ジェファーソン州立大学から来た留学生:短編版
ここに戦闘描写はありません。繰り返します、ここに戦闘描写はありません。
架空史要素のある日常系小説を書けないだろうか、と思ってチャレンジしてみた頼久×2です。世界観からキャラから初めてだったので、うまく描写しきれていないところがあればご指摘お願いします。
「Attention please, we will be soon arriving at Tokyo International airport……」
あたしはふっと目を覚ました。映画も機内食もあったから暇なわけもなかったのだが、さすがにリチャード・M・ニクソン国際空港についてから14時間も起きっぱなしでいることに体の方は耐えていられなかったらしい。時計の時刻は05時37分。きれいな夜景に違和感を覚えずにいられなかったが、パシフィックタイムゾーンと帝国本土標準時との時差が17時間あったことを思い出し急ぎ修正する。
それからのあたしはすごく、心中ではばたばたしていた。書き忘れていた検疫に関する部分を急いで書き込み、座席下に置いていた荷物を整理し、そして飛行機が着陸するまでずっと我慢していなければならなかった。それがなかったらすぐにでもまだ見ぬ日本へ飛び出していきたかったのだが。
カンッ、カンッとブーツの音が東京国際空港、通称羽田お台場空港の床から響いてくる。東京国際空港は昭和期から国際飛行場として建設されており、埋め立てを繰り返しながらその規模を拡大させてきた空港だ。今現在でもアジアと太平洋地域をつなぐ空港として利用者が絶えず、ハブ空港の座を不動のものとしている、と広報には書いてあった。
後から後からあふれ出してくる人の波は、どんなデータよりも広報の内容を裏付けるにふさわしいものだった。しかしその人だかりではここで落ち合うべき人を探すのも一苦労となりうるものに間違いなかった。ホストファミリー代表としてあたしを出迎えてくれるはずの人はどこにいるのだろう?
「す、すみません、ソフィア・ジェニングスさんでしょうか?」
首を伸ばして人探しをしながら半分思索にふけっていたところ、自分の名前を呼ばれたあたしはふと、背後を振り返った。黒髪を三つ編みにし、丸い黒ぶち眼鏡をかけた、本国ならナード扱いされても文句は言えなそうな風貌の女の子が手に「ジェファーソン州立大学様」と書かれた札をもってそこに立っていた。
「ん、ああ、ソフィーでいいわ。にしても英語が上手なのね、ミス・タキウチ?」
日本語を勉強するのが億劫になりそうだ、というのは言わずにおいた。
「竹内です。竹内涼佳。それにこれぐらい大したことじゃないですよ。親族に海軍の人間がいて、いい先生を紹介してもらえただけです」
噂にたがわず、日本人らしいずいぶんとへりくだった口調だった。
「そんなの気にしちゃだめでしょ。それを言うなら、あたしだって小学校から今まで、いっぱいいい先生に出会ってきたもの」
「確かに、そうですね」
黒髪の彼女はくすっと笑いながら手を口元にあてた。
「そんなことよりむしろ、これから何を学ぶか気にした方があたしは有意義だと思うわ。あなたも一緒なのよね、コーア……Gosh、なんだったかしら」
「興亜文化大学、ですね。コーブンでいいですよ」
ジェファーソン州立大学の留学プログラムには日本の興亜文化大学は入っていない。現在は法人化されているものの、もともと南満州鉄道、通称満鉄が立ち上げた企業だったため、政府からこのような形で横槍が入っていたのだ。でも教育の質は決して悪くない、と聞いていたのであたしはここを民間のプログラムを利用して留学先に選んでいた。
突如あたしの思考を遮るように黒髪の彼女がぱちん、と手を鳴らした。
「ここで立ち話もなんですし、さっさとステイ先にいっちゃいましょう」
それもそうだと思ったので、あたしは彼女にくっついて連絡駅へと向かった。なんでも日本は土地が狭く自動車が十分に普及しなかったため、代わりに連絡鉄道を敷設することにしたのだ、という。
「それにしても驚きましたよ。単位欲しさとかそういうのじゃなくてソフィーみたいに本当に好きで日本に留学しに来るアメリカ人がいるなんて」
それに関しては本当に自分でもそうだろうな、と思う。学校の友達はほとんど、あたしの日本行に異を唱えた。バカなやつの中にはなんだって君なんかがサムライやニンジャのもとでゲイシャガールにならねばならんのだと唾をまき散らしてきたものまでいた。そういったものを押し切って、あたしは決行したのだ。
日本とアメリカ。太平洋を挟んだ二大強国の関係はいつもいいものではなかった。1930年代から40年代にかけての第一次冷戦期、1970年代後半から1980年代後半にかけての第二次冷戦期、そして……
あたしはスマートフォンに目を落とした。ニュース速報が上がっている。今年就任したばかりの新大統領は、日本へはフランクリン・ルーズベルト政権以来民主党の半ば伝統となっている強硬路線を主張していた。その一環としてか、南洋諸島とグアムにおける日米海軍船舶の異常なまでの接触にことよせて、新大統領は日本を非難する声明を出している、という。
あたしの友人たちも大学の先生も対日情勢には楽観的だ。多少の紆余曲折があっても最終的には昔のように日本が音を上げるはずだ、と。だが、少なくともあたしの見る限りにおいて、日本とアメリカは第三次冷戦期に突入しつつあるように見える。だからこそあたしはあえて日本留学を試みたのだ。
あたしたちが見る報道は基本的にはアメリカ人向けに作られた報道にすぎない。アメリカ人はしばしば自分たちの見聞きする報道はほかの国の人間も知っていてしかるべき、と思っているが実際のところはたぶん、そうではないのだ。日米が開戦一歩手前まで行ったとき日米両国の報道の中身が全く違うせいで曾祖父はえらく大変そうだった、とまだ子供だったあたしに日系2世の祖母は教えてくれた。
それに鑑みれば、きっと日本の人たちはあたしたちと異なる話を聞いて、あたしたちと異なる結論に至っているに違いない。この留学でせめてその一端でもつかめれば、などとたいそうなことを考えながらあたしは連絡列車に飛び乗った。
予想通りというべきか、連絡列車は相当混んでいた。黒髪の彼女の発案ではぐれないよう手を繋いでいたが、いつはぐれてもおかしくはないほどに。
ごった返す人込み。そしてそれをかき分けての乗り換え。都心部から帝都都内でも比較的人口が密集していない地域への移動。その間、黒髪の彼女もあたしも手を離さなかった。
そんな二人の手が離れたのはもうじき彼女の実家、という地点にモノをなくすことなく到達できてからだった。
空港から彼女の実家近くまでの移動だけでもお台場までの移動と同じぐらい疲れてはいた。ただし、その疲れは心地よい快感を伴うもので、決してイヤなものではなかった。こういう形での移動は初めてで、ハイになっていた直後に安堵したせいか、あたしたちはどちらからともなく笑いだしていた。
「よかった……思ったより、んはっ、日本に来れて、あたし、ワクワクしてる」
「ええ、きっとたぶん退屈はしませんよ、ソフィー」
ほほ笑みながらミス・タケウチは言う。
「そうでなきゃ……こまるわ」
あたしは歯を見せて笑った。
ジェファーソン州は実際にあった独立?運動で1941年12月4日には知事まで選んでいたそうですが、日米開戦の結果誰からも顧みられなくなりその後は下火になってしまったそうです。
日米が開戦しない場合、このジェファーソン州のように巷で思われているより影響は大きいのでは?と考え、いっそ日常系にしたら面白いぞ、と考えたのがこの作品の始まりでした。これ以外にもいろいろと設定していることはあったのですが(具体的に言うと中国国民党が万里の長城以南を統一しているとかドイツ・イタリアの反日感情がものすごいとかその辺)日常系の雰囲気を壊さず、かつ十分に読者の皆さんに情報を提供することが思ったより難しく、さりとてせっかくの新しい試みを無にするのも嫌だったので邂逅エピソードのみ掲載することにしました。
うまく小説として成立させられる見通しが立てば、その時にはまた完全版として公開したく思います。