『garden』
アレナ・キルトア
ショウ
シューラ
歌詞引用
garden/青野りえ
和訳:音ゲー歌詞和訳スレ 2nd>>270>>271
歌が、聴こえる。
どこか何かを訴えかけるようなそんな声で、どこのものかわからない言語で紡がれた歌が、微かに響いてくるのだ。
アレナ・キルトアは、買い出しをしていた。
時刻は、夕焼けが空を赤く染め始める頃。
彼女は雑技団一味『百戯夜行』の一員で、『葉組』と呼ばれる裏方チームの所属であり、食事・服飾係の任に就いている。
食事を任されているということは、その材料である食材の買い出しもまた彼女の役目の一つだ。
現在一行は南国ペ・ナシオンにキャンプを構えており、南国の国民の気質か、どの店も旅人であるアレナに親切にしてくれた。
夕方という値下げ時を狙って行ったのだが、この国の店はどこも気前が良い。
小麦粉を買い求めた店の女将に『クスクス』と呼ばれるこの地方の料理のレシピを教えて貰ったので、それでも作ろうか。
それから、林檎が安かった。
簡単だがコンポートでも作れば、団員の子ども達は喜ぶだろう。
そう思いながら帰路に付いていたのだが、耳はどうしても聞こえてくる歌声が気になってしまう。
おそらくは吟遊詩人か何かが芸を披露しているのだろう。
歌っているのは女性らしく、綺麗に透き通ったソプラノが響いていた。
しかしその歌詞は意味不明で、少なくともアレナの知っている言葉ではない。
芸を見せる、という意味では似たような組織であるサーカス団に所属しているアレナとしては、『彼女』の姿を見てみたい、という気が起きなくもなかった。
裏方とはいえ、曲がりなりにもサーカス団の一員。
気が付けば、声のするほうを目指して歩いていた。
『彼女』の声へ近付くにつれて、伴奏を奏でるピアノの音もだんだんと大きくなっていく。
どうやら吟遊詩人は、『彼女』一人ではないらしい。
海辺のヤシの木の陰で、『彼女達』は歌っていた。
片や、歌っているのは長い銀髪をサイドテールにし、途中から三つ編みにしており、あまりこの辺りでは見かけない装束を身に纏った女性。
赤からオレンジ、黄色へとグラデーションを描いた布を体に巻き付けるような独特の装束で、袖はパーツが分かれていて二の腕辺りで留められ、袖は鳥の羽根のようにぎざぎざとしている。
アリア・クランかリベルテのどこかの民族が、あんな服装をしていたような気がしなくもないが、アレナの記憶にそれと完全に合致する種族は無かった。
前髪の一部は染髪しているのかそういう種族なのか、黒くなっており、顔の両脇から流れる黒髪は途中からくるくると巻かれている。
夕方に吹く緩やかな風に個性的なサイドテールが揺れるも、彼女はそれを気にしたふうもなく、朗々と歌い上げていた。
その隣で伴奏を担っているのは、アズマ風の装束に身を包んだ金髪の男性で、こちらもまた前髪の一部とウルフヘアにした後ろ髪の毛先が黒くなっている。
羽織の上半身左側は脱がれており、腰布で括られたところからだらりと左袖が垂れていた。
腰には物物しくも、アズマで多く使われる剣である『刀』らしきものが提げられている。
曲がりなりにも旅人として、自衛用の武器と考えるのが妥当か。
細い刀身は少なくともリベルテやアリア・クランの物には見えず、女性との出身国は違いそうだ。
おそらく魔導具の一種なのだろう、キーボードは宙に浮かんでおり、指は軽快な動作で鍵盤を叩いている。
ギャラリーは旅の吟遊詩人にしては多く、20人程度が彼らから2~3m離れて演奏を聴いていた。
……変わった曲だ。
こうして傍に来てじっと聴いてみて、アレナは違和感に気付く。
この曲は、5拍子と6拍子が混在している。
どう考えてもペ・ナシオンの民族曲ではないような、ハイテンポなワルツだったが、よくよく聴くと5拍子と6拍子が複雑に入り乱れているのだ。
しかし非常に自然にそれらが入れ替わり立ち替わり訪れるので、ただ聞き流していたら絶対に気付かないほど自然。
何処の国の音楽だろうか。
旅をするようになって暫く経つが、このような曲調はあまり聴いた事が無い。
ほどなくして演奏が終わると、暫しの余韻の後に吟遊詩人の二人が恭しく頭を下げる。
ぱちぱち、とギャラリーが一斉に手を叩き始めたのでアレナもそれに倣おうとしたが、生憎買い出しした荷物が多くてそれは叶わなかった。
その代わりに、どうにか財布を取り出すと、おひねり用であろう前に置かれた籠に1000リラン札を2枚、そっと入れてやる。
「ありがとうございます」
アレナがお金を入れる仕草が見えたのか、男性のほうがにっこりと笑って礼を言ってきた。
その声は男性にしては少し高く、傍に立たれて気付いたが身長もアレナより低かった。
とは言えアレナが女性にしては高い身長の持ち主なので、こういう事はたまにある。
「いえ。良いものを聴かせて貰ったささやかな礼です」
愛想良く話しかけてきてくれた彼には悪いが、アレナは愛想を取り繕うのが苦手だ。
結局いつもの仏頂面で淡々と応じるも、男性は気にしたふうでもなく柔和な笑みを浮かべたまま応えてくれた。
「最後まで聴いてくれても、お金まで入れてくれる人はなかなかいないので」
そう言った彼は、おそらくそれなりにこの生活のシビアさを理解してなおこういう生き方を選んでいるのだろう。
現に今聴いていた20人程度のうち、金を放り込んだのはアレナを含めて5人程度しか居ない。
彼らにとって、アレナのようにきちんとお金を落としてくれる客は貴重なはずだ。
この2人の生計は、アレナのような存在が握っているも同然なのだから。
「まぁ、そうだろうな。聴くも聴かないも自由、金を入れるも入れないも自由、だろうし」
そう応えると、「そういうことです」と言って、男性は胸元に提げた勾玉に手を遣った。
すると、しゅるん、と微かな音を立ててキーボードが勾玉に吸い寄せられるようにして消え失せる。
どうやら、勾玉は楽器収納用の魔道具らしい。
「ところでさっきの曲、言葉はどこのもので?」
もう撤収するつもりらしい、と踏んだアレナは、気になることだけを率直に尋ねた。
しかし、その答えはすぐには返ってこない。
男性は気まずそうに目を逸らし、「ええと……」と言い淀む。
「それが、分からないんですよね」
「分からない?」
鸚鵡返しに尋ねれば、男性は相方の女性の袖をくいくいと引っ張って引き寄せると背中を押し、アレナの前に突き出した。
女性は突然の事に何が起きたのか理解していないようで、きょとんとしている。
「彼女、2年前くらいまでの記憶が無くって。でもいくつかの歌だけを覚えていて、これはそのうちの一つなんです。意味は分かるんだけれど、なんだったかな……すーちゃん?」
「歌詞の意味を言えばいいの?」
『すーちゃん』と呼ばれた女性は振り返ると男性に尋ね、頷くのが見えると語り出した。
「『朝も夜もあなたを思い歌う。薔薇は冬の月の下で閉じる、天国のように。真実が遠ざかる。ずっと彼らは私の小さな花達の世話に来ない。私の心を得ようとはしないんでしょう。私は愛を失う』」
するすると流れるように、彼女の口からは歌詞の意訳らしき物が飛び出て来た。
お世辞にも明るい曲ではないらしい。
どちらかというと、いや、どう考えてもこれは切ない曲だ、とアレナでも分かった。
「『支配者は春に溶ける。雪が愛に狂った世界を染める。時間通りだと知っていても。一晩中、落ち着かない私の望みを叶えて』」
そこまで語って、「このくらいでいい?」と女性は首を傾げる。
ありがとう、と男性が言うと、女性はすたすたとおひねり用の籠の中身を回収しに行った。
「あんまり明るい歌詞じゃないんだな。それになにより、この国に合っていない。雪に薔薇だなんて」
「だから、わざと訳さずに彼女の覚えているままに歌わせています」
男性は苦笑して肩を竦めると、まるで『観客が歌詞の意味が分からないように、突っ込まれないようにわざと女性の記憶のまま分からない言語で歌わせている』とも取れるような発言をする。
まぁ、それは賢明な判断だろう。
曲というものを評価するにおいて、歌詞というのは決して無視できるものではない。
仮に曲が良くても歌詞が陳腐であったり客の心情に合わないものであれば、心に響かないからだ。
しかし、とアレナは思う。
「それもなかなかギャンブラーな話だな。歌詞の力に頼らないということだろう?」
「そうなりますね。でも、彼女の声には『力』がある、と僕は思っています。だからコンビを持ち掛けて、こうして2人で旅をしていますが、困ったことは滅多にありません」
そう言った男性は、どこか誇らしげにすら見えた。
きっとその気になれば、全く別の歌詞を新しく作ってやることも出来ただろう。
でも、彼らはわざとそれをしない。
言葉の節々から、男性は女性のことをとても『尊重している』と、アレナにも察せられた。
「……ところで、『百戯夜行』というサーカス団を知っているか? 私はそこの一員なんだ。この街の西の広場で、夜の8時になったら芸を始める。良かったら、見に来て」
自分でも、なぜこんなことを口にしたのかは分からない。
それはさっき自分でも言ったように『良いものを聴かせてもらった礼』なのか、なんとなく、この2人には『百戯夜行』の芸を見に来て欲しい、と思ってしまったのだ。
吟遊詩人コンビは驚いたのか、暫しきょとんとしていたが、少しの間を置いて男性が破顔する。
女性は相変わらず無表情だったが、どうやら元々表情の起伏に乏しいタイプらしい。
それはアレナも人の事が言えないので、特に何か言うつもりもない。
「あはは、あなたも芸人さんだったんですね。それは奇遇です」
「私は表舞台には立たない。裏方だよ」
「なるほどね。興味があるよ。8時ですか、分かりました。見に行きます。良いよね?」
男性は女性に確認するように声をかけた。
女性は彼の言葉に対して特に何か否定するわけでもなく、ただこくんと首肯する。
「自分で言うのもなんだが、一定のレベルは保証する。それじゃあ、また」
「ええ。楽しみにしています。……僕はショウ。彼女はシューラ。もしまた逢う事があれば、その時はご贔屓に」
踵を返して去ろうとしたアレナに対し、ショウ、と名乗った男性は右手を差し出してきた。
――これも何かの縁か。
差し出された右手をしっかと握ると、シューラと呼ばれた女性がそこにそっと手を重ねる。
空は、少しずつ夜の蒼に溶け始めていた。
2016/5/8
歌詞引用は和訳だからセーフかなと判断しましたがまずそうでしたら消します。