一九話
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フレデリカが出て行って数分後、思ったよりも早く戻ってきたと思ったら、なにやら派手な装飾が施された一振りの剣を担いでいた。
「ぜえぜえ……。さ、さあ! はあはあ……目にものを見せてやるわ! ひいひい……これが、聖剣よ!」
そう言って、フレアは乱暴に聖剣をテーブルに置いた。俺とイシス、メリルは、覗き込むように聖剣に視線を落とす。よく見てみると、埃を被っているし、カビが生えているしで……扱いが聖剣のそれじゃなかった。いや、俺も聖剣の扱いとか知らないけど。
アグレシオとその仲間達は、そのあんまりな扱いに顎を落としている。
「ほらアッシュ! 決闘よ! あんたに、このあたしの本当の恐ろしさを見せてやるわ!」
「ソードマスターじゃねえのに剣なんて扱えるのか?」
「ったりまえでしょ! 今のあたしはウォーリアーよ! ウォーリアーは前衛職の武器ならなんでも使えるのよ! 剣でもなんでも使えるわよ! あんた馬鹿にするのもいい加減にしなさいよね!?」
俺は憤るフレアを前に、手の上に顎を乗せる。
「というか、なんで俺がお前と決闘しなくちゃならん。どうせなら、そこの元お仲間と決闘したらどうなんだ?」
「は、はあ!? なんで俺がフレデリカと決闘しなくちゃいけねえんだよ!?」
いや、だって……ねえ? フレアに戻ってきて欲しいんだろ? で、フレアは戻りたくないと。なら、2人でいっそのこと決闘してもらって、決着を付けてもらった方が俺としては楽なわけだが。
とはいえ、アグレシオは少しだけ頭でも冷えたのか、話易くなった気がする。俺は溜息を吐き、口を開く。
「それで、そちらさんはどうしてフレアに戻ってきて欲しいんだ?」
俺が尋ねると、アグレシオは言葉に詰まった。
「そ、それは……だな……。俺達は、元々……喧嘩別れをしたんだ」
「喧嘩別れ?」
話を詳しく聞くと、ちょっとした意見の食い違いにより、怒ったフレアがアグレシオのパーティーを抜けたのだという。なんでも、フレアが加入していた頃は、国のお偉いさん方からも期待されていた名のあるパーティーだそう。
とりわけ、聖剣使いであったフレアはパーティーの中でも目立っていたらしい。
「お前すごいんだな」
「まあね〜」
フレアは調子を良くして鼻を高くさせている。鬱陶しい……。
「それで、今まで音沙汰無しだったにも関わらず、どうして突然?」
イシスの問いに、アグレシオはテーブルの上で両手の拳を握る。
「……フレデリカが抜けた後でも、俺達はそれなり評価されてたし、なんとかやっていけてたんだ。だが、俺達じゃどうしようもないことが起きた」
そう言って、アグレシオは一枚の紙を出す。
「まだ、誰にも言うな……。実は、国王から直々にドラゴン退治を依頼された。しかも、伝説クラスの化物だ……」
「それで……フレアさんを?」
「あ、ああ……。俺達じゃ、伝説クラスのドラゴンなんざ相手にできねえ。けど、フレデリカとその聖剣なら……ってな」
「なるほどね……。大体、事情は分かったけど。あたしが素直に頷くとでも思ったの?」
「それは……」
アグレシオはバツが悪そうに顔を俯かせる。俺は気になって、フレアに尋ねた。
「なあ、ちなみに喧嘩の理由ってなんなんだ?」
「ああ、理由? アグレシオが、あたしが楽しみに取っておいたおやつのケーキを勝手に食べたのよ!」
予想の遥か斜め上を超えてしょうもないことだった。
俺はげんなりとした表情で、思わず溜息を吐く。
「とにかく! あたし、絶対に戻らないからね! 分かっら出直しなさい!」
アグレシオ達は、とりあえず今日のところはそれで帰っていく。だが、これで終わりということはあるまい……。
酒場に残った俺達は、改めてテーブルに椅子を並べて、
「なあ、もう諦めて戻れば?」
「いやだって言ってるでしょ!?」
ああ、そうですか……。
メリルは俺とフレアのやり取りを見て、機嫌が直ったのか楽しそうな表情で、
「まあ、よいではないか! 余は、フレアがいなくなると寂しい……。だから、フレアが我らと共にいてくれること、嬉しく思うぞ!」
「め、メリル……」
「はい。私も、フレアさんと一緒にいられて、とても嬉しいです」
「い、イシスう……ううっ」
フレアは歓喜極まったのか目を潤ませていたが、突然スッと真顔になったかと思うと、
「でも、さっきいらない子だって言ったの、忘れないからね?」
「「…………」」
イシスとメリルは都合が悪くなったからか、フレアから目を逸らした。
こうして、パーティー内に亀裂が入っただけの無意味で悲しい事件は幕を閉じた。ように思われたが、まだ終わりではなかった。
俺達は飲み直しとばかりに、酒場で酒とつまみを注文する。特にフレアは「やけ食いしてるううう!」と叫びながら、色々なものを注文していた。
絶対、酔っ払って酷いことになるのが目に見えている。俺は何があっても、絶対に関わらないことにした。無関係を貫き通そう……。
と――、
「……イシス」
「……え?」
澄んだ声音がイシスの名前を呼び、呼ばれたイシスが反射的に振り向く。すると、俺達の座る席の側に佇む1人の女性がいた。というか、つい昨日会ったブローディアさんだった。
イシスはブローディアさんを一度目にして、混乱しているのか目を逸らし、再びブローディアさんに目を向けて二度見した。
「え、あ……え!? ブローディア様!?」
イシスは突然のことながらも機敏に動き、椅子から立ち上がるとすぐに、ブローディアさんの目の前で片膝をついた。
「あら、あら……いいのです。イシス。ここは親交を深める場……そのような余所余所しい態度をされては目立ってしまうわ……」
「し、しかし……!」
「イシス……わたくしがよいと言っているのです」
「こ、これは失礼しました……!」
イシスは再び立ち上がり、ブローディアさんと顔を合わせる。その間、隣で注文を終えたフレアが俺の耳元に顔を寄せて、
「ねえ、あの人ブローディア様よね?」
「ああ、そうだけど。知ってるのか?」
「知ってるもなにも……国教の大司教様よ? 前にお会いしたことがあるんだけど……」
ふと、ブローディアさんの目がこちらに向けられる。
「あら、昨日お会いしたアッシュ様と……そちらは、もしや、聖剣使いのフレデリカ様でいらっしゃいます?」
「は、はい……お、お久しぶりです」
フレデリカも立ち上がり、ブローディアと挨拶を交わす。俺も礼儀として、立ち上がり挨拶しておく。
「ちっす――いてっ!? なにすんだフレア! いきなり頭叩くなよな!? お前の攻撃力だと、俺の紙防御力じゃ大ダメージなんだぞ!?」
「軽く小突いただけで騒がないでよ! というか、あんた……大司教様になんて失礼な態度なの!? 馬鹿なの!? あんた死にたいの!?」
ああ……そういえば、大司教様って偉いんだっけ……。
俺はフレアの指摘で不安になり、恐る恐る大司教様を見る。大司教様は、俺をなにやら微笑ましい目で見ていた。怒ってはいないようだ。よかったー……。
「なるほど、みな様がイシスのお仲間さんで……」
「は、はい……『アルティメットワン』と言います」
「そう……あら?」
ブローディアさんは、メリルに気が付いた。メリルはブローディアさんが現れても我関せずといった様子で、なにを注文するかで迷っている様子だ。
「ううむ……卵焼きも捨てがたいのよなあ……」
子供か……。
さすがに、メリルのあんまりにもあんまりな態度に、イシスは誤魔化すように慌てた様子で、
「え、ええっと……! ぶ、ブローディア様は一体なぜこのような場所にいらっしゃるのでしょうか? 王都の神殿にいらっしゃると聞き及んでいましたが……」
「ええ、その通りなのだけれど……。あなたに会いたくて」
「わ、私に……ですか?」
「ええ……イシス」
ブローディアさんは先ほどまでとは打って変わって、朗らかな空気から真剣な目でイシスを射抜く。射抜かれたイシスは緊張からか、いつもよりも背筋が伸びていた。
「単刀直入に言うわ……。イシス、わたくしのところへ、戻る気はありませんか?」




