第6話 かなめさんの趣味
お休みいただいて申し訳ありませんでした。
今回はちょっと短めですが、お楽しみください。
仕事を終えて帰宅すると、いつものようにかなめさんが玄関まで出迎えてくれる。
かなめさんは、あの雨の日から少しずつこの生活に慣れてきた様で、顔のあざもなくなり、落ち着いた雰囲気になっていた。笑顔になってくれる頻度
も増えた様な気がする。
「りゅーたさーん」
夜勤明け、至福のシャワーから上がった後、ソファにもたれてリラックスしていると、後ろからかなめさんに呼ばれる。その手には、一枚の白紙と鉛筆が持たれていた。
「実は、空いた時間を使って絵を描いてみたんです」
手渡された一枚の白紙には、鉛筆で似顔絵が描かれていた。誰に習ったわけでもなく、少しデフォルメされたキャラクターがそこに描かれている。
「どうですか。上手でしょうか?」
「とても上手ですね。どこで習ったんですか?」
「習ったわけではないです。強いて言うなら独学でしょうか」
絵が下手な分、他の人の描いた絵を見るのが楽しみの一つになっている。かなめさんが描いたのは、ちょうどテレビで放映しているアニメのキャラクターだ。
俺は棚から額を取り出すと、かなめさんの描いた絵を額の中へと入れる。それを見たかなめさんは、慌てて俺の手を掴みそれを阻もうとする。
「あわわっ、隆太さん!こ、こんな下手な絵をどうするつもりですかぁ!」
「ど、どうって、せっかく描いてくれたんで額縁に入れて飾ろうかなって」
「下手です!下手っぴです!下手くそです!」
「自分よりは上手いですよ」
「じ、実は、それよりももっと自信のある絵があるんです…」
そう言って、かなめさんは後ろから1枚の紙を手に取る。すぐに見せてくれるのかと思いきや、なかなか見せてくれず焦らされた。
「かなめさん?」
「これは…でも…やっぱり…」
「見たいです。すっごく見たいです」
手を伸ばそうとすると、かなめさんに手を払われ、体勢を崩してしまいソファから床に転げ落ちてしまう。
「っとと!」
「あぁ、ごめんなさい隆太さん!そ、そんなつもりじゃ!」
「い、いえ。大丈夫です」
「その、これはまだ満足いく仕上がりじゃなくて、今日の夜までには完成する予定なんです…」
「分かりました。じゃあ、今晩の夕食は自分が用意するので、その絵を完成させてください」
「えっ、いいんですか?」
「まぁ、楽しみですし」
「頑張ります!めっちゃ頑張ります!」
ここまで言われると、無闇に今見る必要もないか、そう思う。かなめさんには絵の作成に集中してもらうため、今日の夕飯は俺が用意することにした。
時折、チラチラとこちらを見てくるかなめさんが気になったが。
「かなめさん、余計かもしれませんが、絵が好きでしたらそれを趣味にしてみてはどうですか?」
「趣味、ですか?」
「かなめさんは楽しんで絵を描けて、自分はその絵を見て癒される。ウィンウィンですよ」
「うぃん、うぃん?」
「どっちも得するってことです」
「と、得ですか?私の下手な絵なんて見ても、得なんてしないと思いますけど…」
「そこはかなめさん自身の評価ですね。自分はこうしてずっと見ていたいと思いましたし…」
キャベツを切ることに集中していたせいか、その時はかなめさんが小声で何を言っているのかは聞き取れなかった。
夕飯を作り始めること1時間、そろそろ空腹を感じたころ、ダイニングテーブルで絵を描いていたかなめさんが声を上げる。
「完成です!完成しましたよ隆太さん!」
そう言ってかなめさんは、俺にその絵を見せてくる。
それは、鉛筆一本で丁寧に描かれた、俺の似顔絵だった。
「これって、自分ですか?」
「はい!隆太さんが仕事中は、頭に思い浮かべながら描いていたんですが、帰ってきてからはモデルが目の前にいたので、上手く描くことができました!ど、どうですか?」
絵を見た俺は、自然と表情が緩んだ。
「ありがとうございます。めちゃくちゃ嬉しいです」
「良かった!似てるか心配だったんですけど、とりあえずは上出来ですね!」
かなめさんの絵に比べれば、俺が昔描いた絵なんて小学生の落書きみたいなものだ。その落書きは書類の棚にしまっているが、俺も練習して上手くなるまで、当分の間は封印しておくことにした。
「それじゃあ、ちょうどいいのでご飯にしましょうか。今日は唐揚げですよ」
「やったぁ、嬉しい!」
似顔絵を描いてくれたお礼に、唐揚げを一個多く盛り付けておいたけど、かなめさんは気づいてくれるだろうか。
ちなみに、かなめさんの描いた最初の絵と似顔絵は、油で汚れるからと適当な理由をつけて、額縁に入れて壁に飾った。かなめさんがそれ見て「恥ずかしいです」と頬を膨らませながら文句を言っているのが、とても可愛かった。
訳あり天使と同居生活の表紙が、もう少ししたら出来上がるとのことです!楽しみにお待ち下さい