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八話



「ええっと……。それで、クエスト未達成ということですか……」


 俺とメリルは、お互いにビッグスカンクの臭いを纏いながら、ギルドへ報告に来ていた。

 俺とメリルは俯き、ミリィさんに一連の出来事を報告する。ミリィさんは鼻を摘み、貼り付けた笑顔を引きつらせる。


「全く……ビッグスカンクは臆病で殆ど攻撃して来ない魔物で、今まで討伐に失敗した例なんてないんですよ? むしろ、どうやったら失敗できるのか教えて欲しいくらいなんですけど。というか、くさい……」


 そう言われて、俺とメリルは同時にお互いを指差して、


「メリルが!」

「アッシュが!」

「はいはい、分かりましたから……。はあ……」

 ミリィさんがこめかみを抑えた。何だか大変そうですねえ。あ、俺達のせいか。


「とにかく、くさいので……その臭いを落としてきてください」

「むう……そうしたいのは山々なのであるが、風呂に入る金がないのだ!」

「え」


 ミリィさんは予想外の返答に固まった。俺はメリルの後ろで肩を竦めて頷く。


「……度重なるクエスト失敗で俺達の財布はすっからかんなんですわ」

「そ、それは……ほ、ほら? クエスト失敗の罰金も頂いてないんですし……ちょっとくらいはありますよね?」


 ミリィさんの不安げな問い掛けに、メリルは首を横に振った。

 ちなみに、俺は例の宿屋のバイトで得ている金で、何とか生活できている。風呂に入ろうと思えば、入ることは可能だが。俺が金を持っていると知れば、メリルが集ってくるのが目に見えている。

 以前に、「頼むアッシュよ! このままでは家賃が払えず、余の道具屋を売りに出さなくてはいけなくなるのだ!」と金をせがまれた。

 俺は、「俺に金があるように見えるか?」と返したのだが……事もあろうにメリルは、「見えん!」とのたまいやがった。俺は、泣いて謝るまでメリルがお気に入りにしていた外套を、メリルの手の届かない高いところに吊るして、野晒しにしてやった。

 ミリィさんは頭痛でもするのか、頭を抑えた。


「はあ……。最近、やっとメリルさんが冒険者の仕事に復帰してくれたと思ったら……。人選誤ったかな……」


 ブツブツと、よく聞き取れなかった何かを呟いている。


「本当にもう……。真面目にお仕事するつもりあるんですか? お二人とも……」


 ミリィさんが額に手を当てながら問いかける。そして、空気を読まないことに定評のある俺とメリルは――。


「フハハハ! 余が働くなどと……世迷言を言いおる。余は、飽くなき探究心を求め、冒険者になったのだ」

「あ、まあ、俺も特にやる気はないっすね」

「…………」


 ミリィさんは絶句した。

 我ながらダメ人間だなあ……などと思わなくもないが、そもそも俺が冒険者になったのは、女の子からチヤホヤされたいからだ。こんな危ない仕事、誰が率先してやりたがるものか。

 ミリィさんは暫く俯いていると、受付カウンターの下から一枚の紙を出した。


「……む? これは教会の……」


 メリルが紙を見て眉根を寄せる。


「そうです。この紙を持って教会に行っていただければ、神官の方とパーティーを組むことができます」

「へえ?」


 神官というと、神から奇跡とやらを与えられた輩のことだ。回復魔法など、パーティーにおいてヒーラーの役割を担う重要な役職だ。故に、競争率が高く、大抵の神官はどこかのパーティーに入っている。

 まあ、余ってたとしても、俺達みたいな弱小パーティーのところに誰が入るのかって話。


「きっと、お二人に足りないのはヒーラーなんです! メリルさんがいて、クエスト失敗するなんて、普通あり得ないわけですし……!」


 おや? 今、ミリィさんが俺を睨んだ気がするぞ? もしや、クエストを失敗するのは俺が足を引っ張っているからだとでも言うのだろうか。


「ちょっ……もしかして、クエスト失敗してるのが、俺のせいだと思ってるんですか? 違いますよ。違いますからね? そりゃあ、俺のステータス不足とかで失敗することだって、まあ、ありますよ? でも、9割方はメリルのせいですからね?」

「な、何を言うか! アッシュが余の指示に従わず、いつも逆らうからであろうが!」


 と、案の定メリルが抗議を申し入れてきた。

 まあ、それは俺が悪い。だが、さっきも言った通り。それは極一部の話だ。


「さっきのビッグスカンクはそうだったけど。前の、ジャイアントアントの時、お前が持ってきた殺虫ポーション投げてどうなった?」

「…………」


 あ! この女、目を逸らして耳を塞ぎやがった!

 俺は耳を塞ぐメリルの手を取って、無理にでも俺の声が聞こえるようにする。


「その前のクエスト! ストロングゴーレムの時は、お前が『余の作ったアルティメットな発明で倒して見せようぞ!』とか何とか抜かして、爆発するポーション投げて炭鉱を崩してたよな? それで依頼主からめっちゃ怒られたよな?」

「……ヒューヒュ〜」


 メリルは口笛を吹き、しらを切ろうとしている。ミリィさんに目を向けると、呆れたような目でメリル――いや、俺達を見ていた。


「はあ……」


 そして、これ見よがしに溜息を一つ。

 いや、もう、本当にね? はあ……もう、こいつと冒険者稼業とか無理かもしれない。


 俺は悪くない。俺は悪くない。





 翌日、ビッグスカンクの臭いが落ちた俺達は、教会へと足を運んでいた。

 始まりの街にある究極教の教会に入る。ちなみに、究極教というのは、この国の国教だ。


「この街に来てから、教会に入るのは初めてだな……」

「ほう? 余は毎日欠かさず足を運んでおるぞ? 敬虔な究極教の信徒であるかるな! フハハハ!」

「へー」


 とりあえず、生返事をしておく。

 究極教の教えって、「一を極めよ」とか「一を目指せ」とか何とか。メリルにピッタリな宗教だなあ……。

 そんなことを考えながら、俺とメリルは並んで身廊を歩く。、と、祭壇の前で祈りを捧げている修道服を着た修道女が目に入った。それだけなら、特に気に留めることもないのだが――。


「なあ、あれって……盾か?」

「うむ。盾であるな? 盾が2つである!」


 メリルの言う通り、修道女の傍には2つの盾が、床に横たわっていた。それぞれ、大楯と小楯が左右に置かれている。

 修道女の傍に盾が2つ。目を惹くには十分だった。

 とりあえず、周りにはこの修道女しかいないみたいなので、話しかけることにした。


「えっと……すんません。俺達のパーティーに入ってくれる神官を探しに来たんですけどー」


 声をかけると、膝をついて祈りを捧げていた修道女は、首だけをこちらに向け、尻目に一瞥。それから、立ち上がって体ごとこちらに向けた。


「……ああ、あなた方が」


 と、冷たいとも思えるような澄んだ声が、俺とメリルに向けられる。

 修道女は少しズレた眼鏡をかけ直し、目の上で切り揃えられた黒髪を揺らして続ける。


「初めまして。私は、イシス。ギルドより、『アルティメットワン』へ助力するように要請された神官です」


 厳かな雰囲気を醸し出す彼女は、そう言った。

 彼女は修道女らしく、どこか高嶺の華のような美しい美貌を持ち、細い手脚には綺麗な装飾が施された鉄の鎧が装備されている。戦いには無縁そうな修道服と鎧というのが、何とも言えないギャップだ。


「何か?」


 つい見惚れていると、イシスと名乗った彼女が首を傾げた。

 おっと、いかんいかん……。

 あんまりにも綺麗だから見惚れてしまった。うん、綺麗だ。

 綺麗……なんだけど、眼鏡といい、目つきといい、見た目的にはキツそうな性格だ。何より、ぺったんこだし……。というか、何あれ? 断崖絶壁なんだけど。俺は巨乳派だからなあ……貧乳が嫌いなわけじゃないけど、ちょっとイシスさんは無さすぎじゃないですかねえ?

 メリルは俺よりも一歩前へ踏み出し、外套を翻す。


「ほう……貴様が、余の『アルティメットワン』に加わる新たなメンバーか。フハハハ! 我が名は、メリル。天才的頭脳を持って生まれた世紀の大発明家である! 貴様、イシスと言ったな? 貴様に、『アルティメットワン』へ入る資格はあるか?」

「資格……ですか。それは一体?」


 俺は一歩離れたところから、イシスとメリルのやり取りを、うわの空で眺める。

 というか、メリルの痛々しい自己紹介を物ともしないとは。あのイシスって人、中々やるな……。単に触れるのが面倒臭いから流しただけかもしれないけど。


「『アルティメットワン』に入る資格である。例えば、こやつは最速を目指し、速さを極めんと敏捷パラメーターに極振りしている猛者よ」


 おい、勝手に自己紹介すんなよ……。

 後で、すっげえ格好良く、二人きりでいい感じに自己紹介しようとしてたのに。余計なことをすんな。


「ちなみに、余は知力に極振りしておる……。そう……ここまで言えば、もう分かるであろう? 『アルティメットワン』の加入資格は、一つのパラメーターを極めんとする者! それだけである! イシスよ、貴様は一体何を極めんと欲する」


 流して聞いていたが、この女とんでもないことを抜かしやがった。さすがに慌てた俺は、後ろからメリルの口を塞いで口を挟む。


「い、今のは気にしないでくれ! 冗談だから! 冗談!」

「むー! 冗談などではない! こ、これ! 余の口を塞ごうとするでないわ!」

「バカ! てめえが話すと碌なことにならねえんだから大人しくしてろ!」


 神官なんて貴重な人材――しかも、こんな可愛くて綺麗な――を、メリルの戯言で逃してたまるか! ぺったんこだけど……。

 俺はメリルの口を塞ぎ、取ってつけた愛想笑いを浮かべる。と――今まで黙っていたイシスが、地面に横たわっていた大楯と小楯を左右の手に持ち。


「防御――」

「え?」


 あれ、今何か言ったような……。ちょっと、よく聞き取れなか――。


「私は防御力に極振りした防御を極めんとする、防御専門のタンクです。これならば問題ありませんよね?」


 あ、あるうえ〜?

 俺は頬を引きつらせながら。


「ええっとお……。神官……なんすよね?」

「はい。神官ですが?」

「か、回復魔法とかは……」

「使えません。私が使えるのは、敵を引きつけるスキルや防御力を一時的に上昇させる魔法だけです」

「あ、あれ?」


 おかしいな。ミリィさんのお話だと、ヒーラーがどうのこうのと……。あ、あるうえ〜?

 俺が呆けている間に、拘束から逃れたメリルがイシスに近寄り、


「そうか! 防御極振りか! いいであろう! 歓迎するぞ、イシスよ! フハハハ!」

「はい。よろしくお願いします。メリルさん」

「…………」


 イシスは少しだけ雰囲気を和らげ、微笑みを浮かべている。それはとても綺麗なのだが……俺は不安で仕方なかった。


「もう、うちのパーティー……色物しかいねえじゃん」


 まともなパーティーメンバーがいないんですが。

 というか、よりにもよって、メリルが心を開いてしまった。イシスも完全にこっち側の人間だ。見た目で惑わされてはいけない。絶対、何かしらの欠陥があるタイプの美少女だ。いや、防御力極振りの時点で相当欠陥がある気がしなくもないけど。

 俺は祭壇の向こう――ステンドグラスに描かれた究極教の唯一神を見上げ、溜息を吐いて心の中で祈る。


 どうか、メリルみたいな変な奴じゃありませんように……と。


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