一七話
何かインパクトのあるタイトルはないものでしょうか……。
※
「さあ! 今日もクエスト日和であるな! 今日のクエストはこれだ! クリスタルタートルの討伐である!」
翌日の朝。
新しいクエストを受けるために、俺達4人はギルドに集まっていた。
メリルがテーブルに出したのは、クリスタルタートルという魔物の討伐である。
「へえ……中々硬い魔物よね! ふっ……このあたしの攻撃に耐えられるか、腕が鳴るわね!」
「私もこのクエストで異論はありません。アッシュさんはどうですか?」
「あーそうだな。まあ、いいんじゃないか? 報酬も悪くないしな」
「ふっ……では決まりだな! 早速、浜辺へ向かうぞ!」
というわけで、俺達は始まりの街から徒歩3時間程離れたところにある浜辺までやって来た。
普段はチラホラと釣り人がいるスポットだが、今はクリスタルタートルが浜辺を陣取っているおかげで、人っ子一人いない。
「うむ。いるな、大きな亀が」
「いるわね。亀」
「聞いたお話によりますと、今はクリスタルタートルの産卵期だそうです。浜辺に上がって卵を産み、そこで育てるとかで」
「それで毎年、漁師達が困ってるのよね? 卵から生まれたクリスタルタートル達が、海の魚を食べちゃうから」
フレアは浜辺で大欠伸をして、船を漕いでいるクリスタルタートルを見て、ニヤリと口元を三日月に歪めた。
「ふっ……それじゃあ、早速このあたしの攻撃力と、あの亀の防御力。どっちが高いか勝負しようじゃない!」
「はい、ちょっと待とうか」
「ぐえ!?」
俺がフレアの襟首を掴むと、フレアは乙女らしからぬ声を上げた。フレアはすぐにこちらを振り返り、抗議の声を上げる。
「ちょっと! なにすんのよ!? 変な声出ちゃったじゃないの! あんた、淑女になんて声を出させんのよ!」
「大丈夫だ。誰もお前を淑女だとは思ってないぞ。あ、ちょ……待て。お前の攻撃力で殴られた洒落にならないから!?」
俺はフレアに対して平謝りを繰り返し、なんとか許してもらうことに成功する。俺は安堵の息を吐いて、
「とにかく、落ち着け。フレアが出て行って良いことが起きた試しがなかったからな」
「ちょ……どういう意味よーそれー!」
フレアは不満な様子で頬を膨らませる。
顔が綺麗な分、その子供染みた仕草がギャップ萌えだ。本人に伝えると調子に乗るから言わないけど。
「まあ、ここは我らがリーダーのメリルに指示を仰ぐのが正解じゃねえか? こいつ、一応はパーティーの中で一番頭が良いわけだしな。一応な」
「アッシュよ? なぜ、一応を強調するのだ? んー?」
「してない」
メリルの追及から逃れるべく、俺は適当にごまかして目を逸らした。
メリルは訝しげな視線を俺に向けつつ、
「ふうむ……そうであるな。ならば、ここは……余が新たに作ったアイテムを披露しよう!」
そう言って、メリルは外套を翻した。今回手にしていたものは、なにやら丸い玉のようだが……。
「ええっと……それはまた。どのような危ないものを作ったのですか?」
「なっ……!? あ、アッシュが毎度、余の作った大発明を危険物扱いするせいで、イシスまで危ないものと言っているではないか! これは風評被害である!」
「その通りだろ……このアンポンタン」
「ぐっ……な、ならば! この丸い玉がなんなのか、教えてやろうぞ! これは衝撃を与えることで爆発する! その名も――エクスボールくんである!」
こいつ、人のこと散々ネーミングセンスがゴミ以下だとか言いながら……!
「なにがエクスボールくんだ! どうせまた欠陥だらけなアイテムなんだろうが!」
「ぬあ!? こ、これ……エクスボールくんを余から奪おうとするでない! や、やめ……やめろおおお!?」
俺はメリルからエクスボールくんを奪ってやろうと掴みかかり――メリルと取っ組み合いになったタイミングで、エクスボールくんが地面へと落ちた。
「ちょ……なにしてんのよあんたら!?」
「み、みなさん私の後ろへ!」
「いや、安心せよ。このアイテムは――」
俺はメリルが言い終える前に、なりふり構わずその場から脱兎の如く逃走。次の瞬間、俺の背後で爆発音が轟く。恐る恐る振り返ると、爆発のせいか、煤だらけにはなっているものの、3人とも無事に生きていた。
「このアイテムは、持ち運びを重視して小型化したせいで、威力が低い!」
「……それを先に言え」
仲間を見捨てて逃げ出した最低な男が目立ってるじゃないか。いや、まあ、そいつ俺なんですけどね。てへっ!
この後、3人からこっぴどく怒られた。
すみませんでした……!
※
気を取り直し、俺達はどうやってクリスタルタートルを討伐するかの会議を再開する。
「ねえ、メリル? なんか他にこう……良いアイテムないの?」
「ううむ……。最近は収入が増えてアイテムを作る資金が集まったのだが、まだまだ資金が足りぬ。さっきのエクスボールくん以外だと、マークボールくんであるな」
「どういうものなのですか?」
「目標に向かって投げつけることで着色した色をつけることができるのだ。しかも、とんでもない悪臭付きで」
「なんの意味があんだよ。それ……」
「いや、シタギドロトカゲの時みたく、素早い魔物が相手では逃げられてしまうからな。このマークボールくんを当てれば、臭いを頼りにどこへ行ったのか分かるという代物よ! 色も付いていて目立つという利点もある!」
だが、素早い相手にそもそもそれを当てることができないんだよなあ……。やっぱり、使えねー。
「よし、メリルのアイテムが使えないってことはよーく分かった。とりあえず、作戦会議すっぞ」
「おい、アッシュよ。誰のアイテムが使えないと?」
「聞こえなかったのなら、何回でも言ってやるぞ?」
「ほーそう言うのなら、余にも考えがあるぞ?」
メリルから不穏な空気を感じた俺が振り向くと、メリルが口をへの字に曲げて、マークボールくんとやらを手に投げる体勢を作っていた……俺に向かって。
「……お、おおおお前、まさか投げるつもりじゃねえだろうな」
「…………」
「ちょっと待て! 無言で近づくのはやめろ! 分かった! 俺が悪かったです。すいませんでしたあああ!!」
とりあえず、全力土下座をすることで許してもらった。
俺はもう仲間達に頭を下げてしかいない気がする……。
「というか、作戦会議とかいるの? あたしがぶっ飛ばした方が早いでしょ? なにかあっても、イシスがいるんだし」
「頼られるのは嬉しいのですが……あまり信頼されすぎても困ります……」
「やはり、余のアイテムを……」
「それはやめろ。はあ……」
俺は溜息を吐きつつ、少しだけ思考を巡らせる。とはいえ、メリルほど賢いわけでもない俺が、作戦なんてものが思い浮かぶはずがない。
「仕方ない。フレアの案でいくかあ……」
「なによその苦肉の策みたいな感じは?」
「苦肉の策なんだよなあ……」
言うと、フレアは怒ったのか、拗ねてしまった。フレアは頬を膨らませ、顔を赤くさせるわ
「あ、あんたねえ! 馬鹿にするのもいい加減にしなさいよね! 見てなさい! あんな亀! 一撃で沈めてやるわよ!」
「あ……お、おい!」
フレアは俺の制止も聞かず、お気に入りの戦鎚をどこから取り出したのか、手に構えてクリスタルタートルへと突進していった! めっちゃ足遅いけど……。
「あたしは攻撃に極振りしてるのよ! アタッカーとしてプライドがあんのよ! これ以上あのダメ男に馬鹿にされてたまるもんですかあああ!!」
おい、ダメ男ってもしかしなくても俺のことか? 喧嘩売ってんなら買うぞ? おお?
フレアは叫びながら、戦鎚を振り上げ、自分よりもずっと大きなクリスタルタートルの側面を殴打する。腹の底に響くような、硬質で鈍く重い音が浜辺に轟く。
と、クリスタルタートルは今の攻撃でダメージを負っていないのか、甲羅の中に収まっていた首を伸ばし、フレアを睨んだ。
「うっそ!? 今の渾身の一撃でダメージ入ってないの!?」
「そりゃあ、馬鹿真面目に硬い甲羅を叩いたらダメージなんざ入るわけねえだろ!」
俺はフレアの援護をするために走る。イシスとメリルも、同時に動き出す。
「前は斬れたのよ! スパッと!」
などと、フレアがよく分からない言い訳をしてきた。俺はクリスタルタートルの背後に立って、
「剣でもねえのになに言ってんだバーカ。言い訳は後で聞くから、今はクリスタルタートルに集中しろよな」
「い、言い訳じゃないし!」
うるさいフレアは無視し、俺はイシスの位置を確認する。イシスはターゲットにされているフレアを守るためか、クリスタルタートルの目の前に立ち、盾を構えている。
よし、ターゲットがフレアからメリルに変わったらあそこに逃げ込もう。イシスの盾の背後は、いついかなる時でも安心安全だからな。戦闘前に、必ず位置を確認しておかないとな。うん。
『グオオオオ!』
おお!? 突然クリスタルタートルが暴れ出したぞ!?
暴れ出したクリスタルタートルは、じたばたと短い――しかし、巨体に見合ったその大きな手足で、俺達を踏みつけようとしてくる。俺はそれを間一髪飛び退いて回避する。
「あっぶねえ……。おーい、そっちは大丈夫なのか?」
「あたしはイシスがいたから……でも」
フレアが視線でなにかを訴えていたので、首をそちらへ向ける。すると、視界に浜辺の砂に埋まってしまったイシスが――。
「なに遊んでんだ」
「違いますよ! 違いますからね!? フレアさんを守ろうとした結果です!」
なるほど、イシスの高い防御力によって、踏み潰されてもぺしゃんこにならなかったらしい。本当に頑丈なんだな……。
「今なら悪戯し放題……」
「ふざけてないで早くイシスを掘り起こすわよ! でないと、誰があたし達を守ってくれるってのよ!」
「あ、確かに。それはやばい!」
俺はイシスを掘り起こすべく、イシスの元へ駆け付ける。
「イシス! 今俺とフレアで助けるからな! メリル! なんとか時間を稼いでくれ!」
「分かったのだ!」
俺とフレアは早速、イシスを掘り起こす作業へと入る。
「すみません……ありがとうございます」
「礼はいらねえよ! お前に守ってもらわないと死んじゃうだろ! ほら! ほら早く! 早くそこから這い出て俺を守って!」
「本当にいらない礼でした!」
そんなこんなで埋まったイシスを救出し、なんとか体勢を立て直す。
「改めてどうっすか、こいつ……!」
「甲羅が硬すぎて……攻撃が通らないわ!」
フレアはクリスタルタートルに幾度となく攻撃を仕掛けているものの、硬い甲羅に防がれてしまっている。
「そんな馬鹿正直に、甲羅に当ててるからだ!」
「じゃあ、どこ狙えって言うのよー!」
「どこって……」
俺は再び暴れ出したクリスタルタートルの足が当たらように、その周囲を走りながら観察する。と、ここでメリルがクリスタルの頭部へ魔法を撃ち込む。
「『ファイアーボール』!」
メリルが出した複数の火球がクリスタルタートルの頭部に直撃し、爆発。すると、クリスタルタートルが怯んだように後退した。
「…………おお、そうか。甲羅が硬くても。そっから出てる足と首が硬いわけじゃない。おい! 頭だ!」
俺の叫び声が聞こえたのか、フレアは戦鎚を構えてその巨体を見上げる。
「あ、頭って言ったって……届かないんですけど」
「ふむ。ならば、足を集中攻撃して転ばせば良いのではないか?」
「さっすがメリル! それで行きましょ!」
どうやら攻めの方針が決まったようで、メンバー達は各々の役割を果たすべく動き出す。俺はというと、クリスタルタートルの様子を見ながら、攻撃を受けてうっかり死ななように駆け回るだけ。
おい、誰だ今役立たずって言った奴は。そうだよ! 役立たずだよ!
「どおおおせいっ!」
「『ファイアーボール!』!」
「……ふっ!」
フレアが攻撃し、メリルが援護し、イシスが守る。そうやって、クリスタルタートルを攻め、ついに限界に達したクリスタルタートルの足が折れてその首を下ろす。
フレアはその隙を逃さず、遅い足ながらも走り、そして――。
「ていやああああ!!」
『グオオオオ!?』
フレア渾身の一振りが、クリスタルタートルの頭部に炸裂。辺り一帯に激震が走り、あまりの衝撃によってクリスタルタートルが悶絶したような奇声を発する。
「よし! 行けるわ! はああああ――!」
フレアは追撃の手を緩めることなく、これで終わらせようとして、なぜか途中で足を止めてしまった。
「おいフレア? なにやってんだ。チャンスだろ?」
声をかけたが、フレアからの反応がない。ただ、意図的に無視をしているというよりも、なにか別のものに意識を奪われているような……?
フレアの異変に、気になったイシスとメリルがフレアの元へと駆け付ける。
「どうしたというのだフレアよ? 一体なにを見て……はっ!?」
「どうしたんですか? お二人ともなにを見て……なっ」
ミイラ取りがミイラになった。
3人ともクリスタルタートルの方を見て固まってしまっている。
俺はダメージを受けて未だ動けずにいるクリスタルタートルが、いつ動き出してもいいように警戒しつつ、3人の近くに寄る。
「ったく……! せっかくのチャンスになにやってんだ! 一体なにがあった……って、なんだあれ?」
俺も3人が見ている方向に視線を向けてみると、クリスタルタートルの下になにやら卵のようなものが……?
目を凝らして見ると、卵の殻が割れており、中身が露出していた。卵の中には、生まれたばかりの赤子が――!?
「おい、まさかあれを見て追撃をやめたんじゃないだろうな?」
「し、仕方ないじゃない! あんたはあれを見ても攻撃できるわけ!?」
フレアは魔物の赤子を指差して叫ぶ。その間、生まれたてのクリスタルタートル達は、『ピーピー』と母親のクリスタルタートルに向かって鳴いていた。
「ほら! まるで……そう! 『お母さん大丈夫?』って、母親を心配しているような鳴き声よ……! そして、母親は『大丈夫。あなた達は、私が守るからね』って顔を……! ううっ……とても攻撃なんてできないわ!」
「お前正気か」
俺は頬を引きつらせる。
こいつはもうダメだ。そうだ……メリルだ。メリルなら、こんな茶番に付き合わず、魔法をぶっ放してくれるはず!
「なあ、メリル。フレアはダメみたいだから、お前が魔法でトドメを刺せ」
「なっ……よ、余にそんな非人道的なことをやれと!? 無理だ! 余に幼い命を奪うことは……! というか、可愛い!」
「お前正気かー」
いや、正気なんだろうな。言わなくても分かる。おーけーおーけー……なるほどな。よーく分かった……。
俺は額に青筋を立てて、
「てめえ、ふざけんなよ!? いつもは俺のことなんざ気にせず、面倒ごとばっかり起こしやがるくせに! なんで魔物の赤子がやれないんだよ! 赤子なんざ気にせず、さっさとやっちまえ!」
「な、なにをする!? や、やめろおおお!? 余の外套に手を突っ込んでなにを出す気だ!」
「エクスボールくんだ。あれを魔物の赤子に投げつけてやる。あれが死ねば、お前らも心置きなく母親をやれるだろ?」
「アッシュに人の心はないのか!?」
「アッシュに人の心はないの!?」
「アッシュさんに人の心はないのですか!?」
3人が同時にそう言ったが、知ったことか! むしろ、赤子をやったことで追加報酬があるかもしれない。ウハウハだ。
「あ、ちょ……こら……暴れるんじゃねえ! エクスボールくんが取り出せないだろ!」
「待つのだアッシュよ! 考え直すのだ……!」
「そうです! あれを討伐しなくとも、害はないではありませんか!」
「馬鹿め! あれが野に放たれて成長したら、被害を受ける人が必ずどこかに出るんだよ! お前ら、魔物に情けなんざ正気かよ!」
俺は暴れるメリルの外套からエクスボールくんを取り出すと、それを魔物の赤子に投げ飛ばした!




