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一輪咲いても 花は華。  作者: 小鳥遊 雪都
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金魚。

『どうぞ』と言われて通されたリビングダイニングキッチンはとても簡素なものだった。


その簡素なリビングに置かれた物はテレビとそのテレビを乗せたテレビ台とローテーブルとソファとダークブラウンのフローリングに敷かれたモスグリーンのラグだけでダイニングにはダイニングテーブルと2脚のダイニングチェアしか置かれていなかった。


そんな中、チラチラと動くものを見つけた私はそれに見入ってしまっていた。


「適当に座って?」


その人はそう言うとキッチンへと入り、お湯を沸かしはじめられていた。


私は『はい』とだけ返事を返して悩みながらダイニングに据えられているダイニングテーブルの席へと着いてキッチンカウンター上の水槽を見つめ、その中で仲良く泳いでいる2匹の金魚の観察をはじめていた。


「あ、飲み物は何がいい? コーヒー? 紅茶? それともオレンジジュース?」


その人のその質問に私は『ん~・・・』と声を漏らし、何にしようかと悩んでいた。


「あ~・・・あとはビールとワインと泡盛と・・・」


「あ、あの! 私・・・未成年で・・・お酒は・・・ちょっと・・・」


私はその人の言葉を遮り、そう伝えてキョトンとしているその人に『すみません・・・』と謝り『オレンジジュースで・・・』とお願いをしてまた『すみません・・・』と謝ってしまっていた。


「知ってる。あなた、高校生でしょ?」


そう言ったその人の口調はあまりにもさっぱりとしていて私はすぐにからかわれていたのだと気づかされ、恥ずかしさからヘラヘラと笑って『ですよね~』なんて言ってしまっていた。


そんな私を見たその人はクスクスと笑いながらコーヒーを淹れられはじめていて、笑われている私は本当に恥ずかしくて水槽の中を泳ぎ回る2匹の金魚を眺め見ることしかできなくなってしまっていた。


「・・・金魚・・・好き?」


「あ、はい。好きです」


私はそう答えて微笑み、以前飼っていた金魚たちのことを思い出していた。


「名前とか・・・あるんですか?」


「ん? 名前? あの和金わきんに?」


「はい」


和金わきん・・・。


それがその金魚の品種であることを私は知っている。


和金わきんはフナに似た姿の金魚でペットショップや金魚すくいなどでも一番目にすることの多い金魚だ。


また、和金わきんはその飼育の簡単さと値段の安さから大型魚などの生き餌としても用いられている。


「ちょっとヒレの白いのがサバの塩焼き。赤の単色なのがサバの味噌煮」


その人のその答えに私は『え?』と声を漏らして聞き返し、金魚に向けていたその視線をその人へと向け直して小首を傾げ、もう一度その名前の確認を試みていた。


「だから・・・ちょっとヒレの白いのがサバの塩焼きで赤の単色なのがサバの味噌煮」


その人のその答えは先ほどの答えと違いがなかった。


だから私は苦く微笑み、その水槽の中で仲良く泳いでいる2匹の金魚をずっと目で追っていた。


水槽の中を泳ぎ回るその2匹の金魚はとても元気がよくてよく太っていた。


そして、その水槽の中はよく手入れがされていてガラスにも水にも濁りはなくて植えられている水草は青々と茂ってキラキラと輝いていた。


なのにどうして名前だけがそんなにも適当なのだろう?


ふと、私は不思議に思った。


金魚に他の魚の名前を入れるだけならまだわかる。


けれど、そこに『塩焼き』と『味噌煮』まで入れてしまうのはひどすぎるのではないだろうか?


だって『塩焼き』と『味噌煮』は・・・。


「どーぞ。オレンジジュースです」


そう言ってダイニングテーブルの上に置かれた正方形の布のコースターには黒猫と赤い椿のイラストが描かれていて、そこに置かれたガラスコップの中のオレンジジュースはとても鮮やかな色をしていた。


私は『ありがとうございます』とお礼を言って、向かいの席に座られたその人の様子をそれとなく窺っていた。


その人は向かいの席に座られるとすぐにコーヒーを飲みはじめられて私と会話をする気などまるでないようだった。

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