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リリカ・ミスティア

よく晴れた日だ。道場の雨戸を開けながら少女はそう思った。

今日もいい日になるという根拠のない確信を持ちながら、彼女は道場の掃除を始めた。

少女の名はリリカ・ミスティア。まだ13歳という幼さだが、1年前にこの道場の免許皆伝を受ける才にあふれる少女である。

掃除をつづけるリリカのもとに白髪の男がやってきた。頭髪から判断するにかなりの年なのだろうが、姿勢はよく壮健な印象を受ける。

「おはよう、リリカ。今日もいい天気だ。いい日になるな」

「おはようございます、師匠。本格的に梅雨が明けたみたいですね」

白髪の男はこの道場で教える「飛燕流」の総師範である高橋仁徳である。

彼らの住む大和の国では、50年ほど前に戦乱が集結し、食い扶持の亡くなった剣客たちにより道場が乱立した。

「飛燕流」もその流れに乗り、先の戦乱にて活躍した剣客がこの椎葉村にて起こし、現在は2代目の仁徳が総師範となっている。

「うむ。あいつにとっての門出だからな。よく晴れてよかった」

仁徳のつぶやきを聞き、リリカは少々複雑な面持ちになりながら日課の掃除をつづけるのであった。


ところで、仁徳とリリカの付き合いは、リリカが父親とともに5歳で飛燕流の門をたたいた時以来だからもう8年になる。

その3年後、リリカの父親が賊に襲われ亡くなってからは身寄りの亡くなった彼女を道場に住まわせてもいる。

リリカは大陸出身の父と大和島出身の母の間に生まれたため、髪の色が銀がかっており目の色も大和人とは違っていた。

しかし、そのようなことを気にもせず、父を亡くし悲嘆にくれるリリカを仁徳は支えてくれたのだった。

リリカもそれに感謝をしており、仁徳をよく慕っていた。髪の色も目の色も違う2人であったが彼らはまるで祖父と娘のようであった。


リリカが日課の掃除を終え、仁徳とその妻伊代、道場に住み込んでいる弟子たちと共に朝食を済ませると、門下の生徒が道場へ続々と集まってきた。

そのうちの一人、一見して大陸出身とわかる男が仁徳とリリカのもとに近づいてきた。

「先生、今日はありがとうございます。それにみんなも集まってくれて。一昨日もみんな祝ってくれたのに」

「お前が大陸に帰るとなると当然だろう。お前は一番熱心に修行に取り組んでいたし、皆に好かれていたからな」

「過分なお言葉ですよ。どこの馬の骨とも知らない私のようなものを迎え入れてもらったのですから、当然少しでも早く技を身につけなくては。

 それに、最も熱心だったのは私ではないですよ。リリカだ」

彼はにこやかにリリカにも話を振ったが、彼女は黙って頭を下げ、別の門下生のもとへと逃げるように立ち去った。

リリカはこの男、アルベルト・リベルタリアが苦手であった。

彼は1年ほど前に仁徳が旅から連れて帰ってきた青年であり、なんでも賊退治をした仁徳の腕にほれ込み入門を決めたらしい。

リリカが彼が苦手な理由をあえてあげるとするなら、異様に良い人当りがうさんくさい、技の会得に師匠たちの迷惑を考えないなどいろいろとあったが、

リリカはそれらの理由よりももっと本能的な部分で嫌悪感を感じているような気がしていた。

技の上達が異様に早いことや師匠たちに可愛がられていることへの嫉妬がないでもなかったが。

しかし、アルベルトは今日大陸へと旅立つという。技の会得もあらかた終わったことに加え、事情があるらしいがリリカはよく知らなかった。

なんにせよ、アルベルトが道場を去ることはリリカにとっては喜ばしいことであったので特に事情を詮索するようなことはしなかった。

あと1時間もすれば、このアルベルトの送別会も終わり、かつての日常が返ってくると思うとうれしかった。


「さて、名残惜しいがそろそろみんなには死んでもらおうか」

和やかでありつつも、騒がしい道場でリリカがこのセリフが聞こえたのは偶然だったのだろうか。

リリカは自分が聞き違えたと思いながらも、妙な真実味を感じ、仁徳とアルベルトのもとへと一直線に向かった。

「ん?今何と言った?」

仁徳は暢気に聞き返す。

「やだなあ。先生。もうそんな年ですか?」

その言葉を言い終わると同時にアルベルトは腰の刀を抜き、仁徳へと斬りかかった。

「どういうつもり?冗談では済まされないわ」

2人の間へ割って入り、その刀を受け止めたのはリリカだった。アルベルトはさして驚いたそぶりを見せずに言った。

「やはり止めるのはお前か。お前だけは飛燕流を極められただろうに。

 残念だ、お前がもっと私になついていたら連れていく選択肢もあったのだが。まあ、今となっては詮無きことだ。」

「みんな!刀を抜いて!」

リリカが周囲に向けて叫ぶのを気だるげに眺めながら、アルベルトは言った。

「こいつらが束になっても私にはかなわんよ。

 さて、死ね、リリカ。”奥義 飛燕剣”」

「(え?奥義!?)」

アルベルトの刀の振りに自身の刀を合わせた瞬間、リリカは道場の奥へと弾き飛ばされた。

頭に強い衝撃を感じ、リリカの視界は暗転するのであった。

「ふむ。やはり奥義というだけはある。あの娘も一瞬で斬れるか」

アルベルトは刀を見ながらひとりごちる。その間に周囲の仁徳と門下生たちは刀を構え、今にも斬りかからんとしていた。

「アルベルト、どういうつもりだ?なぜリリカを斬った?それになぜお前が飛燕剣を知っている?」

刀を抜きながら厳しい顔で詰問する仁徳を無感情に眺めながら、アルベルトは答えた。

「1つ1つ質問に答えようか。なぜリリカを斬った?別にあの小娘だけではないさ。貴様ら全員今から私に斬られるというだけのことだ。

 なぜ奥義を知っているか?先代に聞いたのだよ。そもそもこの道場はなんだ?貴様以外奥義の存在すら知らんとはまともな武芸者もいないのか」

ひどくつまらなそうに話すアルベルトに道場で見せていた面影はもはやなかった。

「先代に聞いただと?まさかお前先代の墓を暴いたというのか?

 もはやお前を許すわけにはいかん。リリカのためにもお前を斬る」

「許してくれなど一度でも言ったか?私以外の飛燕流は必要ない。この道場にいる34名、貴様ら全員私の門出のために死ね」


「っ。頭痛い」

目覚めた私を襲ったのはひどい頭痛だった。触ると大きなたんこぶができている。どうやら派手にぶつけたらしい。

起き上がった私を見て、隣の家のおばさんが話しかけてきた。

「リリカちゃん、起きたのね。体の具合はどう?あなた2日も眠っていたのよ」

言われてみると頭のほかにも、ひどく身体がだるかった。

「おばさん、ここは?」

「私の家よ。リリカちゃんまだ眠っていなさい、今何か食べるものを持ってくるわ」

おばさんに言われた直後、私が気を失う直前の記憶が一気に蘇ってきた。

私はすぐに立ち上がり、道場へと走った。家を出て、この角を曲がると道場がある。

果たして道場はそこにあった。私の記憶と何も変わらず、そこにあった。

「よかった。あれは夢だったんだ」

私は心臓の鼓動がどんどんと早くなるのを認識しながら、扉に手をかけ、開いた。

道場の中にはほとんど変わったところはなかった。ただ、いつもきれいに掃除をしているはずの床が血に染まっていた。

私は道場の惨状を目の当たりにし、起こってしまった惨劇を理解した。

「私は、また家族を失ったのね」

一言つぶやいた後、再び視界が暗転した。


惨劇の日から2週間がたっていた。

私は道場で気を失った後、またしても隣のおばさんに助けられ、あの日起こったことを聞くことができた。

あの日、アルベルトは師匠や高弟を含む32名の飛燕流門下を全員斬殺、伊代さんも含めて33名の人間を殺した。

おばさんが道場を見に来た時には死体が転がる凄惨な現場だったそうだ。その中で倒れていた私も死んでいると思われたが、なんとか生きていたらしい。

私を救出してくれた後、師匠たちの遺体は全て村の人たちが埋葬して、お墓も作ってくれた。

アルベルトはあの日から行方不明で、村の人たちも行先は全くわからないようだ。

事情を聴いた後、私は頭をぶつけた以外の傷はなかったため、道場をきれいに掃除することにした。

血は道場の壁や天井にも飛び散っていてなかなか落ちなかったけれど箪笥を踏み台にしながらなんとか掃除を終わらせた。そして私は今あの日と何も変わらない道場で立っている。

道場に立っていると、今にも師匠が現れそうで、今日も暑い1日になりそうなことを話したくて、庭の紫陽花が咲いたことを話したくて、私は涙が止まらなかった。


道場の掃除が終わった日から、私は1日のほとんどをみんなのお墓の前で過ごしていた。

このまま死んでしまおうと思うことは何度もあった。その度にみんなはそれを望まないであろうことを考えてなんとか踏みとどまった。

それに私がこのまま死んでしまったらみんなが生きていた証を何も残せない。それは私の中で許せないことであった。

どんな方法でもいい、みんなの生きていた証を残すことが私が生き残った理由だと思った。

師匠は私に剣以外にも様々なことを教えてくれた。それを体現するような立派な人間になろう。3か月ほどお墓の前で過ごした私が出した結論がそれだった。

ただし1つだけ、師匠の教えに背くことがある。それは復讐だ。父が殺されたとき、師匠は私を慰めてくれた。

けれどその時も決して復讐は勧めなかった。そんな理由で生き延びても幸せになれない、父は復讐を願ってなどいない。そう言って私を諭した。確かにその通りだと思う。

師匠もみんなも復讐は願っていないだろう。私だって私が殺されていたとしたら願わなかっただろう。

けれどアルベルトは許せない。私の師を、友を、全てを奪ったあの男だけは私が私のために斬る。


1233年5月。あの惨劇の日から7年がたち、リリカは仁徳の墓前を訪れていた。

「(師匠、昨日やっと近くの山に巣くっていた賊を全員討伐することができました。

 近くの川の治水工事も1月前に終わり、ゆきちゃんも読み書きできるようになりました。

 私がこの村でやるべきだったことがひと段落つきました。あの日に間に合って一安心です。)」

リリカは仁徳の墓前に一通りの報告を済ませた後、道場へと戻った。

7年前リリカが墓前にて誓ったように彼女は努力を重ね、若いながらも地元の名士のような存在となっていた。

仁徳から教わった通り、剣以外にも読み書きそろばんや畑仕事など様々な分野で努力をした。そして、その能力を村の人々のために使ったのだった。

そしてこれは全てあの日に向かって綿密に計画されていた通りの結果であった。

1255年5月15日、この日はリリカが20歳になって初めて迎える仁徳の命日である。

リリカはこの日に村を出て大陸へと渡るために、アルベルトを討ちに行くために、7年の日々を過ごしてきたのだ。

「(あと1週間で出発。すべては順調に来ている。

 師匠に言われた通り、一通りの教養も身に着けたし、村のみんなとも仲良くやってきた。問題があるとしたら1つだけね。)」

道場へと戻ってきたリリカは、お茶を飲みながらしばしこの7年間に思いを馳せていた。

そこに来客があった。

「頼もう。ここにリリカ・ミスティなるものはいるか?」

「----。リリカ・ミスティアなら私ですが。何か御用ですか?」

「ほう。お前のごとき小さな女が”飛剣士”か。まあいい。手合わせ願おう」

問題とはこれであった。

リリカは様々な形で周辺の村々に貢献してきたが、やはり一番貢献度が高かったのが、付近の治安維持である。

現在は戦乱の世ではないとはいえ、まだまだ大和国全体が貧しく、賊が頻出していた。

そのためその鎮圧に出ることが多かったのだが、リリカは卓越した剣技に加え、若い女であり大和では珍しい風貌により、名が一人歩きしていたのであった。

その結果このような手合わせや一目見てみたいという見物人がたまに訪れるのであった。

「(まあ私が大陸に渡ればすぐに収まると思うけど、これだけは想定外だったわね)」

「何をしている?早く準備をせい!」

「わかりました。それではこちらにどうぞ。

 ではどこからでもどうぞ」

リリカは男を道場の中に招き入れると、刀を左手に持ちそう言った。

「着物のまま相手をするというのか?随分な余裕だな。まあいい。いくぞ」

男は刀を抜き上段から斬りかかってきた。


さて、リリカはこの7年間様々な努力を重ねてきた。そのため剣術にはさほど時間を割かなかったのだろうか?

それは否である。彼女は仁徳の教えの通り様々な分野に手を出した。しかし、最も力を入れたのはやはり剣術であった。

リリカは道場の納屋から先代の秘伝書を見つけ、少女時代では身に着けられなかった秘伝の奥義までを会得していた。

全てはアルベルトを討つために。


「虎閃」

リリカは一言つぶやくと、鞘に入れたまま刀を上下へと振った。すると男の持っていた刀は弾き飛ばされ、頭への強い衝撃と共に昏倒した。

”虎閃”ー下段から相手を斬り上げた後に上段からそのまま振り下ろす技である。

「(師匠の教えと合わせて、”飛燕流”の技は全て会得した。その中であの日アルベルトが私を殺し損ねた理由もわかった。

 あの日アルベルトは私に”飛燕剣”を放とうとした。けれどあの”飛燕剣”は不完全だった。

 私なら勝てる。あの男は絶対に私の”飛燕剣”で殺して見せる。)」


1233年5月15日。リリカは旅支度を済ませて、仁徳たちの墓前にいた。

「(師匠、みんな、ついにこの日が来たわ。村のみんなには挨拶をしたからみんなが最後。

 みんなは止めるかもしれないけど、私は行くわ。アルベルトを討ち果たして、きっと戻ってくるから。待っててね。)

 それじゃ、いってきます」

しばらく手を合わせたのち、リリカは背を向け村の外へと歩いて行った。


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