二〇話
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話を掻い摘んで纏めるとだ。
イシスは、元々大司教のプローディアさんの右腕として、王都で究極教の聖職者として働いていたという。教皇や枢機卿からも信頼されており、その活躍は国王も耳をするほどだとか。
「お前も国王知ってるんだろ? イシスのこと聞いたことないのか?」
「あんた、国王陛下に対してまでそんな態度だったらあれよ? マジで冗談抜きに死刑よ?」
俺は居住まいを正した。
フレアはそんな俺に溜息を吐きつつ、
「そうねー……。イシスって名前は聞いたことないけど、確かにチラッとそんなような人物の名前は聞いたかもね。神の盾とかなんとか……」
「や、やめてください……。昔の話です……」
イシスは照れたのか、顔を赤くしている。そんなイシスに、ブローディアさんが困った顔を向けた。
「昔と言っても、ほんの一年前よ……? それで、イシスの答えを聞きたいのだけれど……」
「わ、私は……」
イシスは、俺達とブローディアさんの方を交互に見やって困っている。
俺は仕方ないなと、両手を挙げて肩を竦めた。
「すんませんけど……じゃねえ……申し訳ありませんが、イシスをくれてやるわけには参りませぬ。イシスはうちの大事なタンクであります」
「なにそれ……敬語のつもりなの……?」
フレアにだけは言われたくない。
ブローディアさんは、イシスから俺に意識を向けるように、穏やかな瞳を向けてくる。
「アッシュ様……申し訳ありませんが、このままイシスを、どこの馬の骨とも知れぬところに、置いておくわけにはいけないのです」
どこの馬の骨って、あれか。誰のことでなくても、俺のことかな? ですよねー……。
「そ、それなら、なんでイシスを手放したんすか?」
「それは……」
ブローディアさんが、それを口にしようとすると、イシスが顔を首まで真っ赤にして、
「わ、わわわわ! わああああ! ブローディア様! お願いです! それは言わないでください!」
なぜかイシスからそれを制した。なぜたろう……。なにか、イシスが恥ずかしがるようなことなのだろうか。
ブローディアさんは、困ったような笑みを浮かべる。
「とにかく……このまま、イシスを置いておくつもりはありませんわ」
「こ、こっちだって……イシスは大事な仲間なんすよ。そう簡単に、さよならなんてできないっす……」
「……ねえ、アッシュ? なんかあたしの時と対応違くない? ねえ? ちがくなーい?」
うるさいよフレア。お前とイシスが同じわけないだろ?
「イシスは俺を守ってくれる優秀なタンクだ。イシスか、フレアの背中だったら、俺はイシスの背中に守られたい。一番安全だから」
「理由が情けなさすぎる上に、消去法!?」
フレアはなににショックを受けているのだろう……。俺はフレアを無視して改めてブローディアさんと顔を合わせる。
「なるほど、普段はイシスにそれほど負担をかけているということでしょうか?」
「まあそっすね」
「尚更、そのような環境に置いておくわけにはいきませんわ。そもそも、アッシュ様のようなダメ人間――失礼。とにかく、イシスにとってアッシュ様は、百害あって一利なしです。フレア様はともかく、どこの馬の骨とも知れぬパーティーにイシスを――」
と、ブローディア様が言いかけて、それを今まで不干渉だったメリルが途中で遮るように口を開いた。
「ほう? この余を、どこの馬の骨とも知れぬ輩と申すか?」
「お前は何者なんだよ……」
俺がツッコミを入れるのに合わせて、ブローディアさんの視線がメリルに向けられる。メリルを見る目は、咎めるように細められたのだが――すぐにそれは驚愕したものへ変化する。
「……あ、あなた……様はっ。もしや……メリル様。かの勇者様の末裔と名高い、大魔法使いにして、世紀の大発明家の……!?」
「「「え」」」
ブローディアさんのとんでも発言に間抜けな声を出したのは、俺だけではなかった。俺と同様に、イシスとフレアの目が、尊大な顔で椅子に座るメリルへと向けられる。
物凄く腹の立つ気取った様子のメリルを、一発ぶん殴りたい衝動に駆られたのだが――それよりも、勇者の末裔という単語の真意が気になった。
「おい、メリル……勇者の末裔ってなんだ?」
そう口にした瞬間、仲間達が揃って呆れた溜息を吐いた。なぜだ……。
※
とりあえず、夜も遅いということでブローディアさんにはお帰りいただいたわけだが。イシスのことは諦めたわけではないらしい。とにかく、「どこの馬の骨」を強調していたわけだが……。
「もはや、その馬の骨も俺だけなんだよなあ……」
「そうねー。まさか、メリルが勇者の末裔だったとは……」
「はい。驚きました……」
「ふっ……で、あろう? いざという時のために黙っていたのだ! こういう特別な出自は、明かすべきところで明かすものでろう? フハハハげほっ!?」
とりあえず、高笑いして咽せたメリルは放っておいてだ。
「このパーティーって、案外すごいメンツが集まってるわよね? 自分で言うのもあれなんだけど」
「そうだな。フレアは聖剣使いで? イシスは神の盾とかで? メリルは勇者の末裔で? なあ、ちなみに、勇者ってなんだ?」
「あんた常識を知らないにもほどがあるでしょうが……。あ、この唐揚げいただき〜!」
フレアは俺の皿から唐揚げを掻っ攫っていった。よし、後でフレアの皿にあるものを全て食べてやろう。
俺はイシスに目を向ける。すると、イシスはサラダを口にしながら俺の視線に気付き、口を開いた。
「勇者様は……人類と戦争をしていた魔族の長たる魔王を打ち倒し、戦争を終結させた方です。メリルさんは、その勇者様の末裔とのことで……」
「へえ」
俺が生返事をしたからか、メリルが不満げに唇を尖らせる。
「なんだアッシュよ? その反応は、余としてはあまり面白くないのだが?」
「いや、俺にどうしろと」
「余を褒めよ! 崇めよ! 勇者の末裔であるぞ? 讃えるのだ!」
「わーすごいすごーい……いてっ!? てめえ、急に脛を蹴るんじゃねえよ! ちょーいてえ……。俺は紙防御力なんだぞ! 気を付けろ!」
「どういう脅しなのだそれは! アッシュが悪いのだ! もっと余に構うのだ!」
「結構構ってるだろ……」
ぎゃあぎゃあとうるさいメリルは放って、俺も夕食に手を付ける。
「しっかし、どうっすかなあ……。俺だけパーティーの中でなんにもねえと、肩身が狭いっつーか……」
「少なくても、イシスをパーティーに引き止めるには、大司教様に納得してもらえるような成果が必要よねー」
「例えば?」
「あーそうね……」
フレアが顎に手を当てて思考を巡らせると、イシスが困った笑みを浮かべる。
「そんな……無理しないでください。私も……その……このパーティーからは、抜けたくありませんから。頑張ってお願いをすれば、大司教様もきっと分かってくれます」
「そんな感じには見えなかったけどねー」
そんなこんなで、色々と考えたわけだが。俺ではとても、こいつらと肩を並べるような成果など挙げられる気がしない。
完全に行き詰まったところで、メリルが口を開いた。
「ドラゴン退治はどうか?」
「は?」
なにを言ってるんだろう……。
「お前、なにをトチ狂ったらそんな言葉が出てくるんだ? 俺にドラゴン退治とか無理だろ……。というか、ドラゴンはどこにいんだよ。こんな近くにいるわけ――あ」
「うむ、察しがよいな」
メリルは不敵な笑みを浮かべる。
俺は頬を引きつらせながら、
「……お前、マジか」
「うむ! アッシュが成果を挙げなくてはならないというのなら、成果を挙げるしかあるまい。そして、それが可能な相手が近くにおるのだ。先ほど、あのいけ好かないアグレシオとかいう輩が言っていたではないか。ドラゴンと……」
「あ……確かに。しかも、ドラゴンの目撃情報も、ここからそう遠くない場所でしたね……」
「なるほど……ドラゴンね! いいわね!」
あーこれあれだ。もう決定事項なやつだ。
「ちょ、おい……。俺がドラゴンとか無理に決まってるじゃん? もうここは心苦しいけどイシスを犠牲にするしか……」
「イシスはいなくなると寂しいけど、あんたがドラゴンに食われて死んでもどうとも思わないから」
「…………」
フレアの心無い言葉で、俺は酷く傷付いた。
「とにかく、我らはこれよりドラゴン退治を目標に行動する! フハハ! なーにアッシュよ。案ずることはない……我らは一度ドラゴンを退けているのだ。今回も上手く行く!」
どこまでも能天気なメリルだが。まあ、確かにその通りではある。
「…………まあ、そうだよな。というか、お前ら聖剣使いだったり、大司教様のお墨付きだったり、勇者の末裔だったりで、結構すごいんだもんな。案外、なんとかなるかもな」
「ええ! このあたしに任せなさいって!」
「私も頑張ります」
「フハハ! ドラゴンなぞ片手に捻り潰してやろうぞ!」
俺はそう言ってみたものの、不安で仕方がない。普段から簡単なクエストでさえも、失敗することがあるのだ。
そんな連中と? ドラゴン退治? どんな冗談だ……。
笑えねー。




