第7話 かなめさんとツーリング
「かなめさん、ツーリングに行きませんか?」
「つぅりんぐ、ですか?」
日曜日、俺はかなめさんをツーリングに誘ってみた。ツーリングとは言っても、普段出勤で使っているビッグスクーターの後ろに乗ってもらい、どこか遊びに行こうというものだ。
「バイクに二人乗りして遊びに行くんです。どうですか?」
「良いですよ!行きましょう!でも、どこへ行くんですか?」
「神社なんてどうですか?実は、神社巡りが好きなんですよ」
「神社、お参りに行くのですか?」
「そうですね。色々なところを巡って、神社の歴史や祀られている神様を知り、そこで書いていただいた御朱印を見ることで、そこにお参りした時のことを思い出すんです」
このところ仕事が忙しかったせいか、中々趣味の神社巡りが出来ずにいた。行く先々で気に入った御朱印帳(ご当地武将などのデザイン)が増えていく一方で、中々行きたい場所に行けなかった。
単に、遠出する気力も無ければ、一人で何処かに行っても虚しいだけだ。しかし、今は一人ではない。かなめさんという存在がいる。
「行きましょう‼︎」
「じゃあ、準備しましょうか。荷物はメットインに入れますので、なるべく少なめに。あまり遠くに行きませんけど、服は長袖長ズボンにしてください」
「うーん、少し暑いですよぉ…」
「でも、バイクに乗る以上はもし倒れたりでもしたら。なるべく軽く済むようにっていう意味もあるんです」
それを聞いた瞬間、かなめさんが笑顔になる。
「心配してくださったんですね」
「し、心配と言うか…まぁ」
「分かりました。着替えるので、少し待ってて下さいね!」
俺はかなめさんが着替えている間、バイクの点検と行き先のルートを確認していた。今日は鳥居が有名な神社へ行き、参拝の後は近くの露店街でお昼を食べようと考えていた。
「ブレーキ良し、ランプ良し、あとはヘルメットと…」
「お待たせしました!隆太さん!」
声が聞こえて振り返ると、そこにはジーパンにパーカー姿のかなめさんがいた。手を後ろに組み、バイクを点検していた俺を覗き込んでくる。
「どうですか、この前買ったパーカーとジーパンにしてみました。似合ってますか?」
手を後ろに組んで俺を見つめるかなめさん。ワンサイズ大きいパーカーから見える、かなめさんの胸元から視線を外す。
コーディネートは素直に可愛らしいと思う。特に、かなめさんは女性にしては背が高めなので、サイズがちょうどくらいのジーパンは、下がすっきりしている印象を与える。
「隆太さーん?」
「あ、すみませんかなめさん。服装ですが」
「い、言わなくていいです。その、隆太さんの顔を見たら、分かるので…」
かなめさんは顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
「あと、見過ぎです…」
「え、見過ぎ?」
そう言って、かなめさんは胸元のパーカーのチャックを上まで閉める。どうやら、胸元に視線がいっていたのがバレていたみたいだ。
「隆太さんのエッチ…」
◇
ヘルメットを被り、かなめさんを後ろへと乗せる。
「それじゃあ、出発しますね!」
「はーい!」
エンジンをかけてアクセルをひねる。最初の行き先である神社までは、大通りを進んで約20分ほど。
「ふぁ!気持ちいいですぅ!」
後ろに乗ったかなめさんは、ヘルメットのシールドを上げて風に吹かれる。碁盤の目の様な造りになっているため、盆地ながらも風通しはよく、スピードを出さなくても涼しい。
「どうですか、初めてのバイクは?」
「めちゃくちゃ楽しいです!これならずっと乗っていられますね!」
初めてのバイクの乗り心地は、気に入ってもらえた様だ。
「着きましたよ」
目的地の神社は観光客で溢れていたが、一時期の来日外国人が来ていた頃とは違って落ち着きを見せていた。
「すごい所ですね…」
「実はもっとすごいところがあるんです」
「もっとすごいところですか?」
正面の鳥居をくぐった俺とかなめさんは、拝殿で手を合わせる。初めて神社に来たかなめさんは、おどおどしながら俺の真似をする。そんなかなめさんを見て、思わずクスッと笑ってしまった。
拝殿に参拝した後、俺はかなめさんを連れて神社の参道へと向かう。そこは、赤い鳥居が隙間なく並べられた鳥居のトンネルだった。
「朱色の鳥居は、崇敬者が祈りの念を持って奉納したものです。朱色の朱は、赤や茜といった明るい意味を持っていて、大神様の御魂に対する強い信仰が宿っていると言われています」
「これは、全部で何本あるんですか?」
「名は千本鳥居ですけど、実際は約1万基が境内にあると言われています」
「いっ、1万もあるんですか!?」
「平安時代から歴史がありますからね」
鳥居をくぐっていると、団体の観光客が参道を上ってきた。
「っ!?」
俺は、かなめさんの手を握って近くへと引き寄せる。しかし、突然手を引いて引き寄せてしまったため、かなめさんはバランスを崩して俺に抱きつくような体勢になった。
「ッ!?///」
団体客が通り過ぎるまで俺は端にかなめさんと密着するように立った。
「ひ、人が多いですね///」
「そ、そう、ですね…///」
人の波が落ち着くと、抱き合っていた俺とかなめさんは離れる。互いに恥ずかしかったせいか、その後はしばらく視線を合わせられなかった。
境内を一通り回ってかなめさんに神社の歴史を学んでもらった後は、御朱印帳に御朱印を記帳してもらう。御朱印帳を持っていなかったかなめさんには、俺が初めての参拝記念に一冊新品の御朱印帳をプレゼントした。
記帳が終わった後は、境内に店を構えていた露店に立ち寄る。そこは観光客向けに年中露店が開かれており、香ばしい匂いが漂っていた。
「隆太さん隆太さん!あれって何でしょうか!?」
「お腹空きましたし、何か食べましょうか?」
「良いんですか!」
「お好きなのをどうぞ」
子どものように興奮したかなめさんは、目についたフランクフルトやらかき氷やらに飛びつく。自分と同じくらいの歳の女性が、子どもの様にはしゃぐ姿は、見ていて微笑ましい。
俺は近くの露店で綿飴を購入し、かなめさんが戻ってくるまで椅子に腰掛け綿飴を舐める。自分も、大概子どもの様だ。
「ただいま戻りました…って、何ですか隆太さん、それ?」
「綿飴です。懐かしかったので買ってみたんですが、食べてみますか?」
「は、はい」
「では、どうぞ」
そう言って綿飴を差し出すが、かなめさんは腕を後ろに組んで身体をもじもじとさせて食べようとしない。
「あ、あの、隆太さん」
「はい?」
「実は、さっき同じものを食べている男女の方がいて。その、隆太さんが千切って食べさせてもらえませんか?」
「え、えぇっ!?」
「あっ、いえっ、冗談です!き、気にしないでください!」
一瞬戸惑ってしまうが、俺は手にしていた綿飴を一口くらいの大きさに千切ると、かなめさんの口元に差し出す。
「えっ、良いんですか?」
「そ、その。自分なんかで良ければ、どうぞ…」
「じゃあ、い、いただきます…」
自分の持つ一口サイズの綿飴を、かなめさんはまるでキスをする様に目を閉じて口にする。かなめさんの唇が指先に少し触れる。その触り心地はとても柔らかかった。
童心に戻って露店を楽しんだ後、アパートへの帰途につく。
帰り道、後ろに乗ったかなめさんは俺の腰に手を回し、背中に身を寄せてきた。
次回は再来週の金曜日に更新予定です。