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二三話



 超特急で馬を走らせ、ドラゴンの咆哮が聞こえた方角へと急行する俺達。


「今、どっから聞こえたか分かる!?」

「かなり近いと思います!」

「よーし、『アルティメットワン』! 戦闘準備である! 敵はドラゴン! 心して戦いに臨むのだ!」


 メリルが言ってすぐ、視線の先で隊列を組んだ人の集団とドラゴンが戦闘中なのが見えた。見ると、荷馬車を引いているのが見えた。恐らくキャラバンだろう。


「まずいぞメリル! これで人が死にでもしたら洒落にならない!」

「見たところ雇われ冒険者が交戦中のようだが、ドラゴン相手では長く持たん! アッシュよ! イシスを連れて先に行くのだ!」

「分かった!」


 イシスに目を配ると頷き、フレアと御者を交代する。そして、イシスは盾を抱え、俺はイシスを背に負ぶった。


「ちょ……重い……!」

「盾がですよね!? 盾が重いってことですよね!?」


 などと、何かを心配しているイシスを無視し、俺はできるだけ全速力で戦闘している場所へ向かう。

 徐々に近づいていくと、ドラゴンがブレス攻撃を放とうとしていた――!


「イシス! ブレス攻撃防げるか!?」

「やってみます!」


 俺はイシスを信じて、そのままの勢いでドラゴンの目の前に躍り出る。そして、イシスをすぐさま背中から降ろし――。


『ギャオオオオオオオッ!!』

「イシス!」

「分かってます! 『プロテクション』!」


 ドラゴンがブレスを吐くと同時に、イシスのスキルが発動。イシスが前面に構えた盾を中心に、キャラバンを丸ごと守る巨大な障壁が展開される。

 『プロテクション』の障壁にドラゴンのブレスが直撃。ドラゴンが吐いた炎は、横へ横へと拡散される。熱は感じないが、拡散した炎に熱せられている地面が赤みを帯びているのが見え、思わず身震いする。


「くう……!?」


 イシスが苦悶の声をあげる。


「お、おい……! 大丈夫か!? お前が倒れたら俺が焼かれるんだからな!? マジで頑張ってくれ!」

「こんな時にまで自己保身ですか……!? と……ツッコミを入れる余裕がないので、やめてください!」


 いや、ボケてるわけじゃなくて。

 暫くして、溜めたブレスを全て吐き出したドラゴンは、鋭い視線を俺とイシスへと向ける。キャラバンの方へ目を向けると、イシスが『プロテクション』で守ってくれていた間に、護衛の冒険者諸共逃げていた。


「俺達を置いて逃げるとか……ありえないやつらめ!」

「それ……アッシュさんが言わないで欲しいのですが……っ!」

「なっ……イシス!」


 イシスはブレス攻撃を防いだからなのか分からないが、疲労の表情を浮かべ、膝から崩れ落ちた。地面に倒れないように、俺はイシスに肩を貸してその体を支える。


「す、すみません……。物理防御力は高いのですが、ブレスのような特殊攻撃の耐性があまり……」

「そうなのか……」


 イシスのレベルはあまり高くない。レベルが上がればスキルや耐性を獲得することができるが、今のイシスではレベル90前後のドラゴンを相手に、俺達を守り切るのは困難――。

 正直、考えが甘かった。あまりにもレベルに差があり過ぎる。


「まだ諦める時ではないぞ! アッシュよ!」

「その通り……よ!」


 と、ようやくフレアとメリルが追いつく。メリルは俺とイシスのところまで馬車を走らせると、御者から飛び降りる。フレアは先んじて飛び降りており、ドラゴンの頭部に戦鎚を振り下ろした。


「どおおおおっせえええい!!」

『ギャオオオオオオオッ!!』


 フレアの一撃で辺り一帯に激震が走る。ドラゴンは悲鳴のような咆哮をするが、フレアの攻撃によるダメージがないのか、宙にいたフレアを長い首で叩き落とした。

 フレアはなす術もなく地面に向かって叩き落される。あのまま地面に落ちれば、フレアの防御力では瀕死の重傷を負うことになる!


「ったく、世話の焼ける!」


 俺はイシスをメリルに預けて地面を蹴る。そして、タイミングよく跳躍し、勢いよく地面に向かって落ちてきたフレアを空中で抱き留める。


「ごふお!?」


 流石に全身フルプレートアーマーの人間を受け止めるには、重い上にものすごく痛かったが――俺は悲鳴をあげるだけでなんとか耐え、地面に着地する。


「いってええ……おい! 大丈夫かフレア!?」

「うう……な、なんとか……。フルプレートじゃなかったら、全身の骨が逝ってたかもお……」

「まだ折れてないなら大丈夫だ!」

「ブラックすぎる!」


 俺はフレアの泣き言を無視し、無理矢理立たせる。


「よーし! 『アルティメットワン』! 全員揃った今こそ! あのドラゴンを屠る時である! さあ行くぞ!」


 メリルは言いながら、魔法を唱える。メリルが放った炎の玉がドラゴンの体に直撃するが、やはり目立ったダメージは入っていないようだ。

 ドラゴンは鬱陶しそうに俺達を睨み付けると、咆哮をあげる。


『ギャオオオオオオオッ!』

「フレアはドラゴンに引き続き攻撃! 余とイシスでドラゴンのヘイトを稼ぐ! アッシュはフレアの援護である!」

「分かった!」

「了解よ!」

「了解……しました!」


 それぞれがメリルに与えられた役割を遂行するべく、動き出す。その間もドラゴンは動いていた。大きく息を吸うようになにかを吐き出そうとしている――メリルはそれにいち早く気が付いていた。


「ブレス攻撃!」

「私が……止めます! 『プロテクション』!」


 イシスが再び『プロテクション』を展開するのと同時に、ドラゴンのブレス攻撃が放たれる。イシスがブレス攻撃を防いでいる間に、フレアが側面から戦鎚による攻撃を加える。しかし、やはりダメージが少ない。雀の涙というやつだ。


「あーもう! 出し惜しみしてる場合じゃないわねえ!!」

「フレアさん! もうこちらは……持ちません!」


 そろそろイシスの『プロテクション』が切れようとしていた。

 フレアはどこから取り出したのか、一振りの剣を右手に握る――その剣は一度見たことがあった。聖剣エクスカリバーだ。


「相手がドラゴンだろうがなんだろうが、叩っ斬る!」


 フレアは抜き身のそれを上段に構える。すると、剣の刀身が黄金に輝き――。


「『エクスカリバー』!」


 一閃――フレアが聖剣を振り下ろした直線状に黄金の光線が走り、ドラゴンに直撃する。


『ギャオオオオオオオッ!』

「うえっ!?」


 聖剣の一撃は、ドラゴンに確かなダメージを与えた――しかし、聖剣の力が噂通りなら、これで終わっていた。だからこそ、フレアは素っ頓狂で間抜けな声をあげた。なぜなら、聖剣の輝きが失われた後も、ドラゴンは何事もなかったかのように立っていたからだ。


「う、そ……でしょ……。まさか、あたしがクラスチェンジして、レベルリセットを受けたから……? あたしの聖剣で斬れないとか……どんな硬さよ――」

「なっ……おいフレア!?」


 フレアは力尽きたように地面へ倒れ伏す。駆け寄ると、フレアは乾いた笑いを浮かべる。


「はは……ごめん……役に立てなかったわ……。聖剣を一回振っただけで、体力がなくなっちゃったみたい……」

「馬鹿野郎! こんなところで倒れてる暇はねえぞ! メリルに回復のポーションを……っ!?」


 俺が走ってメリルからポーションを受け取ろうと――俺の視界にドラゴンと単独で交戦しているメリルが入った。

 イシスはどうした。そう思った瞬間、俺の目の前にイシスが突然姿を現した。まるでテレポート――いや、そうか! メリルのテレポートか!


「おいメリル! 一旦テレポートで引こう! このままじゃ全滅だ!」

「分かっておる! 今、余もそちらにテレポートをっ!?」


 メリルがそう言った矢先、ドラゴンが器用に動かした長い尻尾がメリルを横薙ぎに吹き飛ばした。

 俺が声をかけて集中が乱れた。俺の……せいだ!


「メリル!」


 俺は吹き飛ばされて地面に倒れているメリルに駆け寄る。その小さな体を抱き起こすと、弱々しいながらも息があった。


「おい! しっかりしろ! お前がいないと誰がテレポートするんだよ! おい!」


 どれだけ揺すってもメリルは気を失っているようで、うんともすんとも言わない。その間にも、ドラゴンは最後に1人だけ残った俺を踏み潰そうと、一歩一歩近づいてくる。

 俺は刹那の間に思考を巡らせる。

 俺が全員担いでここから逃げるか? 俺の筋力じゃ不可能だ。ただでさえ、鎧を装備していて重いイシスとフレアがいるのだ。とてもじゃないが、3人を背負っては逃げられない。


 完全に手詰まり――。


 そう思った瞬間、気が付いたら俺はメリルの道具屋の中にいた。


「え」


 え……? あ、あれ?

 まさか全てが夢だったという落ちがあるわけがなく。どう考えても、メリルのテレポートで飛ばされたことは、すぐに想像できた。


「あ、あの野郎……なんで俺だけテレポートさせてんだよ!」


 思わず、木製の床を拳で殴った。

 痛かったので、俺は拳を労わるように摩る。とりあえず、拳の痛みのおかけで少し冷静になれたので、俺は現状を確認する。

 俺達『アルティメットワン』は、エナトンで遭遇したレベル90前後のドラゴンと交戦し、壊滅状態にされた。そして、俺はメリルのテレポートによって逃がされて生き残った――。

 控えめに言って情けなさすぎるだろ……俺。女の子に逃がしてもらって生き続けるとか、恥でしかない。いくら俺が自己保身に走るクズで外道で、カスな男でも――ここで何もしないんじゃ、本当のクズ野郎になっちまう!


「な、何か……何か……」


 何かないのか!?

 俺にはメリルみたいに知恵が回らないし、イシスみたいに硬いわけじゃないし、フレアみたいに力があるわけでもない。俺にできることは、ただ走ることだけだ。今から走ってさっきの場所へ行っても、なにかできるのか。


「俺にもっと……力があればっ!」


 もっと真面目にクエストをして、真面目にレベルをあげて、真面目に戦い方を学んでいれば……。

 あいつらみたいな力が身に付いていたかもしれない。

 そう、あいつら……ん? あいつらみたいな力……?

 そういえば、メリルがなにか作っていたものを、外套の中にしまっていた。

 俺の目は自然と、メリルの道具屋の物置となっている部屋に向けられる。


「確か……物置部屋って、メリルが着てる外套に繋がってるんだよな……。つまり、例のアイテムはあの物置にある……ってことだよな」


 俺は恐る恐る物置部屋の扉を開ける。多少汚いが、しかし整理整頓はしっかりと施されていた。見ると、メリルが今まで俺に見せてきたガラクタ達が目に入ってくる。そして、その中には俺の目当てのものがあった。


「…………」


 少し部屋を見渡してみたが、この部屋からメリルの外套へ出る方法はなさそうだ。俺は溜息を吐く。


「はあ……。これだからあのアンポンタンは!!」


 今度はあの外套を改良して、一方通行じゃないようにしろよな!

 俺は使えそうなアイテムを風呂敷で纏めると、メリルの道具屋から飛び出した。


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