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一一話



 フレアに連れ来られたのは、街の地下水道に続く排水溝だった。地下水道を点検するためか、落とし戸となっているそこには梯子があり、下へ降りられるようになっている。


「ここから地下水道に行くわよ!」

「えー、ちょっと、余的に臭い所はのお……」

「何今更なこと言ってんだ、お前。ビッグスカンクに比べたらマシだろ」


 俺はメリルが馬鹿なことを抜かしたので、先日戦った(?)ビッグスカンクの屁の臭いを思い出させる。

 すると、メリルはあからさまに顔を顰めた。


「むう……。まあ、仕方あるまい! いざとなれば、余が発明したアイテムで消臭できるからな!」

「へえ? どんなアイテムなんだ?」

「よくぞ聞いてくれた! ビッグスカンクのクエスト以降、あんな臭いのは懲り懲りだと思い、いつもと違って、ガチ本気で作った新作である!」

「ガチ本気って、それ同じこと言って……今お前何て言った?」


 ちょっと聞き捨てならない発言に、思わず尋ねる。しかし、メリルはそれを無視。いつもの如く外套を翻して、そのアイテムを手にする。俺はそこで、一つ気になっていたことを尋ねた。


「なあ、その外套ってどんな作りしてんだ?」

「ふっ……これは余が作ったアイテム――ではないな。アイテムではなく、服……いや、装備であるな! 雑嚢鞄はなにかと邪魔になるのでな。外套に細工をしたのだ。構造は、小難しいゆえ説明は省くが。この外套は、亜空間を通じて余の店に繋がっているのだ」

「お前の店?」

「うむ。余の店の物置部屋である」

「へえ」


 俺もメリルの店に居候してから時間が経っているので、物置部屋の位置は把握している。俺が物置部屋の場所を思い出していると、メリルは「そんなことよりだ!」と声を大にして続ける。


「これが余の自信作――消臭ポーションEXである! 嫌なビッグスカンクの臭いでも、トイレの臭いでも、何でも綺麗さっぱり消臭アンド除菌してくれるすごいポーションなのだ!」

「へえ! それは良いわね!」

「そうですね。冒険の長旅で身体を清められない時などには重宝したいです」


 中々、女性陣から受けの良い商品みたいだ。

 やっぱり、体臭とかって気になるものなのかね。女の子は。

 消臭ポーションで盛り上がる女性陣を内輪の外で眺めながら水を差すように、


「で、どんなデメリットがあるんだ?」

「…………」


 案の定、都合が悪くなったメリルは口を噤んだ。

 だよなあ。お前がまともなアイテムなんか作れるわけないよなあ。

 メリルはそっと俺達から目を逸らして、


「…………いや、まあ、何だ? あんまりにも本気で作ってしまった故か、除菌効果が強すぎてな! 人体に必要な菌も丸ごと除菌してしまうのだ!」


 やっぱり、ダメじゃねえか。

 俺も含め、フレアとイシスも呆れた目でメリルを見つめる。メリルは相変わらず、下手くそな口笛で誤魔化した。

 そんなこんなで、俺達は落とし戸の梯子から地下水道へと降りる。

 地下水道に流れている水は下水。生活の際に生じた汚い水だ。臭いも強く、絶対に触れたくはない。というか、早く帰りたい……。


「なあ、もう帰らないか?」

「アッシュさん……心折れるの早くないですか」

「鼻摘んで言われてもなあ……」


 イシスはやはり臭いがキツイのか、修道服の袖で鼻を覆って、顔を顰めている。余程、不快らしい。


「何よ、情けないわねー。これくらい冒険者なら我慢しなさいよ!」

「その通り! 全く貴様ら! 恥ずかしくないのか?」

「おい、そう言うならその鼻栓を取れ。話はそれから聞いてやる!」

「や、やめろおおお!? 余のプリティな顔を潰すでないわ!」


 メリルの頬を手で挟み、無理矢理鼻栓を取っ払おうとして、メリルが予想外の抵抗を見せてきた。そうして、メリルと取っ組み合いをしていると。


「ぷふ……あはは、あははは! あんたら、変な奴らね!」

「お前に言われたくねえ!」


 突然、こっちを指差し、腹を抱えて笑い出したフレアに抗議を入れる。フレアは何が面白かったのか、小さく笑っている。


「ぷふ……いやーごめん、ごめん。何て言うか、普通の冒険者とは、あんた達違ったからさ。何か、可笑しくなっちゃった」

「はあ? 意味が分からないんだが……」

「フハハハハ! 我らが普通の冒険者と違うのは当然のことよ……」


 あー、面倒臭い奴だぞこれ。

 メリルの横でげんなりとした俺に、イシスが苦笑を浮かべる。それに気付かず、フレアとメリルはそっちで盛り上がり出す。


「フハハハ! 何故なら、我らは『アルティメットワン』であるからな!」

「『アルティメットワン』……? 何よ、それ?」

「私達のパーティー名です」


 イシスが問いに答えると、フレアは「へえ」と興味深そうに相槌を打った。


「聞いたことない名前ね?」

「最近出来たからな! しかーし! 我らの名は、いずれ全世界に知れ渡ることとなるであろう……。フハ、フハハハハげほ!?」


 メリルが高笑いをして咽せた。いつも通りだ。

 イシスが心配してメリルに近寄り、背中を摩る。俺はそれを傍目に口を開く。


「……んじゃ、こんなところで油を売るのは、ちと臭すぎるし、さっさと案内頼むわ」

「ええ、任せなさい!」


 俺達は改めて、フレアに続いてシタギドロトカゲの巣へと歩を進める――。

 暫く地下水道をフレアの後に付いて歩いていると、少し開けた空間に出た。そこで、フレアが俺達を手で制す。


「待って……。おかしいわね。確か、この辺だったはずなんだけど……」

「何だ? 間違えたのか? おっちょこちょいめ」

「決め付けて馬鹿にしないでくれる!? ちっがうわよ! 確かにここなのよ!」


 フレアがそう言うので、俺は怪訝な表情を浮かべつつ、ランタンの灯りを周囲に向けて確認してみる。すると、フレアの言う通り、シタギドロトカゲがいたであろう痕跡があった。


「あそこに女性物の下着があるな」

「あ、本当ですね……。では、ここが魔物の巣ということでしょうか?」

「うむ、それで間違いないであろうが……。やけに静かな気がするな?」

「あれじゃないか? メリルがいつもより大人しいからじゃないか?」

「何おう!?」


 怒ったメリルだったが、叫んだ拍子に悪臭を吸ったようで顰めっ面になっている。なるほど、どうりで静かなわけだ。

 フレアは下着が積み重なっているところまで駆け寄り、それらを掻き分けると。


「あ! あった〜! よかった〜……」


 フレアは探し物を見つけたようで、安堵の息を漏らす。


「見つけられたよかったですね。フレアさん」

「うむ、見つけたなら早く出ようぞ!」

「ええ! 苦労かけたわね!」


 全くだ、と俺は肩を竦めた。

 フレアは立ち上がり、こちらに向かって来ようと――不意に俺は悪寒を感じ、目を凝らしてフレアの背後に目を向ける。

 微かにだが、フレアの背後で赤い瞳が光った!

 魔物か!?


「フレア!」

「へ? わあ!?」


 俺はフレアに飛び付き、押し倒す。次の瞬間、先ほどフレアの頭があった場所に鎌のような刃物が通り過ぎた。同時に、暗がりから鎌を持った骸骨人間――スケルトンが姿を現わす。


「あ、アンデッドではないか!」

「こんなところにどうして……!」


 スケルトンの登場に、メリルとイシスが戦闘態勢へ入る。一方、俺とフレアだが……。


「ええっと……助けてもらってあれなんだけど、あんた何やってんのよ。どさくさに紛れて……」

「…………てへ」


 俺はフレアの鎧の下に手を滑り込ませて胸を揉みながら、舌を出して誤魔化してみた。いや、あれです。不可抗力です。仕方のないことなんです……。


『グギギ!』

「うおっ!?」


 と、そんなことをしているとどこから現れたのか、再びスケルトンが出てきて俺に斬りかかってくる。それを間一髪、イシスが間に割り込んで大楯で防いでくれた。


「ちょ……こんな時に何をやっているのですか! やっぱり胸なのですか!? 男の人は胸なのですか! アッシュさん!」

「イシスの方こそ時と場合を考えるのだ! 胸のことは後回しにせよ!  貴様の胸がないことなど、どうでもよいわ! そんなことよりこやつら、どんどん増えておるぞ!」

「…………ぐすん」


 メリル……そう言ってやるなよ。イシスが泣いてるぞ……。

 俺とフレアは体を起こしながら、周囲を確認。メリルの言う通り、次々にスケルトンが湧いて出てきている。


「よし、これだけいるならば、余が対アンデッド用に作ったアイテムを使って一網打尽にしてやるわ!」

「ちょ……やめろメリル! お前の方こそ時と場合を考えろ! てめえのポンコツアイテム使って状況が悪化したらどうするつもりだ! このアンポンタン!」

「な、何おう!?」


 そうこう言い合っていると、スケルトンが再び俺に鎌を振るってきたので、身を屈めて攻撃を回避する。

 あーもう! 仕方ねえなあ!


 戦闘開始!


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