六話
「アッシュ! アッシュよ! 今日も冒険に出掛けるぞ!」
メリルの道具屋、2階の居室。そこで横になって寝ていた俺の耳に、メリルの小煩い声が入ってきた。
うるせえ……。
「おーい? アッシュ〜? まだ寝ておるのか〜? 返事がないと、寂しいのだが〜?」
エナトンから始まりの街へ帰ってきた俺達は、紆余曲折を経てパーティーを組むことにした。
多くの冒険者は、パーティーを組んで魔物退治へと赴く。一人では厳しい相手でも、複数いれば楽になるからだ。まあ、人数が多い分、報酬の配分も少なくなるわけだから、必ずしも多い方が良いというわけではない。
俺は欠伸をしながら、ボリボリと頬を掻く。その間、メリルの声が1階から聞こえてくる。
「アーッシュ! いい加減にせぬか! 今月の家賃が払えなければ、貴様もここを追い出されるのだからな!」
「あーもう! 今行くよ!」
なんでこんなのとパーティーなんざ組まなきゃならないのか……。
俺は、始まりの街へ帰ってきて暫く経った時のことを思い出した。
※
「え、エナトンから……それは本当なんですか?」
「ええ、本当ですとも。まあ、この俺にかかりゃあ余裕って言うかー? ふっ……まあ、本気出せばこんなもんですわ」
「いつも本気でやって欲しいんですけど……」
俺は受付のミリィさんに、「暫く顔を見なかったので、もう冒険者稼業から足を洗われたのかと思いました」と言われたので、エナトンであったことを語り聞かせた。
どうせ信じないだろうからと、特に話すつもりはなかったのだが。ミリィさんは以外にも肯定的だった。
「あれ、信じてくれるんですか?」
俺が他の冒険者達に聞かれないように、小声で尋ねると。ミリィさんは、苦笑を浮かべる。
「実は、まだ口外されていない情報なんですけど……。つい先日、エナトンから生きて脱出した二人組が現れたって、ギルドの本部から連絡がありまして」
「え、そうなんですか?」
「はい……。エナトンは危険地帯ですから、ギルドの本部が常に監視、管理しているんですけど。何者かが外部からテレポートで侵入した後、テレポートで出ていった反応を感知していたらしいんです。このギルド職員しか知らない情報をアッシュさんが知っていたとは考え難いですし……信憑性は高いですし……」
なるほど……と、相槌を打つ。それから、ミリィさんは続けて。
「それに、あの方も似たようなことを仰っていたので……」
「えっと、あの方……?」
と、俺が首を傾げたところでギルドの大扉が音を立てて開かれる。反射的に振り向くと――。
「おお! アッシュよ! あれ以来会わなかったので探したぞ!」
「げっ」
メリルが門口で腰に手を当てて立っていた。エナトンの一件以来、こいつに関わると碌なことにならないと分かり、避けていたのだが……。
メリルはどこか嬉しそうな様子で歩いてくる。
「ああ、メリルさん。こんにちは。ご機嫌いかがですか?」
「うむ! 最高であるぞ! おいこれ、待たんか」
メリルがミリィさんと話している間に、一刻も早くこの場から立ち去ろうとしたところ。メリルが後ろ手に俺の袖を掴んだ。無理矢理振り解こうとしても、メリルの方がパラメーター的に上であるため敵わない。
「おい、離せ。俺は今、無性にクエストに行きたい気分なんだ」
「ほう? それは奇遇であるな? 実は余も、貴様とクエストへ行きたいと思っていたところなのだ」
「いやいや……こんな駆け出し冒険者の俺なんかと行ったら迷惑を掛けちまうからなあ。遠慮しておくぜ」
「遠慮することはない。余の天才的頭脳を駆使すれば、貴様が如何に敏捷以外に取り柄がないと言っても、何の問題もない」
「…………」
「…………」
俺達は無言で振り向いて睨み合うと、
「うるせえ! もうてめえに巻き込まれるのはごめんなんだよ! てめえのせいで酷い目に遭ってるからな! 忘れたとは言わせねえぞ!?」
「何を言う! 余の作った世紀の大発明を愚弄するか!? 見よ! 余が新たに作ったこのアイテムを!」
「や、やめろおおお!? そんな物騒な物を出すんじゃない! 死人を出させるつもりか!?」
「そんな物騒なもんちゃうわい! これは――」
「はーい、お二人ともストップです」
俺とメリルの間に、ミリィさんが割って入った。一先ず、俺とメリルは言葉を呑み込む。
「全く……。ギルドには他の冒険者さん達がいらっしゃるのですから、静かにしてくださいね?」
「はい……」
「すまぬ……」
「分かればいいんです。……それで、アッシュさんちょっと……」
「え?」
ミリィさんは俺を手招きし、近寄るように促す。俺はミリィの口元に耳を寄せる。自然と距離が近くなり、良い匂いが鼻腔をくすぐった。
「少し相談があるんですが……」
「ひゃ、ひゃい!」
「……どうしました?」
「な、なんでもないっす!」
こ、この距離は童貞な俺には中々厳しいものが……!
「何でもないならいいのですが……。それで、相談なんですけど。メリルさんとパーティーを組んでいただけませんか?」
「あ、無理っす」
俺は即答した。
会話の聞こえていないメリルは、傍らで頭上に疑問符を浮かべている。
ミリィさんは困った表情を浮かべる。
「こちらにも少々事情がありまして……。エナトンの件を不問にする代わりに、やっていただけませんか?」
「え。どういうこと……です?」
尋ねると、ミリィさんは苦笑を浮かべる。
「先程、申し上げた通り……エナトンは危険地帯であり、ギルドが監視、管理している立ち入り禁止区域なんですよ。勿論、勝手に入ったりなんかしたら罰則が課せられるんです……。お話を聞く限りでは、事故だったようなので大目に見ますけど。それでも、罰金請求はさせていただこうかなと……」
「…………おいくらくらいで?」
ミリィさんは静かに指を五本立てる。
5メイト? 50メイト? ははーん、そんなわけないですよね……。
俺が頬を引き攣った様子を見て、ミリィさんは畳み掛けるように口を開く。
「ついでに、これからクエスト失敗時の罰金も免除しようかと……」
「分かりました。是非、パーティーを組ませていただきます!」
俺は即答した。