一八話
※
そんなこんなでクエストを終えた俺達は、メリルのテレポートで始まりの街のギルドまで戻ってきていた。
ギルドの酒場の席に座り、顔を俯かせている俺達。
結局、クエストがどうなったかというと――失敗した。
「赤子は赤子でも、クリスタルタートルの子供ってことかー」
「よかったですね。エクスボールくんの威力が弱くて」
「全くだ! 危うく余は、赤子殺しの異名を背負うことになったぞ!」
そう、エクスボールくんではクリスタルタートルの赤子にすらダメージが入らなかったのだ。それで、打つ手がなくなった俺達は、逃げるように帰ってきたわけだ。
ミリィさんにクエスト失敗の報告をしたら、「最近いい感じだったのに……はあ」と溜息を吐かれた。ショックだ……。
「はあ……ったく。あそこでフレアがやってくれれば……」
「な、なによ……。あたしが悪いって言うの!?」
そりゃあ、お前が悪いに決まってるだろ。当たり前じゃん。という言葉は呑み込み、俺は酒を一口飲もうと――。
「見つけたぞ! フレデリカ!」
俺達が座る酒場のテーブルを遠慮なく叩き、つい昨日見た男が割り込むように乱入してきた。
男は鬼の形相でフレアを睨んでおり、フレアは数秒程硬直した後に……。
「えっと、どちら様?」
「なっ……お、俺だ! 同じパーティーのアグレシオだ!」
「いや、あたしのパーティーメンバーはここにいる人達で全員なんだけど?」
フレアが言うと、男の目が俺達に向けられる。
「なんだと……? 冗談だろ? てめえがこんなレベルの低い連中とパーティーだあ? 馬鹿馬鹿しい……冗談言ってねえで、帰るぞ?」
男は無造作にフレアの腕を取って無理矢理立ち上がらせようとしたが、その手をフレアは払い除けた。
「はあ? なんで知らない男に、このあたしが付いていくと思ったの? マジでありえないんですけどー?」
「なっ……てめえ、いつまでもふざけてんじゃねえぞ? 俺達の使命を忘れたわけじゃねえだろうな!? ああ!?」
恫喝する男の声に、ギルドにいた冒険者達の視線が一斉に集まる。俺は酒を一口飲み、パーティーメンバーに目を配る。
メリルは半眼で、どこかむくれている。恐らく、アグレシオとかいう男に貶されて、腹を立てているのどろう。イシスは目を閉じ、様子を見ている。悪化しそうなら、聖職者であるイシスが仲裁してくれるだろう。
多分。知らんけど。
というわけで、俺はこの場から離れようと――。
「おいちょっと待て。そこの冒険者。てめえ、フレデリカのパーティーメンバーなんだよな?」
「いえ、違います」
「ええ、その男は今のあたしのパーティーメンバーよ!」
「いえ、違います」
「違うって……てめえ。言い逃れできるとでも……ちょ、お、おい! てめえ逃げるんじゃねえ! おい! その男を捕まえろ!」
なんとか逃げ出そうとしたのだが、男の後ろに控えていた2人に捕まってしまい、逃げられなくなってしまった。
ちっ……!
「一応言っておくがなあ! そこにいる金髪の女は、あんたがお探しの、ソードーマスターのフレデリアじゃねえよ。そいつは、うちのパーティーの、ウォーリアーのフレアだ」
「ウォーリアー……フレアだあ?」
「ああ、試しにギルドカードでも見せてもらえばいいんじゃねえか?」
「いやよ! あたしの個人情報じゃない!」
この……女! 話がややこしくなることを!
「お前ふざけんなよ!? それで解決するなら別にいいじゃねえか! それともなにか? フレアは偽名で、本名はフレデリカっていうのか? それでソードマスターに飽きたから、ウォーリアーにクラス替えでもしたのか!?」
「…………」
あ! フレアのやつ、目を逸らしやがった!
※
俺達はアグレシオを含めた3人のパーティーと、テーブルを挟んで向かい合わせに座っている。
アグレシオは、そっぽを向いているフレアに苛立ちを込めた声音で。
「おい、フレデリカ……。単刀直入に言う。俺達のパーティーに戻って来い。こいつは王族からの―――
「断るわ」
「なっ……いや、待て! 最後まで話を聞きやがれ!」
「最後まで聞いても一緒よ。どうせねー。あたしが、あんた達のパーティーに戻ることはないわ」
フレアの回答がお気に召さなかったらしい。アグレシオはテーブルを力任せに叩くと、
「なぜだ! 勝手にクラスチェンジはしやがるし……つーか、てめえ……聖剣はどこにやった?」
「ああ、あれ? 捨てた」
「ああ、捨てた……は?」
フレアの放った一言に、俺とメリル以外がぎょっと
した。
俺は左隣で、面白くなさそうにしているメリルに、
「なあ、聖剣ってそんなすごいもんなのか?」
「はてな……。余が知るわけなかろう」
「だけど、結構有名らしいぞ?」
「世俗に塗れた有象無象なぞに、余は興味の欠片もない。余は、己の知的好奇心を満たすことと、『アルティメットワン』の仲間達以外はどうでもよいのだ」
「……ああ、なるほどな」
どうりで機嫌が悪いわけだ。
メリルは訝しげに思ったのか、俺を尻目に捉える。
「なんだ、その微笑ましいものを見る目は……。非常に不愉快である……」
「まあ、そんなに拗ねんなよ」
「拗ねとらんわ!」
ぷりぷりと怒っているメリルは、顔を赤くさせて俺から目を逸らした。余程、アグレシオに馬鹿にされたことを根に持っているらしい。
俺がそうやって、フレアとアグレシオ達の方を蔑ろにしていると、右隣に座っていたイシスが脇腹を肘で突いてきた。
「アッシュさん……。少し状況が……」
「ぬ?」
イシスが小声で訴えてきたので意識をそちらへ向ける。すると、突然アグレシオの指先が俺に向けられた。
「おい、てめえ! 俺と決闘しろ!」
「断る。で、なんで決闘?」
「てめえ話聞いてなかったのか!?」
ああ、すみません……。面倒臭そうだったんで、全部流してました。
とりあえず、要点を纏めると。フレアが『アルティメットワン』を抜けたがらない理由が、どうやら俺にあると思ったらしい。つまり、俺のことが好きとか……。どんなトチ狂った思考になったら、その結論に至ったのか、フレアに目を向ける。
「なにお前、俺のこと好きなの?」
「はあ? キモ……死ねばいいのに」
「だそうだが?」
俺は自分に多大なるダメージを追いながらも証明をしてみたが、どうやらこのアグレシオという男、人の話を聞かない系らしく、
「うるせえ! いいから俺と決闘しろ! 俺が勝ったらフレデリカは返しもらう! いいな!?」
「断る」
即答すると、アグレシオが俺の胸倉に掴みかかってきた。
「てめえ……!」
「ちょ……や、やめろおお! ぼ、暴力反対……」
言葉尻が弱々しくなってしまった。でも、仕方ないよね。だって、この人怖いし……。いかにもレベルが高そうで、殴られたら痛そう……。
仲間達を一瞥すると、情けないものを見る目で俺を見ていた。いや、ちょっと待て。俺は悪くない。社会が悪い。もっと言えば、フレアが悪い。
「くそが……! 大体、なんでフレアはこんなクソ雑魚パーティーに居座ってやがるんだ……。俺らと一緒の方が、もっと、稼げるだろうが!」
俺の胸倉を掴みながら、アグレシオはフレアに訴えかける。フレアは手の上に顎を乗せて、心底詰まらなさそうな表情で一言。
「だって、あんたらと一緒に居ても詰まんないんだもん。あんたらのは、冒険じゃない。楽しくない。ドキドキしない」
「は、はあ……!? てめえ、なに言って……」
「そのままの意味よ。あたしは聖剣が使える道具じゃないってこと」
「っうぐ……このクソアマがあっ」
アグレシオがなにか言おうとする前に、俺が口を開く。
「はあ……そんなにフレアが欲しいならあげますけど?」
「「「え」」」
恐らく、今素っ頓狂な声を上げたのはフレアだけではなかった。俺を除いたこの場の全員だ。
フレアはどこかオロオロとした様子で、
「ちょ……え? じょ、冗談でしょ? 冗談よね!? あたしみたいな優秀なアタッカーを……ねえ?」
「は? 優秀なアタッカーがクリスタルタートルの討伐を躊躇うのか?」
「…………」
この女、また目を逸らした!
「まだあったよな? そういえば、この前……お前人のこと散々いらないとかなんとか言ってたけど。攻撃がノロすぎて当たらないアタッカーの方がいらねえ」
「なっ……ひ、酷い! 今のいくらなんでも酷すぎるわよ!? ねえ、あたしパーティーに必要よね!? メリル! イシス!」
「も、もちろん……必要……だぞ?」
「は、はい。フレアさんはなくてはならい存在……です」
「2人とも目が泳いでる!?」
ついに知ってしまったかフレアよ。今まで、俺達はどうにかしてフレアの攻撃が当たるようにと試行錯誤して冒険をしていた。本当に必要かどうかと問われると……首を傾げざるを得ない。
そこら辺、嘘が下手くそな2人は、お世辞でも「必要」の2文字が言えなかったようだ。真面目か。
フレアはその事実を知ってしまい、愕然とした様子でテーブルの木目を見つめる。
「ふ、ふふ……あたし、いらない子だった……いらない子……ふふ。いらない子……」
「お、おい……フレデリカ? その……なんだ? そんなに気を落とすなよ……?」
驚いたことにアグレシオが、肩を落としているフレアを励ましている。思ったよりもいいやつなのかもしれない。
暫く、フレアの意識は遠くにあったようだが、アグレシオの励ましのおかげかは知らないが、不意に立ち上がったかと思うと、
「ふふ……ふふふ……ふはははは!! いいわ! いいでしょう! このあたしが本気になったらどうなるか……あんた達に教えてあげるわ! そして、『もうフレアがいないとダメ!』って言わせてやるんだからああああああ!!」
「あ、あいつ逃げた」
フレアは泣きながらギルドから飛び出してしまった……。




