二四話
※
こんなに必死になって走ったのは、あのエナトンの時でもなかった。恐らく俺は、人生で初めて”必死”になっているかもしれない。
俺は”必死”という行為も、言葉も嫌いだ。必ず死ぬと書いて、必死という。俺は死ぬのはごめんだし、頑張りたくもない。程々に、適当に、なあなあに生きていく。それが俺――だというのに、メリル達と出会ってすっかりと変わってしまった。
俺はいつしか”必死”になっていた。あいつらと一緒にいたかったから、だから俺は……今もこうして必死になって走っている。なぜなら、俺には走ることしかできないから――。
馬車で時間をかけて進んだ道を通り過ぎていく。目まぐるしく変わる景色、あいつらと通った道――俺は叫んだ。
「まだ俺達の冒険は終わらさせねえええええ!!」
エナトンの時よりもずっと速く――そう、俺の人生で最も速く、俺は走った。
※
「これは……あれね……万事休す……?」
「絶体絶命ですね……」
「すまぬ……余の手が動かせれば、テレポートさせられたのだがな」
「仕方……ないわよ。もう、誰も動けないんだから」
「もう……私も『プロテクション』は使えませんから」
「そうね……はあ。あたしの命もここまでかー。短い人生だったわー」
「アッシュさんはちゃんと戻れたでしょうか……」
「余がテレポートさせたのだから心配なかろう……。あの男、今はさぞ大喜びであろうな?」
「そうねー。自己保身に長けているものね」
「ちょっとみなさん酷すぎませんか?」
「いやーマジでお前ら、俺がどんな人でなしだと思ってるわけ?」
「「「え」」」
俺は3人がドラゴンに殺される前に、さっきの場所へ戻ってこれた。服は汗だくで気持ち悪いし、無理をしたから体が軋むように痛い。
だが、それでも――。
「ったく、勝手にテレポートなんてさせやがって! 危うく間に合わなくなるとこだったぞ!」
「なっ……なな!? き、貴様! どうやって戻ってきたのだ!?」
「いや、普通に走った」
「はあ!? 馬車を使って半日以上離れた場所であるぞ!? たった数分で戻って来れるわけがなかろう!?」
声を荒げる元気があるメリルの口に、俺は風呂敷の中にあった回復のポーションを突っ込む。
「戻って来れたんだから仕方ないだろ!? ほれ、回復ポーションだ。他の3人も飲め!」
「うぐっ……ど、どうして戻ってきたのよ……?」
フレアが俺にポーションを口に突っ込まれながら尋ねてくる。俺は頭をガシガシと掻きながら。
「俺だって仲間を見捨てて幸せに生きて行けるほど、強い精神力は持ち合わせてねえってことだな」
と、そうこうしている間にもドラゴンが近付いている。回復ポーションを飲んでもすぐに回復するわけではない。まずは、時間を稼ぐ必要がある。
俺は風呂敷の中から、メリルの作ったアイテムを取り出す。取り出したのは、マークボールくんだ。
「そ、それは余のマークボールくんではないか!?」
「な、なにをするつもりですか?」
「こう使う」
俺は助走を付けるために、少しだけ下がる。そして、助走を付けてドラゴンの鼻に向かってマークボールくんを投げる。力の無い俺では遠くまで飛ばせないが、助走があれば、それなりに飛ぶ。
上手く飛んでくれたマークボールくんは、見事ドラゴンの鼻に当たるとマークボールくんの色が付くの同時に異臭が放たれる。ドラゴンはその異臭に顔を顰めた後、悶絶したように後退しながら暴れ出す。
『ギャオオオオオオオッ!?!?』
「あ、あれはえげつないですね……。鼻に向かって投げられてはどうしようもできないですよ……」
「あれは臭いんでしょうね……」
「おら! ドラゴンの心配なんかしてる暇はねえぞ!」
俺は風呂敷から更に、エクスボールくんを取り出す。エクスボールくんを地面に向かって投げる。玉が地面に当たると同時に爆発し、土埃をあげる。それをありったけ投げると、俺達の姿は、完全に土埃に隠れる。鼻も利かず、視界も奪われたドラゴンは、一時的に俺達を見失い戸惑っている。
そして、さらに時間を稼ぐために、少し走って離れたところに、エナトンでも使ったデコイくんを設置する。設置したデコイくんは、『ビービービー』と大きな音を立ててくれた。
『ギャオオオオオオオッ!』
ドラゴンは嗅覚と視覚を奪われているため、聴覚を頼りに、音のする方向へと足を進め出す。これで、それなりに時間が稼げるはずだ。
「よし、回復ポーションは飲んだな!?」
「あんた……色々と小狡いわね」
「悪知恵が働くと言いますか……」
「全部、余が作ったアルティメットアイテムであるぞ! 勝手に使うでない!」
「だああああ! うるせえ! んなことはどうでもいいから……頼む! 俺に力を貸してくれ!」
そう言って俺が3人に見えるように出したのは、虹色に輝く玉――アルティメットフォースだ。
メリルは作った本人だから当然知っている。他の2人も、アルティメットフォースについて、俺が聞いた時に一緒にいたから、アイテムなのかは知っているはずだ。
3人は顔を見合わせると、勝気に笑んだ。
「ふ……あたしの力を貸すんだから、絶対にあのドラゴンをぶっ飛ばしなさいよ?」
「私の力、アッシュさんに預けます」
「フハハ! 余の力、今回だけ貴様に貸してやろうぞ!」
3人は虹色の玉に、同時に手を乗せる。すると、虹色の玉が輝きを放つ。どうやら、これで3人の力は虹色の玉の中に入ったらしい。
それから、フレアとイシスが、
「アッシュさん……私の大楯を」
「あたしの聖剣も使いなさい」
「イシス……サンキュ。フレアもな。ああでも、聖剣って選ばれし者にしか使えないんじゃねえのか?」
そう尋ねると、フレアは不敵に微笑む。
「あたしの力を貸してるんだから、アッシュが使えない道理がないでしょ?」
そこら辺、意外とガバガバというか……適当なんだな。聖剣って……。
俺は2人から大楯と聖剣を借り受ける。かなり重たいが、それでも俺は平気な顔で、3人に向かって言い放つ。
「あとは任せろ!」
さあ、俺の時間だ!
俺はアルティメットフォースを地面に向かって投げた!




