両親
「生きているなら剃刀の一つや二つ飲み込めば済む話だろう」
揚力を失った言葉がブーメランの様に突き刺さった。
誰一人居ない空間で幼稚な猿轡を担いでいる。
この光景を目の当たりにすれば彼女が悲しむ事は容易に想像出来る。
それでも止めてはいけない。
親指の爪の生え方が明らかに常軌を逸している。
親が教えてくれた食事の作法を親が守る事は無かった。
それでも止めてはいけない。
「私、こう見えても」
「私、こう見えても、」
「私、」
このままでは主語と足枷に殺されてしまうと思った。
15分後に窓の無い列車が来る。
確証は無いが感覚でそれを察した。
子供の頃、神社の石から干支を尋ねられた事がある。
驚いて当てずっぽうを答えてしまった事を今日まで誰にも話していない。
爪先の口から怒号が聞こえる。
それを聞いて空から降ってきた二、三匹の鳥は遺留品として即座に回収されてしまった。
近所に止まっていた虹色の川が酷い筋肉痛を訴えていた。
川の病気を診てくれる病院など存在しない。
彼もそれを分かっていた。
予想に反して彼女の喋り方は流暢で、幻聴の拍手が割れんばかりに沸き起こった。
私の鼓膜は破れてしまった。
この先何を聴けば良いのだろう。
生きる為にはあまりに指の本数が少ない。
視力でさえ最低限保証された力量しか備えていない。
蜘蛛が断末魔を引き連れてやって来た。
私は聞こえたフリをして足早にその場を去った。
彼は歩いた。
高さ30mもあると流石に恐怖心が拭えないが、それでも必死に歩いた。
不意に顔を上げると剃刀が宙を舞っていた。
幻想的な光景に息を呑む。
今日という日の為に私は生きていたのだろう。
この感覚を誰かと共有したい。
近くを歩いていた若い女性に声を掛けるとこう言った。
「私、こう見えても」




