その裏道をしばらく走り、トンネルを抜けるとそこはもう例の急坂の近くであった。

 予想通りに西側の竹山が風を防いでくれていた。無風状態とは流石にいかないがついさっきまでとは雲泥の差であった。自分の勘が当たったことに内心気分を良くしながら僕はペダルを回しKOGAさんを走らせた。

 が、それも束の間であった。進むにつれて軽かったペダルに少しずつ抵抗のような感覚が。

 普通に歩いているだけならば気がつかないけど、この道はわずかに傾斜、上っていたからだった。これは乗り慣れた頃に分かる事実なのだが、この時の僕はそんなこと知る由もなく、ついさっきまで軽く回していたのが一転、ペダルを力込めて踏み始めていた。 

 そしてこの時、KOGAさんは僕のこの愚行について何も言わなかった。

 無理やりにペダルを踏む僕の目の前にちょっとした上りが。

 しかし、これは例の急坂ではなかった。その前にある勾配、わすか2メートル程の上りであった。

 下手くそな、非効率的なペダリングで勾配を駆けあがろうとした。こんな小さな上りを越せないようでは、この先に急坂なんてとても無理。

 上れない、進まない、ペダルが回らなかった。

 遮二無二ペダルを踏み込んだ。だけど、回らなかった。

 反射的に立ち上がった。KOGAさんでの初めての立ち漕ぎ。

 ドロップハンドルを無意識に内に自分のほうへと引っ張った。

 しかし、僕の脚は回らなかった。

 ほんの50メートルほどの距離なのに前に進まない、進めない。

 ついにはペダルから足を降ろしてしまった。僕はこのわずかな、取るに足らないような勾配を上ることができなかった。

 ギアが少々重たかったということもあるだろう。しかし、僕がこのわずか上りで思わず足をついてしまったのは、それはさっきまでのアウタートップでの練習で時運でも全然気がつかない筋肉の疲労があったからだった。

 ロードバイクに、KOGAさんに乗るための一応自主練をしてきた。けど、この自主練で体力こそはついたものの、この手の自転車の乗るための筋肉を鍛えるには至らなかった。代わりについたのは歩行のためのものであった。

 まあ、これは後に述懐したものであるが、この時は只々ショックであった。

 こんな勾配も上れないほどに自分は衰えてしまったのか、と。

 これでこの先僕はKOGAさんに乗る資格はあるのだろうか、と。

 そんな僕にKOGAさんが話しかけてくれた、力づける言葉を送ってくれた。らしいのだが、僕はその時の言葉を全然憶えていなかった。

 というのも、悲嘆にくれてしまい呆然となっていたからだった。

 後に、この時の言葉を改めて教えてもらったので、それを記載しておきたいと思う。

「この坂で撃沈するとは予想外ね、急坂で足がつくと思っていたのに。でもまあ、いいわ。今日は上手くいかなくても、明日はできる、明日も駄目なら明後日。毎日のように私に乗って練習しなさいね」

 KOGAさんの策略であったのだ。坂を上り挫折を経験させるという。

 呆然となっていなかったら、この言葉を聞き僕は憤ったのか、憤慨したのか、それとも教訓として胸の留めたのか、どうなっていたのかは分からない。

 只、事実として、その後の僕はショックに打ちひしがれたままでKOGAさんを押し、急坂を疲労困憊、息絶え絶えでなんとか超えることが。 


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