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五話


 死ぬ思いで森を抜けたその先に、件の丘があった。

 前情報の通り、丘に続く平原には多数の魔物達が犇いている。


「よいか、アッシュよ。余はテレポートのために魔力を使えん。初めの陽動以外で、魔法によるサポートはできぬ」

「生きて脱出できるかどうかは、俺にかかってるわけか?」

「そういうことであるな」


 当然のように言ってくれる……。

 普段、他力本願で、魔物から逃げてばかりの俺が、エナトンの危険な魔物に向かって走るって。いや、前の自分が聞いたら卒倒するな……。


「たくっ……俺は逃げる専門で、戦う力なんざ、ないんだけどな……」

「だーれがアッシュの腕っ節に期待しておるなどと言ったのだ。元より、余よりも基本パラメーターが低いアッシュに期待など……あいた!?」

「一言余計だっつの。殴るぞ?」

「もう殴っているではないか!?」


 イラっとして頭を叩くと、メリルが抗議の目を向けてきた。俺はそれを無視し、改めて魔物の群れに視線を向ける。

 多いなあ……。


「やっぱり別の策を考えね? あの中、お前を担いで走れる自信ないんだけど」

「ここまで来て、そんな弱気でどうするのだ? それでも男か?」


 男ですが何か。

 俺は頭を掻き、腹を括る。


「まあ、やるしかねえよな……。よし、じゃあいくか!」

「うむ、覚悟は決まったようで何より。では、作戦開始である!」


 メリルは高らかに宣言し、外套の裾を翻す。すると、メリルの手には四角いキューブがあった。


「これは余が発明したアルティメットアイテム! デコイくんである! 適当なところへ投げると大きな音を立て、魔物の気を引くことができるのだ!」

「なるほど。それを使うんだな!」

「うむ! では、投げるぞお! とりゃあ!」


 メリルは掛け声と共に、デコイくんを投擲――したのだが、それはすぐ近くに落ちた。

 …………。


「おい」

「…………フハハハ! デコイくんは、大きな音を出す機構が重く、あの大きさでその重量は何と10キロ! か弱い余の力では、まあ……あまり飛ばぬのも仕方な――『ビービービービーッ!!』」


 メリルがデコイくんの説明をしている間に、デコイくんから音が鳴り出す。

 メリルの言う通り、それはもう大きな音が辺り一帯に鳴り響き――平原にいた魔物達の目が、一斉にこちらへ向けられた。


「こんの馬鹿野郎!? てめえはガラクタしか作れねえのかあああああ!?」

「が、ガラクタ言うでない! へぶっ!?」


 乱暴に担いだからか、メリルが間抜けな悲鳴を上げる。俺はそれを無視し、全速力で駆け出した!


『ベア〜!!』

『スパイダーッ!』

『タイガー!』


 丘の上に続く道を、森の中で散々俺達を苦しめてきた、フォレストベアー、フォレストスパイダー、フォレストタイガーが塞いでいる。

 3匹は同時に俺達に襲い掛かる!


「いっ!?」


 俺はメリルを振り落とさないようにしっかりと担ぎ直す。すると、メリルから「ひゃん!?」という可愛らしい悲鳴が聞こえた。

 俺は速度を上げ、3匹の間を縫うことで先へ進む。3匹は俺に襲い掛かった勢いのまま、頭をぶつけ合った後、喧嘩している。

 だが、まだ油断することはできない。いまだ、丘の上へ続く道には多くの魔物が闊歩している。ジャイアントアントを始めとする昆虫系の魔物や、ゾンビやスケルトンなどのアンデッドまで湧いて出てくる。


「「ぎゃあああああああ!?」」


 俺とメリルは同時に絶叫。襲い掛かる魔物を抜き去り、前へ前へ進む。


「あ、アッシュ! もっと早く走るのだ!?」

「うるせえ! こちとら全力なんだよ!」


 ふと、後ろを振り返ると大変なことになっていた。平原を埋め尽くす魔物の大群が、俺とメリルを追ってきていた俺はすぐに前へ向き直り、一心不乱に走り続ける。

 そして、ようやく見えてきた丘の上――!


「おい、メリル! 丘の上に何かいないか!?」

「何かとはなんだ!? 余は前が見えんのだぞ!?」


 言われて、俺は目を良く凝らして見る。

 丘の上には、何か大きなものが泰然と横たわっている。背中から羽が生えていて、足が四本、首が長く――そこまで分かった途端、俺は顔を青ざめさせた。


「おおおおおおい! メリルさーん! あれ、丘の上にいるのドラゴンだよおおお!?」

「な、何だとおおおお!?」


 メリルは何とかグルリと首だけ振り向き、ドラゴンを肉眼で確認。すると、俺と同じように顔を青ざめた。


「あああああ、あれは間違いなく食物連鎖の頂点ドラゴンではないか!? ま、まずい! あ、あれに襲われでもしたら一貫の――ハッ!?」

「ハッ!?」


 メリルが口を閉じて息を呑むのと同時に、俺も息を呑む。ドラゴンが首を起こし、瞳をこちらに向けているんですが……。

 俺は後ろから魔物達が迫ってきていると分かっていながら急停止。暫く地面を滑るように前進した後に、ドラゴンの目の前で止まる。

 やけに後ろが静かだなと呑気に考えて後ろを振り返る。魔物達もまた、俺と同様にドラゴンを見て固まっていた。

 俺はゆっくりと視線を戻す。ばっちりと、ドラゴンと目があった。


「あ……こ、こんにちは〜。なーんて……」

『…………』

「…………」

「…………」


 ドラゴンと俺、メリルは顔を見合わせて――。


『ギャオオオオオオオッ!!』

「「ぎゃあああああああっ!?」」


 ドラゴンが咆哮したのと同時に、来た道を引き返すように走り出した!

 見ると、ドラゴンの登場に他の魔物達も散り散りになって逃げ出している。俺もそこに混ざって逃げようとするが、ドラゴンは「逃がさん」とでも言うかの如く、その長い尻尾で俺達を囲った。


「ぎゃああああ!? ど、どうしようどうしようしよう!? メリルさんどうしよう!?」

「ぎゃあああああ!? もう終わりだああああ!? ふえええええん!」

「泣きたいのはこっちもなんですけどおおおおお!!」

『ギャオオオオオオオッ!』

「「わあああああああっ!?」」


 ドラゴンは朝飯か何かと勘違いしているのか、俺達を食おうと口を開き、食べようとしてくる。俺はそれから必死に逃れようと、尻尾の檻の中を駆け回る。


「な、なにかないんですかメリルさーん!?」

「す、少し考える時間を――ぎょええええ!? 掠ったああああ!? 余の頭に! ドラゴンの牙が掠ったあああああ!? もうやだよおおおおおお!!」

「それはこっちの台詞なんですけどおおおおお!」


 メリルが泣きながら考えている間、俺はドラゴンの大口から逃げ回る。幾度となく襲い掛かる恐ろしいドラゴンの口――あまりにも俺がちょこまかと逃げるからか、業を煮やした様子のドラゴン。口を閉じ、何かを溜める素振りを見せる。これって……。


「お、おい! メリル! メリルさん! 何かやばいのが来そうなんですけど!」

「分かっておるわ! ブレス攻撃が来るぞ! 備えよ!」

「備えよって言ったてな!?」


 無茶振り過ぎるだろ!?

 だが、しのごの言っていられる状況じゃない!

 ドラゴンは溜めたエネルギーを吐き出すように口を開く。開いた口から炎が、押し固められた水のように勢いよく噴射。俺の視界一杯に、眩しい炎が広がる。

 刹那――俺は恐らく、今までで一番速く走った。自分でも驚く速度で炎の中を突っ切り、ドラゴンのブレスが吐かれた反対側へと移動する。ブレスの吐かれた場所は焼け野原となっており、俺は肝を冷やした。


「っぶねー……」


 しゃ、洒落にならん……。と、丁度いいタイミングで、メリルが策を閃く。


「思い付いたぞ! 余の外套の中にあるテレポータブルを出すのだ!」

「は、はあ!? それ使って脱出するのは無しって話だろ!?」

「そうではない! ドラゴンに投げ付けるのだ! ドラゴンをテレポートさせればよい!」

「な、なるほど……。しかし、外套の中……?」


 俺が首を傾げると、メリルが呻くように。


「よ、余の外套の裾は亜空間に通じておる。欲しいものを念じれば、それが出てくるのだ! そ、それより早くせぬか! 貴様の肩に担がれているのも、お腹が圧迫されて苦しいのだ!」

「我儘言いやがって……ったく!」


 俺は悪態を吐きながら、ドラゴンが次の行動を起こすまでに……とメリルの外套の中へ手を突っ込む。


「ひゃ!? き、貴様あ!? ど、どこを触っておるのだ!?」

「いや、どこ触ってんのか分かんねえよ! っと……これか?」


 何か掴んだ感触がしたので引っ張ると、俺の手には忌々しいテレポータブルが握られていた。これをドラゴンに投げ付ける!


『ギャオオオオオオオッ!』

「あばよ! ドラゴン! 運が良ければこんな物騒じゃないところに飛べるさ!」


 俺はドラゴンにテレポータブルを投げ付ける。テレポータブルはドラゴンの眉間に当たると割れ、次第に眩い光を放ち出す。そして、その光を不思議そうに見つめていたドラゴンは――光に包まれてどこかへ消えてしまった。

 ドラゴンのいなくなった丘の上は静寂に包まれており、一部ドラゴンのブレスで燃えた草木が不満げにパチパチと音を立てているだけだった。


「か、勝った……俺ら生きてるんだよな!?」


 俺はメリルを降ろして尋ねる。メリルもまた興奮した様子で。


「余、生きてる! というかこれ、ひょっとしたら余達……ドラゴンスレイヤーでは!?」

「いや倒してないからスレイヤーじゃねえけど……。でも、まあ、細かいことは別にいいよな! 低レベルな俺達がドラゴンを退けたんだ!」

「そうである! 低レベルな我らがドラゴンを退けたのだ! フハハハ! さすが、余! 天才であるな! そして、アッシュよ! 貴様の見事な逃げ足もな!」

「あんまり褒められてる気がしないけど、ありがとな!」


 俺達は暫くその場で、お互いの生存を喜び合った。そして、一頻り喜びを分かち合った後、メリルのテレポートを使って脱出を試みる。


「では、帰るぞ! 始まりの街へな!」

「おう! 帰ろう!」

「うむ! 『テレポート』!」


 こうして、俺達の長いようで短いエナトンでの冒険は終わった。【完】


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