第2話 東堂かなめ
※可愛い絵文字を使おうとしたら使えないみたいなので、顔文字で代用してます
メッセージを受信した端末は早く見ろと言わんばかりにランプを明滅させている。
少年はもう一度大きく溜息をつくと、不慣れな手付きでメッセージアプリを起動する。
-------------------------------------------
発言者:かなめ
あけおめー٩(๑´0`๑)۶
今年もよろしくね~恭太郎=3
-------------------------------------------
少年を恭太郎と呼ぶこの人物は、近所に住む幼馴染の東堂かなめだ。
他者との繋がりがごく薄味な恭太郎にとって、かなめは唯一定期的に連絡を取り合っている貴重な存在である。
恭太郎からアクセスすることは稀だが、かなめからは毎度こんな感じでメッセージが送られてくる。
まあ、だからと言って特に親しい間柄という感じでもなく、小学校の頃からずっと同じ学校に通っているだけで、二人きりの時以外で声を掛けられた記憶はない。
-------------------------------------------
発言者:かなめ
こっちは時差があるから先に新年迎えちゃったよ〜(*´ワ`*)
時間的にそっちも明けてるよね?
-------------------------------------------
メッセージに続けて「南国の海岸」と思しき写真が送られてきた。
灼熱に輝く太陽、青く澄んだ空と海、どこまでも続く白い砂浜、色とりどりの動植物。
まさに地上の楽園という言葉が似合いそうな場所だった。
根暗な恭太郎がこんな場所に行ったら、きっと一瞬で蒸発してしまうだろう。
-------------------------------------------
発言者:あなた
いい天気だね。
-------------------------------------------
───我ながら何の面白みもないコメントだなと思う。
しかし、こういう内容になってしまうのも仕方がない。
恭太郎は普段から他人とほとんど交流を持たないため、コミュ力という現代人には必須のスキルを著しく欠いている。
普通の人間が普通にやっている友達付き合いというものを全く知らないのだ。
しかもこういう端末の操作が取り分けて苦手なため、この短文を入力するのですら5分近くかかっている。
数年前に比べれば直感的な入力ができるようになったと言われている現在の端末だが、それはそういうものが得意な人間からすればの話で、苦手な人間にとっては全くもって意味のない進歩である。
ぴろーん♪
かなめから続けざまにメッセージが届く。
自分のような人間からすれば驚異的とも言えるスピードで。
-------------------------------------------
発言者:かなめ
うん(>w<)こっちはすっごくいいお天気だったよ~♪
恭太郎も来年は一緒においでよ
パパもママも連れてきなさいだって
-------------------------------------------
赤の他人である恭太郎を家族旅行に連れてこいとは、流石かなめの両親である。
金持ちの基準でそう気安く誘われても、そんじょそこらの一般庶民が簡単に海外旅行になどついていける訳がない。
しかもこれはよくある社交辞令や冗談の類ではない、本気で誘っているのだ。
かなめの家庭はかなり裕福なこともあって、普通の感覚であれば絶対にやらないようなことでも平気で実行してしまう。
それも「好意」という、ただそれだけの理由で。
まだ小学校に入りたての頃、これと同じような感じで「恭太郎くんのお誕生日会をやりましょう」と誘われたことがある。
その時は「お菓子でもくれるのかな」程度の軽い気持ちで遊びに行ったのだが、そこで開かれたのは、まるでおとぎ話に出てくる舞踏会のようなパーティーで、あまりに壮大な出来事に頭がオーバーフローしてしまった思い出がある。
それ以来、なるべく遠慮するようにはしていたが、上手い言い訳が思いつかず断るに断れないことも多々あった。
こういう家庭で育ったためか、かなめは良くも悪くも他人との間に壁を作らないタイプで、別の言い方をすれば遠慮を知らない人間である。
恭太郎のように日の当たらない場所で慎ましく生きていたい存在にとっては、ずけずけと自分の領土に侵攻してくるかなめを疎ましく思っている人間も多いだろうが、皆いつの間にか受け入れてしまったような形になってしまっている。
学校でもかなめと知り合いになっていない人間の方が少ないのではないだろうか。
そういえば、何がきっかけでかなめとこういうやり取りをする間柄になったのか、あまり鮮明に覚えていない。
ふと、そんなことを思いながら、送信ボタンを押す。
-------------------------------------------
発言者:あなた
そうだね。都合がよければ。
-------------------------------------------
どう取られても影響がないよう、中途半端なコメントを返して端末を置く。
恭太郎にとって他人との交流は、河原で延々と石を積み続けるような苦行と大差ない。
むしろそっち方が単純で何も考えなくていい分、気楽かもしれない。
どこまで話を積めば終わるのか、いまいちゴールのわからない会話は本当に苦手だ。
ぴろーん♪
息をつく暇もなく押し寄せてくるメッセージの波に、うんざりとした表情で再び端末を手に取る。
心なしか端末の重さも積み上げられた石のように重く感じる。
-------------------------------------------
発言者:かなめ
みてみて、今年はちょっと可愛い水着にしちゃった(*^-^*)
変じゃないかな?(;-;)
-------------------------------------------
次に送られてきた画像は、先程の風景をバックに撮影されたかなめの写真だった。
上は現地で買ったと思われるユニークなプリントTシャツ+七分袖のパーカー。
下は爽やかな水色をベースにした可愛らしいパレオ。
頭に麦わら帽子を被り、足には落ち着いた色合いのストラップサンダルを履いている。
Tシャツの裾を結んでいるため、お腹の辺りから健康的な白い肌が覗いていた。
まるで少年誌のトップを飾る清純派アイドルのグラビア写真である。
可愛いかと問われれば、多分ほとんどの人が可愛いと答えるだろうと思う。
───だが、こいつは何故こんな格好をしているのか。
頭の中にインプットされている記憶を引き出し、写真の情報と照合する。
恭太郎が記憶が正しければ、東堂かなめは間違いなく「男」のはずである。
ぴろーん♪
-------------------------------------------
発言者:かなめ
なーんてね(๑´ڡ`๑)ちょっとママの服を借りただけだよ
ドキドキしちゃった?(*^-^*)
-------------------------------------------
余程自分の容姿に自身があるのか、時折かなめはこういう人を戸惑わせるような悪ふざけを仕掛けてくる。
そういえば去年の文化祭でも女子にフリフリのメイド服を着せられて、周囲から黄色い声援を浴びていたのを見たような気がする。
特殊な性的嗜好を持つ人間ならば、この写真に対して何らかのインスピレーションを感じることもあるのだろうが、あいにく恭太郎はそんな可哀想な才能など持ち合わせていない。
どうコメントしていいものか判断がつかないため、適当なスタンプを送ることにする。
こういう対応に困る画像を送られた場合、このスタンプという機能は非常に便利だ。
例え相手に対して酷く失礼な内容だったとしても、ネガティブに取られることは少ない。
もうこれ以上メッセージが来ないことを祈る。
だが、かなめがこちらに連絡してくるということは、高い確率で恭太郎に対して何かしらの「お願い」がある時だ。
大体が「買い物に付き合って」だとか「傘持ってきて」などの他愛もない案件だが、それが面倒であることに変わりはない。
ぴろーん♪
-------------------------------------------
発言者:かなめ
あー、そうそう(๑´ڡ`๑)
またお願いしたいことがあるんだけどいい?
-------------------------------------------
良い予感というのは全く当てにならないが、嫌な予感だけは本当によく当たる。