一二話
※
「ひいいい!?」
「下がってくださいアッシュさん!」
ガキンッ!
イシスが小楯と大楯を用いて、スケルトンの攻撃を受けると、硬質な音が地下水道に響き渡る。
俺はイシスの背後に身を隠し、
「ナーイスで〜す! マジ助かりまっす!」
「真面目に戦う気がないのですか!?」
と、イシスは俺を背に守りながらスケルトンの攻撃を受けてくれている。
何だかんだ言いながら優しいイシスは、俺をとても甘やかしてくれる。胸が断崖絶壁ということ以外、イシスにはこれと言った欠点がないよなあ……。本当に、胸があればなあ……。
「はあ……」
「その溜息は何ですか!? 何なのですか!? どこを見ているのですか!? いいでしょう! いいでしょうとも! 喧嘩なら買いますよ!?」
「ちょ……聖職者がそういうこと言っちゃダメでしょ?」
「アッシュさんは冒険者として失格だと思いますけど!?」
などと言いながら、やっぱり俺を守ってくれるイシスさんマジ神。思わず惚れそうになるレベル。将来、俺を甘やかして養ってくれるような女性と結婚したい。
「よーし、イシスよ。その調子であるぞ〜」
ふと、俺の背後からメリルがそんな言葉をイシスに投げた。尻目に見ると、メリルも俺と同じように、イシスに守ってもらえる位置で身を縮こまらせていた。
「おい、お前攻撃魔法が使えるんだから戦えよ」
「いやあ……ちょっと……。呪文を唱える時に、この地下水道の臭いが……」
それは我慢しろよ……このアンポンタン。
傍目から俺達の様子を伺っていたらしいフレアは、見兼ねた表情で、
「仕方ないわねえ! ここはあたしの出番ね!」
言って、どこから取り出したのか戦鎚を両手に握っていた。大きな戦鎚は、易々と人を潰せるほどの直径で、常人の筋力では持ち上げることすらできないだろう。
フレアはそれを両手で持ち上げて――。
「どらっしゃああああ!」
変な掛け声と共に、勢いよくスケルトンに向かって戦鎚を振り下ろした……のだが、あまりにも速度が遅かった。スケルトンはいとも容易くフレアの攻撃を躱す。
戦鎚はそのままの勢いで地面に叩きつけられ、一瞬地面が揺れたかと思うほどの衝撃を走らせる。
フレアは振り下ろした戦鎚を、「どっこしょ……」などと呟やきながら重そうに持ち上げた。
「おっそ……あれ、絶対装備する武器間違いちゃってるだろ」
「そ、そうですね……。しかし、威力は相当なものでしょう。地面が陥没してます……」
確かに、当たれば一撃だろうが、いかんせん遅すぎる。敏捷に極振りしている俺には、少なくても一生当たらないだろう。
「戦鎚は、全武器の中で最大の破壊力を持つが、敏捷パラメーターに下方補正が入るからの。故に遅いのだろうな」
「へえ」
メリルの解説は、まあどうでもいいとして。俺は適当に相槌を打ちつつ、
「しかし、どうするよ? フレアの攻撃も当たらないし、このままイシスに守ってもらってたらジリ貧だ。メリルが魔法を使えば解決なんだがな」
「いやいや、アッシュが戦えば何とかなるでろう?」
「いやいや、お前俺のステータス知ってるだろ? スケルトンにはどうやっても勝てねえ」
「いやいや」
「いやいや」
と、俺とメリルで譲り合っていたらイシスがとうとう業を煮やしたようで、
「もういい加減にしてください! 怒りますよ!?」
「「す、すみません……! 真面目に戦うから怒らないで!」」
俺とメリルは息を合わせてイシスの陰から飛び出す。
スケルトン達は俺達を取り囲んでおり、イシスの防御で何とか凌いでいる状況だ。フレアを一瞥してみたが、相変わらず遅すぎて攻撃が当たっていない。
「よーし、メリル! あのポンコツ冒険者は当てにならない! 俺達で切り抜けるぞ!」
「フハハ! 腕が鳴るではないか! 我らは仮にも未開の地エナトンから生還した冒険者……この程度! ピンチでもないわ! フハハハげほっ!?」
「…………」
メリルが咽せたことに関しては、もはや何も言うまい。
俺は、「誰がポンコツよ!」と抗議してきたフレアを無視し、爪先で地面を叩く。
ゴツゴツとした石の感触、湿気からか苔の生えた地面は若干滑りやすい。とはいえ、これなら走れる。
俺は軽くジャンプして――地面を蹴る。そして、スケルトンの間隙を縫うように駆け回り、再び元の位置で止まった。次の瞬間、スケルトン達は各々の持っていた武器を地面へと落とした。
「ぬお!? アッシュよ! 何だ今のは!?」
「は、速すぎて見えませんでした……!」
「……っ!」
メリル、イシス、フレアがそれぞれ驚愕の表情を浮かべている。俺はここぞとばかりに決めポーズを作りながら。
「クックック……。これぞ、我が秘奥義! えーっと……『武器落とし』だ!」
即興で考えたせいで、ちょっとダサい名前になったが……まあいい。イシスとフレアは呆れた様子だが、こういう演出が好きそうなメリルは目を輝かせて。
「うむ! ネーミングセンスはゴミ以下だが、悪くない!」
「おい、ゴミ以下は酷くないか……?」
「秘奥義! 秘奥義……うむ、うむ。中々、良い響きよなあ〜」
無視かよ……。俺は苦虫を噛み潰した顔を作る。と、突然武器を落として混乱していたスケルトン達が、落とした武器を普通に拾い出したので、イシスとフレアが俺に半眼を向けてきた。
「落としても普通に拾われたら意味ないじゃないですか……」
「本当ねー。何が秘奥義よ。痛い奴!」
「ばっ……痛くねえし!? つーか、意味なくねえよ! 武器を拾ってる間、隙ができるだろうが!」
「……あ! そういうことね!」
俺の言葉で気が付いたのか、フレアが嬉々とした様子で武器を構える。それを見て、イシスも気が付いた。
「……あ。なるほど、フレアさんの攻撃が遅くて当たらないなら、相手がフレアさんの攻撃を避けないように隙を作ればいいわけですね?」
「まあ、そういうことだな」
何ともまあ、他力本願なことだが……。フレアの攻撃は、「当たれば」非常に強力なのは見て取れた。うちのパーティーで攻撃ができるのは、魔法攻撃力に直接関わる知力のパラメーターに極振りしているメリルのみ。俺とイシスは、それぞれ敏捷と防御力に極振りしている関係上、攻撃力に乏しい。なら、他人に頼るしかないわけだ。
「どおおおっせえええい!!」
フレアは、およそ女の子らしいとは言えない掛け声で、戦鎚を横薙ぎに振るってスケルトン達を一掃。やはり、一撃の破壊力が凄まじく、たったの一振りで半数以上のスケルトンがバラバラの骨になっていく。
これが普通の人間か、知恵のある魔物であれば、武器を拾わず避けただろうが。
「よーし、当たるわ! 私の当たらない攻撃が当たるわ!」
「あいつ、自分で言っちゃってるよ……」
やっぱり、普段から攻撃が当たらないんだなと、俺は呆れた目をフレアに向ける。
だから、シタギドロトカゲの巣を見つけても一人で行かなかったわけか。攻撃が当たらないんじゃ、討伐できないんもんな……。
暫くして、フレアによって駆逐されたスケルトン達の亡骸だけが、この地下水道に残った。
※
スケルトン達を一掃した後、ギルドに戻って報告したら特別報酬が支払われた。
「まさか街の地下水道にアンデッドが湧いているとは……ありがとうございました。『アルティメットワン』のみなさん!」
と、ミリィさんにお礼を言われた。
どうやら始まりの街の危機を未然に防いだということで、ギルドから報酬が出たようだ。後日、ギルドが地下水道の調査をしっかりと行い、アンデッドが湧いた原因を究明するとのこと。
「てか、地下水道にアンデッドが湧いてるとやばいのか?」
俺はギルドの酒場で酒を飲みながら、今日の冒険を共にしたパーティーメンバーに尋ねる。
「そうですね……。あれだけのスケルトンが、もし地上に上がって街の人達を襲っていたら大惨事でしたから」
「そう考えたら、あたし達って英雄よね! 街を救った英雄よね!?」
「うむ……英雄という響きは悪くない!」
「でしょ!?」
おっと、アンポンタンとポンコツが同調している。
ふと、イシスと目が合う。俺が適当に苦笑を浮かべると、イシスも苦笑した。
まあ、この後メリルが何と言うのかは、この中で一番付き合いの長い俺が分からないはずがない。
「フレアよ! 貴様、我がパーティー『アルティメットワン』に入らないか?」
「え?」
やっぱり、勧誘すると思った。
フレアは目をパチクリと瞬きさせる。
「何だ? 余はそこまで難しいことは言っていないはずだが……」
「や、やあー意味が分からないとかじゃなくてね!? その……だって、見たでしょ? あたし、攻撃が当たらないのよ……? どうして勧誘してくれるのよ。前のパーティーは、愛想を尽かされて追い出されちゃったし……」
そりゃあそうだろうよ……。
だが、うちのパーティーリーダーは、そんなことで決めちゃいないんだよな。残念ながら。
「フハハ! 攻撃が当たらない? 結構! 我がパーティーには、硬いのと速いのと天才がいるが、アタッカーはおらんからな。丁度、頼れるアタッカーを探しておったのだ!」
俺とイシスは略され方に不満を抱きながらも、特に何も言わなかった。
フレアは少し目を泳がせる。
「……えっと、でも、その……。実は、あたし、攻撃力極振りなの! 正直、ステータスだって攻撃力以外は軒並み低いし……。だから、あたしの成長とか期待してるなら意味ないって言うか……」
「構わん! むしろ、歓迎だ!」
「え」
フレアは突然、自分の手を取ってきたメリルに驚いた様子だ。ふと、フレアが俺とイシスに視線を向けてきたので、俺は軽く手を上げて。
「ああ、ちなみに、俺は敏捷極振りだな」
「あ、私は防御力極振りですね」
「フハハ! どうだ? まさにフレアにピッタリとパーティーであろう? ちなみに、余は知力極振りである!」
「極振り……ぷっ」
フレアは何が可笑しいのか、吹き出した。
「ぷふ……あはは! あんたら馬鹿じゃないの? 全員揃って極振りって……何? 狙ってるの?」
「いんや、偶々なんだよなあ……」
「すっごい確率ね?」
「そうですね……」
まあ、類は友を呼ぶって奴かもしれない。極振り野郎のところには、極振り野郎が集まるようになっているのだろう。多分。知らんけど。
暫くフレアは笑い続け、少しだけ目尻に涙を溜めていた。それが笑いすぎて出てきたものだと分かり、どんだけ笑ってんだと半眼を向ける。
フレアは目尻の涙を指先で撫でるように拭いながら。
「ぷふ……ええ、いいでしょう! この頼れるアタッカーであるあたしが! 頼りないあんたらのパーティーに入ってやろうじゃないの!」
「おお……フレア! これからよろしく頼むぞ!」
「私からも。これからよろしくお願いします。フレアさん」
「ええ! 改めてこのフレア! 『アルティメットワン』に入るわ! これからよろしくね!」
俺はキャッキャと新しいメンバーの加入に喜ぶ仲間達を、蚊帳の外から眺める。
何かあれだな、こうして見るとうちのパーティーって美人揃いだな。見た目だけだけど。
こうして『アルティメットワン』にアタッカーが加わった。




