七話
※
まあ、そういう経緯があって、俺はメリルとパーティーを組むことになった。
ちなみに、俺がメリルとパーティーを組まされる「事情」とやらは教えて貰えなかった。
俺はギルドの酒場で朝食のパンを齧りながら、向かいの席でパンを頬張った間抜け面を晒すメリルを眺める。
恐らく、その事情とやらはミリィさんの個人的なもの――というのは有り得ないだろう。きっと、ギルド絡みのことだ。
この女、ギルドとどんな関係があるのだろう……。やっぱり、関わるんじゃなかった。
「む? どうしたのだアッシュよ? そんなに余の顔を見つめて……。ほう? この余のアルティメットな美貌に見惚れたか? うむうむ……まあ、余は美しいからな! 仕方のないことよ! フハハハ!」
「…………」
この女、縛り上げて海に捨てて来ようかな……。
俺は溜息を零す。
「それで? 今日は何のクエストを受けるんだ?」
「おお! そうであったな! 今日はこれを受けようと思うのだ!」
メリルはバンッと机を叩き、クエストボードに貼られていたであろう貼り紙を出す。
見ると、ビッグスカンクの討伐だった。報酬は10万メイト。
「意外と美味しいクエストだな……。ビッグスカンクって、あの臭いの強烈なガスを噴射する魔物だよな?」
「うむ。どうやら、農家の畑に降りて作物を荒らし、追い払おうとするとガスを噴射させられ、辺り一帯が臭くなるという被害を受けているようだ。これはもう我ら――『アルティメットワン』の出番であるな!」
と、メリルは高らかに言った。いや、なにその『アルティメットワン』って。
「おい、何だそれは」
「なんだというのは、我らのパーティー名のことか?」
「は? パーティー名だあ?」
俺が鸚鵡返しに聞くと、メリルは得意げに笑みを浮かべる。
「フハハハ! パーティーで活動するのだぞ? パーティー名の1つでも無くてどうするというのだ?」
いや、確かにパーティー名を付けているパーティーはあるけれど……。というか、別に『アルティメットワン』というパーティー名については、割とどうでもいい。
俺が問題としているのは、パーティー名なんか作って、この頭のおかしい女と同じパーティーの人間だと思われたくないという――。まあ、今更か……。
俺が諦めて項垂れると、メリルが不思議そうに首を傾げた。
「どうしたのだ?」
「何でもねえよ……。とりあえず、飯食ったらさっさと出発すんぞ」
「うむ! 全当然である!」
メリルは鬱陶しいくらい純粋な笑顔を見せると、一気にパンを口の中へと詰め込んだ。そして、案の定喉に詰まらせる。
苦しそうなメリルに、俺は無言で水を手渡した。
はあ……。
※
ビッグスカンクが出没しているのは、始まりの街から南に下ったところにある農地だ。
外壁に囲まれた始まりの街と違い、簡易的な柵で囲っただけの農家では魔物なんて防げないだろう。
「さて、依頼主の話だと……。これくらいの時間に、作物を食い荒らしに来るらしいぞ」
「うむ。余達で成敗してやろうぞ! フハハハ!」
「成敗ねえ……」
メリルは魔法職。手には杖を握り、相変わらず痛い外套と眼帯を身に付けている。
対して俺は、安価な果物ナイフが一本。ステータスもレベルも、魔法職のメリルに劣っているわけで……。実質、魔物と戦うのはメリルだけだ。まさか、俺のナイフじゃあ倒せないだろうし。
「というか、後衛職の魔法使いを守る前衛職がいないと厳しいよなあ……」
俺がボヤくと、メリルが不敵な笑みを浮かべる。
「ふっ……問題はない。アッシュのステータスで前衛職が不可能なことは承知済み! なれば、そもそも前衛など必要ない!」
「大丈夫なのか? それ」
「うむ。その代わり、アッシュには敵の撹乱をしてもらう」
「撹乱……?」
「そう、撹乱! つまりは、遊撃である! その足の速さを駆使し、ビッグスカンクの注意を引きつけるのだ!」
「やだ」
「なんでー!?」
俺が即答して首を横に振ると、メリルが驚愕に表情を染める。
俺はあっけらかんとして、
「あったりまえだ。注意を引きつけるって、もしビッグスカンクの攻撃当たったらどうするんだ? 痛いだろ?」
「き、貴様! 貴様の足は何のためにあるというのだ!?」
「逃げるためですが……」
少なくても、敵の攻撃を躱すとか、そういうためではない。そのために、敏捷パラメーターに極振りしているつもりは毛頭ない。
メリルは俺の解答に不満があるらしく、頬を膨らませて抗議する。
「ゆ、許さんぞ! ドラゴンに立ち向かったあの勇敢な貴様はどこに行ったのだ!」
「ケースバイケース。あれはやらなきゃ死んでたし」
「むー!!」
メリルは更に頬を膨らませた。フグか。
「余の立てた作戦のどこに不満があるというのだ?」
「不満しかねえよ。いいか? 俺は正直、冒険者稼業なんざやりたくない。さっさと辞めたいまである。とはいえ、冒険者って肩書きを捨てるのも何か勿体ないから辞めてないだけだ。ぶっちゃけ、危険な目には遭うのはごめんだ」
「貴様それでも冒険者か!? 冒険者が危険を恐れてどうするのだー!」
俺は耳を塞いだ。
「あ!?」
怒ったメリルが俺に殴りかかってくるが、残念。いくら俺よりもレベルが高くてステータス的には上でも、敏捷極振りな俺の方が速いんですわ。
俺がメリルの攻撃をひょいひょいと躱していると、
「ん……? おい、ちょっと待てメリル。何か臭わないか……?」
「ぜえぜえ……そ、そんなことを言っても無駄であるぞ! 余はベリーベリー怒っているのだ……む。確かに……何だこれは。臭いぞ!」
そう、メリルの言う通り臭い。鼻が曲がるような臭い。具体的には、生ゴミとタールの臭いを合わせた最悪な刺激臭だ。これは――。
「ちょ……ビッグスカンクのガスだろ、これ! くっさ!?」
「ぬおー!? くさいくさい!? ど、どこにおるのだ!?」
俺とメリルは鼻と口を手で覆い、涙目でビッグスカンクを探す。と、視界の中に四足歩行をする魔物の姿を捉えた。ビッグスカンクだ。
「あ、あいつ……! 自分のガスを撒き散らしながら歩いてやがる! 何て迷惑な……くっせ!?」
「むう……。鼻が曲がりおる! し、しかし好機……今ならばキツイの一発食らわせてやれるわい! アッシュよ。貴様の足でビッグスカンクを広い場所へ引き寄せて――」
「だが断る」
「だからなんでー!?」
再び即答して拒否ると、メリルが涙目で俺を睨んだ。しかし、叫んだ拍子にビッグスカンクの撒き散らすガスを吸い込んだのか、鼻を摘んで悶絶している。
同時に、メリルが大声を上げたからか、ビッグスカンクが俺達に気付いてゆっくりと近づいてきているのが見えた。メリルの背後に忍び寄っているが、角度的にメリルは気付いていない。
「アッシュ! 貴様やる気あるのか!?」
「馬鹿め。自分の命が一番大事だろ? 敵を引きつけるのは、タンクの役目。俺の役目じゃあない! というか、くさいから近寄りたくない!」
「この男言い切った!?」
次第にメリルへと迫るビッグスカンク。一応、教えてやるかと、俺は指をビッグスカンクへ向ける。
「とりあえず、逃げた方がいいぞ」
「……ふえ?」
俺が教えたことで、すでに目の前まで迫ってきていたビッグスカンクにようやく気が付いたメリル。振り返ったメリルは、目の前で何かを溜める仕草を取っているビッグスカンクを見て――。
「ちょっ……ま、まさか!?」
メリルが気がつくのと同時に、俺は踵を返して走り出す。背中越しにメリルが、「アーシュ!!」という怒気を孕んだ叫び声が聞こえてきたが無視した。
そして、次の瞬間。ビッグスカンクが特大のガスを噴射。辺り一帯に、尋常じゃない臭いのガスが撒き散らされることとなった……。
※
メリルは地べたに座り込み、泣きじゃくっていた。
「ふえっぐ……ぐすっ、ふええええん! ふええええん! 臭いよおおお……。余、汚されちゃったよおおお……!」
「おーい、大丈夫か……?」
ビッグスカンクが強烈なガスを撒き散らした後、キレたメリルが魔法をぶちかました。それに驚いたビッグスカンクは驚いて走り去っていき、残ったのは最悪な悪臭だけ。
俺が心配して声を掛けると、メリルはキッと俺を睨みつけてくる。
「心配するならば、もっと近くに寄ってくるがよいぞ! そんな遠くで何をしているのだ! はよ! はよはよ! そして貴様も余と同じ思いをすればよいのだ!」
「いやだよ。くさい」
「貴様! 余を置いて自分だけ逃げおってからに!」
「ちょ……お、おい! 臭いから近寄るなよ!?」
「絶対に逃がさん!」
「ぎゃあああああ!?」
俺は全力で逃げ出した!