接触へん
彼女との、出会いはほんの偶然。
あの日、あの時、あの店に、もし僕が行くことがなかったら、出会うことは永遠になかったであろう。
こう書くと、ものすごく劇的なかつ運命的な出会いのように思われるかもしれないが、実はそうではない。
別の日に、別の時間帯に、僕があの店に訪れたとしても、多分出会ってはいたはず。
けど、それは視界に、目には捉えるものの、僕には縁のない高嶺の花という認識で終わっていただろう。
事実、あの時の僕は別の目的を果たすためにあの店に行っていた。
その目的は、ことの他あっさりと終わり、後はそれが届くのを待つだけの身であった。
だけど、世の中イレギュラー、予測もつかないよう事態が起きるというのは間々あること。順調に進んでいたはずのことが、突然予期せぬことでストップしてしまう。
最初の話では、ほんの数日、長くかかっても一月以内にそれが僕のものになるはずだった。
けれど、一月経っても、二月経っても、そして三月経っても届かない。
少々、いやかなり不安な心境に。
それでも待つことに、ネット上では待つのが当たり前と書かれていたから。
これが当たり前のことなのだろう思い込んでいた。
しかしながら、只ぼーっと待つだけというのは一抹の不安が。
前もってすでに全額支払いをしていた。
そのお金を持ち逃げされてしまうということは流石にないだろうが、もしかしたら注文をしたこと事体忘れ去られてしまっているのではないだろうか。
そんな疑念が。
その不安を解消すべく。そして今年のことは今年の内に。
ということで、年末、年の暮れ、年内の営業日あと数日という段で、僕は再び店を訪れた。
そこで遅れている理由を聞き、それに僕は納得し、そしていつ入荷するか分からない状況なので、別の商品を勧められ、ついでにカタログを数点頂いた。
けど、その中に彼女はいなかった。
僕としても、彼女は高嶺の花であることには変わりない。
それでも何故か気になった。
店を出る前に、少しだけ観察させてもらう。
隠れていてその姿が全て見えたわけではないが綺麗だと思った、美しいと思った。
けど、何度も書くけど高嶺の花。
僕には分不相応な代物。
しばし眺めた後で、後ろ髪を引かれるように気がしながら僕は店を去った。
正月は、酒を呑みつつ、勧められた商品のカタログを眺めながら、届いた後の生活のことを妄想しながらのんびり過ごした。
しかしながら、後ろ髪を引かれ、まじまじと観察したからなのか、やはり彼女のことも少々気になりネットで情報を収集。
その結果、彼女を選択することなく、勧められた商品の中から選ぶことに。
というのも、調べてみてやはり僕には分不相応であることがよく分かった。
僕には彼女を選ぶような実力はない。
もしかしたら数年後に出会っていたのならば、選んでいた可能性は十分にあるのだが、今の僕には彼女を扱いきれない、持て余してしまう。
年明け、再び店へと。
店員さんに、正月の間に決めた決断を、そして相談をしようと。
決めたといっても、絶対にこれと決まったわけではなかった。
僕がこれから買うものにはサイズがある、そしてそれはとても重要なことである。
そのサイズ選びに迷いがあった。
素人である僕には判断がつかなかった。だから、店員さんと話し合い決定するつもりだった。
その時、ふと魔が差した。
僕が迷っているサイズと、彼女のサイズは酷似していたからだ。
高嶺の花ではあるが、一度だけでも触れてみたい、という欲求のようなものが突如として僕の中に生じた。
許可はされないかもしないとは思ったけど、なんとなく気になってしまい、駄目もとで店員さんに訊ねてみた。
あっさりと許可を得ることができた。
店内に所狭しと陳列されたロードバイクの群れの中から、店員さんが彼女を取り出す。
僕の前へと持ってきてくれる。
白を基調としていながら、やや弓なりのトップチューブは黒色で、ダウンチューブの下側は青。シートステーは直線だが、チェーンステーは後ろに行くにしたがって広がっていく、ベントしていく、ハの字になっていく。
そして最大の特徴はダウンチューブからヘッドチューブにかけて描かれた黒のキメラのヘッドマーク。
それが彼女、KOGAキメラの姿を、全貌を目の当りにした瞬間であった。