三話
※
「おい、ここはどこだ」
「ふっ……余に分かると思ったか? いきなりテレポートしたのだぞ? 分かるわけがなかろう? ちょ……お、おい! 余の漆黒に染められた外套を引っ張るでない! 伸びたらどうするのだ!」
このアマ! 可愛いからって調子に乗りやがって!
「てめえ緊急脱出用のアイテムで、逆にピンチに陥るってどんなクソアイテムなんだよ! なあ、どこなんだよ!? どこなんだよここはよ!?」
「こ、これ、胸倉を掴んで揺らすでないわ! 答えたくとも答えられんわ!」
そう言うので手を離すと、美少女は勢い余って後ろに倒れ、後頭部を地面にぶつけた。幸い、地面は柔らかな土で、「ぎゃん!」という間抜けな悲鳴だけで済んだ。
相変わらず名前の分からないガラクタばかり置いてある店にいた美少女は、湿った土を所々に付けて飛び起きる。
「何をするのだ! 余の大事な一張羅が泥だらけになってしまったわ!」
「うるせえ! いいからここがどこなのか、さっさと教えろよ! でないと、訴えるぞ!」
「言われんでも分かっておるわ! 少し待っておれ!」
美少女はそう言って空を見上げる。黄金色に染められた空は、始まりの街で見た時よりも一層濃く見える。美少女は暫く空を眺め続けると。
「……ほう? なるほどな」
「なにか分かったのか?」
「うむ。余ほどの知力があれば、現在地を知ることも容易い。まあ、簡単に言うとだ。貴様のような貧相でいかにもな駆け出し冒険者が聞けば、卒倒するような場所だな。ここは! フハハハ!」
貧相でいかにもな駆け出し冒険者で悪かったな、この野郎。
俺はしかめっ面を作って腕を組む。額に青筋が立ったが、今はそんなことに腹を立てている場合じゃない。
「それで? どこなんだよ? ここは」
「そう焦るでない、ちゃーんと答えてやるわ。と、その前に――」
「え」
美少女が外套を翻し、魔法使いが装備しているような杖を手にした。不審に思った俺は、突然身の毛が弥立ち、咄嗟に後ろを振り返る。すると、俺の背後から魔物が走って来ているのが見えた!
「ひいっ!?」
俺は一瞬で美少女の背中に回り込んで隠れた。
「ぬおっ!? き、貴様、中々の敏捷パラメータよな……。いや、というか、冒険者の男が女子の背に隠れるというのはいかがなものなのだ?」
「う、うるさいわい! そ、そんなことより、あれは何だ!?」
俺はわしゃわしゃと六本の脚を動かして向かってくる魔物を指差す。
「ふむ、あれはフォレストスパイダーであるな。森に巣を作り、罠にかかった獲物を捕食する魔物だ。あまり強くない魔物だ」
「本当か?」
「普通なら……な?」
美少女は不敵に笑い、杖を構える。
「『ファイアーボール』!」
美少女が魔法を唱えると、杖の先から大きな火炎の球が発射される。それは、向かってきていたフォレストスパイダーに直撃すると爆発する。
「おお!? や、やったか!?」
「いや、逃げるぞ! あれでは足止め程度しかできん!」
「な、なんでだよ……って、ちょっと待て! 俺を置いていくな!」
先んじて脱兎の如く走り出した美少女を追う。美少女は、横に並んで走る俺に。
「ここは前人未到! 未開の地! 全ての冒険者達が夢見る魔境!」
「え、そ、それって……まさかっ!?」
「察したようだな! そう、ここは……世界で最も危険な領域! 第9浮遊島エナトンである!」
エナトン――この世界に浮かぶ9つの浮遊島、その最後の島に付けられた名前だ。
今まで、多くの冒険者や研究者、国までもが土地の開拓のため、調査に訪れたが――誰一人として帰って来た者がいない、前人未到の未開の地。
後ろを振り返ると、『ファイアーボール』を喰らった筈のフォレストスパイダーが、何事もなかったかの様子で、前進を続けている。いくつもある赤い目が、しっかりと俺達を写している。
ひっ!?
「おおおおおおい!? お前のせいでこんなことになったんだから、お前何とかしろよ!?」
「何を〜!? 余に、あれの餌になれと申すか!?」
「ああ、そうだよ! それで時間を稼いでいる間に俺は逃げる!」
「き、貴様! 冒険者の風上にも置けぬ外道だな!?」
うるせえ! 自分の命が大事なのは当然だろ!
『スーパイダー!』
「「ぎゃあああああああ!?」」
フォレストスパイダーの雄叫びに、俺と美少女は同時に絶叫。そこからは、ただ一心不乱に逃げ続けた。
※
「では、余と貴様の現状を確認しようと思う! おっと、その前に自己紹介であるな! 余は世紀の大発明家! その名もメリルである! フハハハ!」
「フハハハ! ……じゃねえよ、この世紀の大バカ野郎が」
俺は美少女――メリルの発言に訂正を加えてやる。
フォレストスパイダーから逃げた俺達は、偶然発見した洞窟の中に避難していた。中には魔物の類いはおらず、外に比べればずっと安全だ。
「何を言うか! と、まあ、よい。天才は理解されぬものよ……フハハハ! 今回は貴様の無礼を見逃してやろうぞ? して、貴様の名は?」
「はいはい、もう何でもいいよ……。で、俺の名前か? 俺はアッシュだ」
「アッシュか……うむ。覚えたぞ! それでは、話は戻るが――」
メリルは外套の裾を翻す。すると、先程まではこの場に存在していなかった黒板が出現した。
「なあ、その外套の裾を翻すと、毎回別の物を持ってるけど……どう言う仕組みなんだ?」
「企業秘密である。では、簡単に纏め……ちょっ、外套の裾を引っ張るでない! は、離せ……離さぬか馬鹿者! 分かった! あとで説明してやるわ!」
俺は外套の裾から手を離し、大人しく手頃な石の上に腰を下ろした。
メリルは気を取り直し、
「ええ、コホン……。今、余と貴様はピンチである! この上なく!」
「誰かさんが作った、ポンコツアイテムのせいでな」
「…………」
…………。
「現在地は、生存確率0%のエナトンである! 未だ嘗て、誰も生きて帰ったことのない地だ」
「ああ、俺もそう聞いてるな……。魔素ってのが、馬鹿みたいに濃くて、それを媒介として成長する魔物なんかが、成長して凶暴になるって聞いた」
俺がエナトンについて知っていることを述べると、メリルが頷く。
「うむ、その通りだ。凶暴化した魔物達のレベルは、総じて90レベルを超えておる。中には、ドラゴンなどの強力な個体がいる可能性もあるという。余のレベルは20であるからな。真面に戦えば、間違いなく瞬殺されてしまう。貴様のような軟弱そうな男など、刹那の間に殺されてしまうだろう!」
うるさいよ! 誰のせいだと思ってやがる!
俺の抗議を無視し、メリルは黒板に俺達の置かれた現状を書き連ねていく。そして、指を一本立てた。
「とはいえ、脱出できる方法がないわけではない。さっきのテレポータブルがまだあるのだが、それで脱出が――」
「絶対に嫌だ」
俺は即答した。次は、一体どんなところに飛ばされるか分かったもんじゃない!
「まあ、そう怒るでない! 実は、余。あまりにも優秀すぎることに、なんとテレポートなる魔法を習得しておる! 一度訪れたことのある街であれば、一瞬で移動可能だ!」
「おお!? なら、今からでも……」
「しかし、ここは魔素が濃いゆえ、魔法が使い難い。もし、テレポートを使おうものなら、制御できずに下半身と上半身が別々の場所へ転移されかねん」
俺はその様子を想像し、背筋を凍らせた。
「まあ、そんなわけでだ。余達は、魔素の濃度が薄い場所を探し、なんとかそこからテレポートで脱出をするのが、目的であるな!」
「なんでそんな嬉しそうなんだよ……」
俺が言うと、メリルはまるで宝箱を見つけた子供のような瞳を向けてきた。
「なーにを言っておる! 前人未到の未開の地エナトンであるぞ? これを機に、隅々まで探索したいとは思わぬのか!?」
「いや、思わない」
即答すると、メリルは信じられないものを見る目で俺を凝視した。
「き、貴様! それでも冒険者か!?」
「冒険者ですが何か?」
こんなことを言うってことは、こいつも冒険者……なのだろうか。『ファイアーボール』なんて使ってたし。
そんなことを考えていると、メリルが「それなら」と声を張り上げる。
「冒険者が冒険をしなくて何をするというのだ!」
「うるせえなあ……命を大事にが俺のモットーなんだよ! それに、俺のステータスじゃあ、冒険なんてできこっないしな」
「貴様、あれだけの敏捷を持っておいて何を言っておる? 装備は貧相であるが、相当高レベルの冒険であろう?」
俺は目を明後日の方向へ向けながら、ポケットから冒険者カードを取り出してメリルに見せる。メリルは俺の意図を察すると、カードを覗き込むように――。
「れ、レベル4!? そんな馬鹿な!?」
「それが本当なんだよなあ……。ほれ見ろよ。俺のステータス、敏捷以外は軒並み最低だろ?」
「本当だ! まるで……いや、ゴミそのものではないか!」
「お、お前! ちょっとはオブラートに包もうとか思わないのかよ!」
そりゃあ俺のステータスは低いけども!
あまりにも直球な言葉に傷付けられた俺は、冒険者カードを興味深げに眺め続けているメリルを睨む。メリルは暫く眺めた後に、
「いや……それにしても、敏捷パラメーターが高いな。もしや、貴様。レベルアップボーナスであるステータスポイントを極振りしておるのか? 無論、パラメーターの上昇率も高いのだろが……これは高い」
メリルは訝しげな様子で、俺に尋ねた。
ステータスポイントは、レベルが上がるごとに、手に入る特殊なポイントだ。好きなパラメーター、例えば攻撃力や防御力などにポイントを割り振ることで、パラメーターを上昇させることができる。
俺は口を尖らせる。
「ああ、元々敏捷パラメーター以外は上がり幅も低いし、ポイントを割り振るだけ無駄だったしな。どんな敵が相手も逃げられるように、敏捷パラメーターに極振りしてんだよ……。悪いかよ……?」
このことで、始まりの街の冒険者達からは、逃げ腰やらなんやらと揶揄されているのだ。今更ここで馬鹿にされても――などと思っていると。
「アルティメット!」
「うおっ!? な、なんだよ……急に大きな声出すなよ……」
なにを思ったのか、メリルは声を出した。というか、なに? アルティメット……?
メリルは興奮した様子で、自分の懐を弄る。そして、俺と同じように、冒険者カードを取り出した。
「これは余の冒険者カードである! 見るがいい!」
「な、なんだよ突然……。えっと……れ、レベル20で……。ん? ステータスも高いな……。というか、なんだこの知力!? すごい馬鹿っぽいのに、めちゃくちゃ知力のパラメーターが高い!?」
「フハハハ! そうてあろう? そうであろう! …………今、馬鹿っぽいと言ったか?」
「言ってない」
すぐにそう返すと、「そうか……」と怪訝な眼差しを向けながらも、一応納得してくれたらしい。
メリルは、腰に手を当てる。
「実は余も、知力パラメーターにポイントを極振りしているのだ」
「そうなのか……?」
どうりで他のパラメーターに比べて、群を抜いて知力が高いわけだ。馬鹿っぽいのに。
メリルは特にない胸を張る。
「フハハハ! 知力と敏捷に極振りしている我らなら、このエナトンも乗り越えられるというものである! フハ、フハハハハハ!」
「…………」
いや、それはないだろ。
不安だ……不安で仕方ないが、どのみち協力しなければ、この絶体絶命の状況を脱することはできないだろう。
俺は溜息を吐いてから、苦笑を浮かべる。
「まあ、よろしく頼むよ。メリル」
「うむ、余に任せるがよいぞ? 何せ余は、天才だからの〜。安心するがよいぞ、アッシュ! フハハハ! フハッ――げほっ!?」
自称天才が咽せた。
ああ……不安だ。俺はこのエナトンから、無事に脱出できるのだろうか……。
はあ……。