一六話
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ギルドまで重い荷物を何とか運んできた。
もう日没ということもあってか、ギルドの酒場にはクエスト帰りの冒険者達が酒盛りをしているのが見える。
あいつらも、きっと今頃楽しんでいるんだろうなあ……うんうん。
俺は足先を受付のミリィさんへと向ける。営業時間が終わったからか、受付嬢の方々は、各々資料整理などをしていた。
「お疲れっす。ミリィさん」
「あ、アッシュさん! こんばんは。今日はクエストを受けてませんよね? 何をしていたんです?」
「ああー、まあくだらないことを」
「はあ……? くだらないこと……ですか」
俺は今日あった出来事を、適当に掻い摘みながらミリィさんに話した。すると、ミリィさんは苦笑を浮かべる。
「もう……相変わらずですね」
「いやーもう本当に。あいつらは子供で困りますわー」
「相変わらずなのはアッシュさんのことですよー」
「それは心外っす。俺があいつらと同じレベルなわけがない!」
「アッシュさんの方がレベル低いですもんね?」
「…………」
いや、そりゃあ事実ではあるんですけど……。そういう意味じゃないんですよ。ええ、そういえ意味じゃないんですよ!
俺が反論できないのを分かっているのか、ミリィさんは可笑しそうに笑っている。俺はふと、今まで気になっていたことを尋ねることにした。
「そういえば、前々から気になってたんすけど。何で、メリルをそんなに気にかけてんすか?」
「え? そ、そう見えますか……?」
「そりゃあもう。俺みたいなダメ人間をパーティーに組ませるとか、頭とち狂ってんのかと思いましたけど」
「すごく酷いことを言われてる……!?」
愕然とするミリィさんを他所に、俺は続けた。
「どうしてかは知りませんけど、ミリィさんはメリルのことを無駄に高く評価してますよね? あのアンポンタンを、どうしてそんなに高く評価してんのか気になるんすよ」
メリルはステータスや潜在能力だけ見れば、なるほど、目を見張るものがある。しかし、中身があれだからなあ……。何かと言えば、「大発明!」とか抜かして未知の発明品を平気で使って、俺に迷惑をかけて来やがる。一体、何度俺があいつの尻拭いをしたことか……。
「ええっと……。あまり話すのはその……守秘義務がありまして」
「つまり、それってメリルのプライベートに関わることなんすね」
「の、ノーコメントで……」
目が泳いでいる。嘘がお下手なようだ。
「まあ、話せないなら無理には聞きませんよ。ちょっとだけ、パーティーメンバーのことが聞きたくなっただけなんで」
「……アッシュさん。意外と、『アルティメットワン』が気に入っていらっしゃるんですか? 普段、ギルドでは面倒臭いだの愚痴っていたのに……」
「面倒臭いのは本当っすよ? でも、クエストの時、魔物から守ってくれるタンクもいますし、自ら進んで敵と戦いに行くアタッカーとサポーターがいるんで。俺は楽でいいパーティーっすね」
「……あ、アッシュさん」
おや? ミリィさんが俺を蔑んだ目で見ているような気が……いや、気のせいだよね?
ミリィさんは呆れた溜息を吐いて、
「はあ……でも、メリルさんが楽しそうでよかったです。最初は、人選を間違えたかなと心配しましたけど。結果良ければ全て良しです」
「まあ、俺のおかげっすね?」
「どの口が言ってるんです?」
おっと、ミリィさんが俺に軽蔑の眼差しを向けてきている。ちょっと、自重しよう……。
と、そんな時だった。ギルドの出入り口が開き、3人ほど受付に向かって直進してきた。見ると、かなり高価な武装で身を固めており、高レベルの冒険者であるのが伺えた。
3人のうち、先頭に立って歩いて男は俺の方までズカズカと来ると――。
「どけ!」
「ちょ……」
男が俺を押し退けようとしてきたので、反射的に避けた。しかし、男はどうでもいいようで、そのまま俺を無視してミリィさんに近寄り、声をかけた。
「おい、ここのギルドの受付だろ? 女を探してる」
「ええっと……娼婦がご希望でしたらお帰りを。ここはギルドですので……」
「ぶっ」
「あ!?」
ミリィさんの素早い切り返しに、詰め寄った男の後ろにいた冒険者が吹いた。それで男は更に機嫌を悪くさせる。
「娼婦じゃねえ! 俺が探してんのは冒険者の女だ! 長い金髪で……フルプレートアーマーの格好をした奴だ」
「ええっと……それだけでは何とも。クラスはどのような?」
「ソードマスターだ。ちなみに、名前はフレデリカだ」
「ソードマスターのフレデリカさんって……。い、いえ! この街のギルドには在籍されていません! というか、ありえません!」
「ちっ……ここらで目撃情報があったはずだったんだがな。また外れかよ、クソがっ」
男は苛立っており、八つ当たりするように受付カウンターを蹴った。その音にミリィさんが肩を震えさせる。
しっかし、格好がフレアに似てるから、もしかしたらと考えたが――名前もクラスも違うから別人だな、うん。あいつ、ソードマスターじゃなくて、ウォーリアーだし。
男はパーティーメンバーだろうと思われる他の2人に宥められながら、ギルドを後にしていった。
男がいなくなり、安堵の息を吐いたミリィさんに、
「大丈夫っすか?」
「ええ……まあ。クレーム対応も業務の内なので、ああいうのは慣れてます……」
「そうなんすかー。あ、そういえばそのソードマスターのフレデリカって人、ミリィさんは知ってるっぽい感じでしたけど。どんな人なんすか?」
尋ねると、ミリィさんは苦笑を浮かべる。
「冒険者なら知らない者はいないと言われるくらい、有名な方なんですけど……まあ、アッシュさんですもんね」
なんか納得されてしまった。釈然としない……。
「ソードマスターのフレデリカさんと言えば、国内最強の冒険者と名高い、凄腕の冒険者なんです。金色に靡く長い髪や誰もが羨む美貌……。何よりも、彼女が最強たる所以は、彼女が聖剣使いだということです。私も実際に見たことはないんですけど……」
「聖剣使い?」
「はい。これはさすがに聞いたことがあるのでは? 聖剣エクスカリバー」
「いえ、全然聞いたことないんですけど」
「…………」
ミリィさんが呆れた眼差しを俺にとって向けてくる。最近呆れられてばかりだなあ……。
「いやあ、ほら。俺って教養ないし。仕方ないっすよね〜?」
「はあ……まあ、いいですけど。エクスカリバーは、神造兵器と呼ばれています。かの剣に斬れない物質は存在せず、またその鞘を保持する者は一切の怪我を負わず、病気を患うことがなくなる――不死身となる。と、されています」
「それ、フレデリカってのがすごいっていうか……。剣がすごいだけなんじゃ……?」
「聖剣は選ばれた人にしか使えないんです。聖剣に選ばれるって、それ自体がすごいことなんですよ?」
「へえ」
何だよ。俺も聖剣に選ばれたいなあ……。それ一本で、クエスト楽勝じゃん。もはや、人生イージーモードじゃん。
俺もエクスなんたらが欲しいなあと、くだらないことを考えていると、再びギルドの扉が開かれた。
今度は誰だと振り返って確認する。ギルドの門口から入ってきたのは、純白の修道服に身を包んだ長身の美女であった。ギルドの男達は、すぐに殺気立ち、我先にて声をかけようと近寄るのだが……。ふと、何かに気付いたように顔を青くさせて酒場へと戻っていってしまった。
どうしたんだ?
「ああ、もし? 申し訳ありませんが、変わっていただけますでしょうか?」
「え、ああ。はい、どうぞー」
「感謝致します」
整った鼻立ちと、フレアに比べたら少し薄めな長い金髪。いや、そんな顔よりも俺としては、聖職者にあるまじき圧倒的存在感の胸に興味があるな……。あれ、何カップあるんだ?
「……受付の方でいらっしゃいます?」
「え、あ、はい! こちらはギルドの受付カウンターです……。ど、どういったご用件でしょうか……?」
ミリィさんは、目の前に立つ人物が放つ、いかにもな雰囲気に若干気圧されながらも、仕事は真っ当しようとしていた。
美女は緊張しているミリィを気遣ってか、少しだけ笑みを零す。
「ふふ……そう、緊張なさらないでくださいまし。わたくし、少々お伺いしたいことがあってこちらへ来たのです」
「は、はい……どういったことでしょうか?」
「こちらにイシスという名の神官は在籍していらっしゃいます?」
「あ、その方でしたら……」
と、ミリィさんが俺に目を向けてくる。それを追ってか、美女の目も俺に向けられる。碧眼の双眸と目が合い、俺は少しだけ緊張してしまう。
美女は碧眼の双眸を細める。
「あら……イシスとはどういったご関係でして?」
「ただの冒険者仲間ですが」
「あら、あら? そうなのですか……。これは失礼を。そう……あの子の仲間……。ふふ……自己紹介が、まだでした。わたくし、究極教で大司教を務めています。ブローディアと申します」
「はあ……こりゃあご丁寧にどうもっす。俺は冒険者のアッシュでーす。よろしくっす」
「ちょっとアッシュさん! あ、ブローディア様……少々アッシュさんをお借り致しますね……?」
「……? ええ、どうぞ?」
ミリィさんはブローディアという美女に一言断りを入れてから、俺の耳を引っ張ってギルドの端へと無理矢理に連れてくる。
「ちょ……い、痛いっす!? 何するんですか! 耳とれるかと思いましたわ!」
「何してるのか聞きたいのは私の方なんですけど!? 大司教様って名乗っていらっしゃったじゃないですか!?」
「……それが何か?」
「何かじゃないですよ!? 国教の大司教様って……めちゃくちゃ偉いんですからね!? 特に、ブローディア様に関しては……元は凄腕の冒険者だったお方。ギルドの本部も頭が上がらないようなお方なんですよ……?」
「へえ」
「へえ……じゃない! 態度を改めてビシッとしてください! 何か粗相があれば、最悪死刑もあり得るんですから!」
「了解です! しっかりとさせていただきやす!」
「本当に大丈夫なんですか……?」
そんな疑わしい目で見られても……。まあ、自分なりに精一杯やらせてもらいます……。
俺とミリィさんはブローディアさんのところへと戻る。
「あら、お話は終わったのでしょうか……?」
「ええ、終わりました。ええっと……それで、俺……じゃない。私のパーティーに在籍しているイシスに、大司教様が護衛も付けず、荒くれ者の溜まり場にどういったご用件でしょうか?」
言い終えた後、ミリィさんを一瞥すると呆けていた。
一応、こんな感じで大丈夫っぽい。いつもミリィさんが冒険者とかに対する対応とか、言葉遣いを見てたからな! 見様見真似だけど、ちゃんと出来てるみたいだ!
ブローディアさんは、俺の問いに対して薄く笑みを浮かべる。
「いえ……特別な理由は。少し、様子が気になったのです。それに、護衛はいますわ。外に待たせています……ほら、あまりギルドに大勢で押し掛けてもご迷惑でしょう? それに、わたくしも元とは言え、その荒くれ者でしたから」
「それもそうでしたね。これは失礼を」
「いえ、いえ……。それにしても、イシスがパーティー……。あの子は、元気にしていますか?」
「それはもう。困るくらいに」
態とらしく肩を竦めてみると、ブローディアさんはクスクスと笑った。
「そうですか……それが聞けて何よりです。本当は、会って話でもしたかったのですが、これから寄るところもありますので……。それでは、アッシュ様、ミリィ様……本日はこれで失礼しますわ」
「ええ、大司教様とお話できて大変光栄でした」
俺がそう言って頭を垂れると、ミリィさんもハッとなって同じように頭を垂れた。暫くして、ブローディアさんが帰ると、ミリィさんが息を吐いた。
「ふああ……今日は何だか疲れました」
「そっすね。何か、俺も疲れましたわー」
「ええ、本当に……。というか、アッシュさんやればできるじゃないですか! 普段からああしてれば……はあ」
ちょっと? いくらミリィさんでも、そのダメな奴に対する溜息をされると傷付くんですけど……。
とりあえず、今日は俺も荷物持ちやら何ならで疲れたので、女のマッスル亭でさっさと休むことにした。




