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名前の無い物語  作者: 梶島
3/20

『蒼茫の記憶』

リタルダンド

フェルマータ

スフォルツァンド


【お借りしたPC】

ビルマリグ・ガザランド (ハルジオンさん)


※シナリオの大筋・設定描写にハルジオンさんの協力を多く仰いでいます。

ありがとうございます。

春。


リベルテ公国では、どの町もイースターの空気に湧いていた。

通りにはあらゆる屋台が並び、着飾った子どもが走り回り、吟遊詩人が音楽と歌を奏でる。


そんなお祝いムード真っ盛りとは対照的に、『魔術都市コンチェルト』に構えられたじめじめと暗い古書店『カルマート』店主、リタルダンドはいつも通りの暇を持て余していた。

リタルダンドは黒い髪をばっさりと切り落として流し、スクエア型の眼鏡の奥の双眸は紅く、垂れ目がち。

魔術の栄えたリベルテ国民らしくローブに身を包んだ、どこか神経質そうに見える彼は、実際かなり神経質だった。


――ったく、どいつもこいつも祭りだなんだと。


けっ、と内心舌打ちしながら、浮かれた頭の持ち主達を軽蔑する。

祭りの空気に浮かれているのはコンチェルトも例外ではなく、この街の中心である騎士・魔術師養成学校の生徒らしき若い顔も窓の外にちらほらと見受けられた。

しかも、この祭りに便乗して異性に告白したりプロポーズをする輩もいるらしいではないか。

全く、おめでたいことだ。

時世は政権交代に荒れているというのに、それを憂慮もせずにお祭りに現を抜かせているだなんて。


あー知らない知らない。

店の入り口ドアにかかった『OPEN』の札を『CLOSE』にひっくり返し、棚からハタキを取り出した。

どうせこのお祭りで浮かれたムードで学校も休みとくれば、ただでさえ閑古鳥が鳴いているこの店に客が来ることもあるまい。

別に、祭りに浮かれた街にこの店から生まれた埃を流してやろうなんて思ってはいない。


「……これは」


掃除を始める事およそ20分弱、レジカウンター周りを掃除していたらあるものが目に入った。

うず高く積まれた本の隙間に紛れ込んでいたのは、長さ15cm、幅は7~8cmあるかどうかの、リタルダンドの手の中にすっぽりと納まってしまう謎の金属の塊。


これは確か――一年ほど前に、アリア・クランに出稼ぎに行った知り合いが拾って来たもののはずだ。


リタルダンドは、『時を巻き戻す』魔法を使役できる。

その能力を思い出した知り合いは、リタルダンドであればこの金属の塊の時を巻き戻し、何であるか特定できると踏んで持ってきたのだ。

しかしリタルダンドにそこまでの興味が無く、知り合いもまた意味不明な金属の塊に興味は無かったため、今の今まで放置されていた、というわけだ。


シルエットは丸みを帯びてころっとしており、上部には円形の薄いプレートのような物が貼られ、それには細かい穴が空いている。

下部にはいくつかボタンがあったが、ジャングリラの公用語ではない文字が脇に書かれていて、リタルダンドの知識をもってしても読み解くことはできなかった。

そのボタンを押しても、うんともすんとも言わない。


それもそうだろう、この金属の塊はあちこちが欠け、凹み、どう見ても『壊れている』。


「まぁ、ゴミか」


いい機会だ。

どうせ一年も触らずに忘れていたのだ、今後これが話題にのぼることもないだろう。


いらね。


ゴミ袋に放り込もうとした、その刹那。


「リターっ! 居るんでしょーっ!」


甲高い声が、リタルダンドの耳を劈いた。

その声に、彼は心当たりがあった。


「うる……っさいな、フェル。人が静かに掃除に勤しんでいた所を邪魔するつもりか」


大袈裟に耳を塞いで渋面を向ければ、店のドアを勝手に開けて入ってきた二人組の女性。

『フェル』とリタルダンドが呼んだのは、幼馴染であり、この街の魔術師養成学校に通っている少女、フェルマータ。

浅葱色の長いポニーテールはゆるいウェーブを描いて膝のあたりまで伸びている。

溌剌とした瞳はぱっちりと開き、右目は翠、左目は蒼と左右で異なる輝きを湛えていた。

ざっくりとしたフリルのあしらわれたワンピースからは華奢な脚が伸びており、それはずかずかと容赦なく古書店カルマートへ闖入してくる。

その仕草も体型もまだ子どもらしさが抜けない部分があり、リタルダンドが彼女を邪険にする理由の一つだった。


「ごめんね、リタ。フェルったら、『リタのことだからどうせお祭りなんて無関係に店に閉じこもってるに決まってる』って言うから……」


その後ろで、大きなバスケットを携えているのは、フェルマータの姉であるスフォルツァンド。

彼女もフェルマータ同様魔術師養成学校に通っている最上級生で、学年の中ではトップクラス、かなりの優等生だ。

赤いウェーブがかった髪を頭の右側でサイドテールにして垂らしており、豊満なスタイルに自信があるのか、露出度の高い格好をしている。

ほぼ胸のあたりしか隠れないチューブトップは胸元に赤い石が光り、薄桃色のボレロを羽織っていた。

スカートは金魚のひれのように柔らかな皺の寄る材質で、そこから伸びる足もまた女性らしい肉感を纏っている。

フェルマータと同じく彼女も左右で違う輝きを持った少し釣り目がちな瞳の持ち主であり、スフォルツァンドは右目が翠、左目は橙色をしていた。

リタルダンド、フェルマータ、スフォルツァンドの三人は物心ついた頃からの幼馴染であり、お互いを愛称で呼び合っている。


「生憎俺は祭りにも興味が無ければ店も開けていない、帰れ」

「なんでそういう言い方するかなー! せっかく差し入れ持ってきてあげたのに」


しっしっ、と追い払うように手を動かすリタルダンドを、憤慨したフェルマータが咎めた。

その二人を諌めるかのように苦笑しながら、スフォルツァンドは彼らに歩み寄る。


「まぁまぁ。フェルも、差し入れって言ってもあなたオーブンの電源入れただけでしょう? リタ、良かったらこれ、食べて。イースターだから、エッグタルト焼いてきたんだ」


レジカウンター代わりの長机にバスケットを置くと、被せていたナプキンを取り払う。

そこには、こんがりと焼き目の付いた、黄色の眩しいエッグタルトが入っていた。


「要らん」


しかしそれに取り付く島もなく、エッグタルトを一瞥したリタルダンドは一刀両断で断る。

スフォルツァンドは料理が得意で、時折こうしてリタルダンドの許へお菓子や料理を持ってくる事があったのだが、彼はそれら全てをにべもなく断っていた。

リタルダンドの失礼極まりない言動に再びかちんと来たのか、フェルマータが口を開く。


「あのさぁリタ、断るにしてももう少し言い方ってものが――って、それ、何?」


彼に説教でもしようとしたのか、少し強い怒声をあげたフェルマータは、少しの間を置いて素っ頓狂な声を漏らす。

『それ』とは、リタルダンドが手にしている、金属の塊。


「これか? ゴミだぞ。欲しいならやるが」

「え、ゴミなら要らない……でも、気になるからちょっと見せて?」


手を伸ばし、フェルマータはリタルダンドの右手から金属の塊を取ろうとする。

リタルダンドもそれに抵抗することなく、彼女の手に金属の塊を委ねた。

金属塊は、見た目よりもずっしりと重く、しかし武器という訳でもなさそうだ。


「うーん……押しても、なにも起きないね」

「魔術の残滓も感じられない……魔術仕掛けの絡繰り、ってわけでもなさそうだね」


ぽちぽちとボタンを弄るフェルマータの手元を覗き込みながら、興味深そうにスフォルツァンドも金属の塊を眺める。

魔術に関して高いアンテナを持つスフォルツァンドの感覚をもってしても、謎の金属塊が何なのかは分かりそうになかった。


「確かに、これだとリタが言うようにただのゴミかもね。ぼろっちいし」

「そうだねぇ。見た感じ、何らかの魔導具っぽくはあるんだけれど……」


二人が諦めて、再びリタルダンドの手にそれを返そうとした瞬間。


――ざり。


砂が擦れるような、不愉快とも耳障りともつかない音がした。

その音の主は、今まさに話題にのぼっていた謎の金属塊からで。


「え……今、これ鳴った?」


フェルマータが少し困惑したように二人に確認しようとした瞬間、金属塊は再び語り出す。



――『総員第……戦闘配置、前衛各艦…は正面に散開……要撃戦を開始、友軍本隊の到着まで……』



「……なに、これ?」


金属塊の語りは止まらない。

明らかに困惑の色を強めた三人の気持ちなど知ったことか、とでも言うように、『それ』は喋り続けた。



――『援軍は! 本隊は……なのか!』


――『第一砲……大破!』



ざりざり、ざり。

砂嵐のような音を立てて、金属塊は沈黙する。

突然の出来事に当惑した三人の間に、粘ついた静寂が降りた。


「……今、これ、『戦闘配置』とか、『援軍』とか、『大破』って……言ったよね?」


どこか探るような声で、フェルマータが静寂を破る。


「そうだな」


リタルダンドはそれだけ言うと、フェルマータの手から金属塊をひったくった。

その動作があまりにも前触れ無く訪れたものだから、フェルマータが抵抗する隙もなく、彼の手に金属塊を委ねてしまう。


「あっ、ちょっとリタ! それどうするつもりなの!?」

「捨てる」


ぴしゃりと吐き捨てるように言うと、リタルダンドはフェルマータを睨んだ。

しかしフェルマータはそれに怯む様子は無く、悲痛を帯びた声で懇願する。


「捨てたらダメだよ! それ、たぶんきっとすごく大切な物だと思うの! 持ち主を探してあげようよ!」

「……探す? これが見つかったのはアリア・クランだ。それも一年以上前。たったこれだけのヒントで、どうやって持ち主を探すって言うんだよ」


リタルダンドは眉根を顰めながら、フェルマータの無謀とも言える願望を否定した。

彼の言い分に筋は通っている。

フェルマータは、金属の塊を見つけたリタルダンドの知り合いとも、それを委ねられたリタルダンドとも、この件に関しては関係が一切無いのだから。

しかし、彼女の色違いの双眸が悲痛に歪む。


「でも……私の想像が当たっているならば、これは『死んじゃった仲間の声』が入っているものなんじゃないかな、って思うんだ」


『大破』。

その言葉が意味するものは、おそらく『破滅』であろう。

この声の主は、きっともうこの世に居ない。



「持ち主も死んでいるかもしれないじゃないか」


リタルダンドは吐き捨てる。

流石にその言葉に反駁の手を失ったフェルマータは、顔が『納得が行かない』と言っていても、それ以上何かを口にすることは無かった。

静かに、リタルダンドの手にスフォルツァンドが手を重ねる。


「リタ、協力してとは言わないから、それをフェルに譲ってあげてくれない?」

「お姉ちゃん……」

「どうせ捨てるんでしょう? それなら、この子にあげちゃうのも、同じことじゃないかなって思うんだけれど」


どう?

そう言って、スフォルツァンドはリタルダンドの顔を見上げた。

彼女の口は弓型を描いており、それは叱られた子どもが母親の顔色を窺う、といったものよりも、どこか余裕の滲んだ、あくまで相手の出方を伺っている、というふうのもの。

彼女は、この活路に勝機を見出している。


「……そうだな。俺はゴミが捨てられて満足、フェルマータはお人好しができて自己満足、Win-Winってわけだ。分かった。やるよ」

「リタ……!」


言うと、リタルダンドは乱暴な所作でフェルマータに金属の塊を放り投げた。

わわ、と少し慌てふためいて、なんとか胸元でそれをキャッチする。


――それから、フェルマータの『持ち主探し』が始まった。




彼女が謎の金属の塊を手に入れて、半月の時が過ぎる。

街のイースタームードは少し落ち着いて、あちこちの店に並ぶイースターに合わせた商品は大抵が値下げ札を付けられていた。

要するに売れ残り、時期を逃した商品と言う訳だ。


フェルマータはあれ以来、ポケットに常に金属塊を入れていた。

いついかなる時に持ち主が現れるか分からないからだ。

幸いにも持ち歩きに不便しないサイズだったので、日常生活で特に困りはしていない。


リタルダンドからこれを受け取って、家で改めて姉と顔を合わせて色々動かしてみたが、金属の塊が再び喋り出すことは無かった。

スフォルツァンドの分析では、『音声を記録する、という点は魔導具である可能性が高いが、魔術の残滓が確認できない。なにか迷彩のような、魔術の痕跡を打ち消す高度な魔法かもしれない』とのことで。

それだけ高度なものなら尚更、持ち主の手に届けなくてはいけないという使命感がフェルマータを駆り立てた。

しかし、何時まで経っても、持ち主の尻尾すら掴めないでいる。


だが、フェルマータの取り柄は粘り強さと愛嬌とポジティブさだ。

諦めるつもりはない。


そんなある日、学校の帰り道。


「どうかしたんですかー?」


フェルマータは、とある男性に声をかけた。

その男性はコンチェルトの地図が掲示されている所で立ち往生して――要するに『困って』いるように思えたからだ。

身体つきはがっしりとしており、頭はスキンヘッドと、風貌はお世辞に言っても近寄りやすいようには見えなかった。

しかしそこでも怖気づかないのが、フェルマータという少女なのである。


「あぁ、お嬢ちゃん。この街の人かい?」

「はい。魔術師養成学校の生徒です」


男性はフェルマータに振り向くと、にっこりと愛想の良い笑みを浮かべる。

彼女がこの街の人間だと分かると、男性はこう続けた。


「俺はビルマリグって言って、行商人をやっているんだが……船が壊れてしまってなぁ。普段だったらアズマのオワリでメンテを頼んでいるんだが、魔導技術に詳しいこの国なら、他にも何処か直せる職人が居ると思うんだ。心当たりはないかい?」

「船が……それは災難でしたね。私はフェルマータって言います。えぇっと……」


ビルマリグと名乗った男性に向けて朗らかな笑みを浮かべ自己紹介に応じると、『心当たり』について記憶を手繰り寄せる。

純粋な魔導技術に詳しい職人であれば、駅に行けば早いだろう。

この街には、魔導機関で動く列車が通っている。


しかし、彼は『船』と言った。

駅員や駅の技術者は列車のメンテナンスには精通しているかもしれないが、船となると管轄外かもしれない。


――そこに、幼馴染の顔が頭を掠めた。


リタルダンドなら。

彼なら、『壊れる前』に時を巻き戻し、船を直せるかもしれない。


「分かりました! ちょっと、付いてきてください!」


にっこりと太陽のような笑みを浮かべてぽんと手を叩くと、ビルマリグを安心させるようにと軽快な足取りで古書店『カルマート』へと向かった。

ビルマリグはほっとしたような顔をして、フェルマータの後に続く。


「……なんで俺が?」


案の定、リタルダンドは嫌悪感を隠しもしない渋面を浮かべて、全身で『面倒だ』と言っていた。

しかしフェルマータも乗りかかった船、なにせ船だけに。

ここで退いてしまえば、ビルマリグが再び路頭に迷うことになってしまう。


「そう言わないで! 頼れるのはリタだけなの! お願い!」


両手をぱんと顔の前で合わせて、懇願するポーズを取ったフェルマータは絶対に退くわけにはいかなかった。

その態度を見て思うことがあったのか、リタルダンドは大袈裟な溜息をつく。


「はぁ……お前、そう言い始めると聞かないからな……分かった。分かったよ。降参。壊れたのはいつだ?」


『降参』と両手を挙げると、ビルマリグに尋ねた。

ビルマリグは思案顔になり、顎に手を遣りながら答える。


「2時間くらい前かな。動きがおかしくなって動かなくなって、そこから一番近くに見えたこの街に来て、修理できる人間を探していたんだ」

「……オワリまでの時間を見積もって、ギリギリオワリに着くまでには壊れない程度に直す。直したらさっさと出て行けよ」


重そうな腰を上げながら、リタは眼鏡の奥のルビーの瞳でビルマリグを睨んだ。

『降参』と口では言っても、本意ではないのだと言外に告げていた。

しかしそれもやはりと言うべきか、フェルマータが責める。


「リタ! そういう言い方しないでよ! 責めるなら私だけにして!」

「いやぁ、俺としては直して貰えるだけでとてもありがたいからなぁ。済まないな」


どうどう、となぜかビルマリグが仲裁する羽目になるのだった。


ビルマリグの『船』は、コンチェルトを出て1時間ほど歩いたところにあると言う。

その言葉と、ビルマリグの持つ方位磁石の示す方向を信じて歩き続けると、確かに彼の言う通り『船』があった。


しかし。


「ふ、船って! 空を飛ぶほうの船ですか!」


フェルマータはその『船』を見上げて仰天する。

ビルマリグの『船』は、『飛空艇』だったのだ。


コンチェルトはリベルテでも北方に位置しており海が近いので、2時間も歩けば海に出る。

だから彼の言葉を額面通り受け取って、海の上をゆく『船』を想像していたのだが、実際は飛空艇だったわけで。


全長は短く見積もっても50mを超え、高さも30m近くあるように見受けられる。

風を受けるためだろう、翼が左右に広がっており、ところどころにアンテナのようなものも取り付けられていた。

しかしあちこち塗装が剥げており、年季を感じさせるものだった。


「あれ? 俺言わなかったか? 『船』って」


頓狂な声をあげて、ビルマリグが尋ねる。

がばりと勢いよく彼に振り向くと、ぶんぶんと首を振ってフェルマータは答えた。


「いや、確かに船ですけれど! 普通船って言ったら海のほう想像しますって!」

「……で? 俺はこれを直せば良いんだな?」


つかつかと飛空艇に歩み寄ると、物色するようにその外壁を撫でるリタルダンド。

確かに、そこには魔術の痕跡が感じられた。

これは正真正銘、魔術仕掛けで動く飛空艇だ。


「このサイズの物を数時間巻き戻すとなると、短くても30分はかかる。適当に待っていろ」


ぶっきらぼうにそう告げると、リタルダンドは懐から本を取り出した。

フェルマータは、それに見覚えがある。

彼が『本気で』魔法を使う時に用いる、魔術媒介用の魔本だ。

滅多にお目にかかれないリタルダンドの『本気』に興味が無くもなかったが、それよりビルマリグの『船』のほうが興味をそそられた。

 

「それにしても凄いですね! こんなに大きな飛空艇、私初めて見たかも!」

「ははは、見たければ好きなだけ見て行ってくれていいぞ。なにせお嬢ちゃん達は恩人だからなぁ」


感激に目をきらきらとさせるフェルマータに、がっはっはと豪快に笑うビルマリグ。

彼にとってこの船は相棒のようなものなのだろう。

行商人だと言っていたし、きっと色々な物がこの船の中に詰まっているのだろうな、と思うとフェルマータの胸は期待に高鳴った。

その向こうでリタルダンドが黙々と魔法を詠唱し始めているが、『適当に待っていろ』と言われた手前、待っているしかない。


ふと、フェルマータはとある事を思い出す。


「あ……そうだ。ビルマリグさん。行商人、って仰っていましたよね? 色んな商品を見て来たあなたなら、心当たりがあるかも……これ、見たことあります?」


がさごそとポケットを漁って、取り出したのは例の謎の金属塊。

結局これはあれ以来喋る事もなく、沈黙を貫いたまま、ずっとフェルマータのポケットで眠っていた。


それを見たビルマリグが、目を見開く。

何事かを言いかけて口を開くが、声は発せられない。


驚いている。


そう見受けられた。

 

「ビルマリグさん?」

「お嬢ちゃん……なんで、これを?」


彼の声は震えている。

それは答えに等しかった。

ビルマリグが、この金属塊の持ち主である、と。


「リタの知り合いが、アリア・クランで拾ったらしいです」

「これ……これは、俺のものだ」


彼の言葉に、フェルマータはただ黙って金属の塊を差し出した。

ビルマリグは金属塊を受け取ると、感極まったような声でこう続ける。


「この船が、アリア・クランの雪原に堕ちて――てっきり、もうどこかに失くした物かと思っていた」

「私、これの持ち主を探していたんです。見つかって、良かった」


フェルマータは、金属塊が語った内容について触れることは無かった。

彼女の推測が正しければ、これは彼の仲間の今際の際を収めたものなのだ。

それは確かに大事な物であろうが、軽々しく触れて良い領域ではない。


ビルマリグは、無言で金属塊のボタンをいくつか操作する。

程なくして、ざり、というノイズの後に、半月前フェルマータ達が聞いたのと同じ音声が再生された。


「ああ……」


金属塊を耳元に宛がったビルマリグは目を閉じ、その音声を噛み締めているように見える。

きっと、様々な想いが彼の胸に去来したのだろう。


「まさか、これと再び逢える時が来るとは思っていなかった。お嬢ちゃん達は恩人も恩人、超恩人だな」

「凄い偶然ですね。これ、捨てようとしていたんですよ。リタったら」


笑顔を取り戻したビルマリグだったが、その表情は先ほどまでの明るく無邪気な物と比べると少し落ち着いたものに見えた。

色々な感慨を含めたような、そんな顔。

思い出した事の中には、悲しい事もあったのだろう。

だからわざと、フェルマータは冗談めかして答えた。


そうして、二人は暫し談笑に耽る。



「終わったぞ」

「わーい! ありがとー!」


いつの間にか30分が過ぎており、どこか疲れた顔をしたリタルダンドが戻ってきた。

フェルマータは喜びはしゃいで彼に飛びつこうとするが、腕であしらわれる。


とりあえず起動の確認を、ということで、ビルマリグに導かれてリタルダンドとフェルマータも飛空艇の中へ乗り込んだ。

初めて乗った飛空艇に、フェルマータは目を輝かせてあちこちに視線を遣る。

それが不躾なものかもしれないと思いつつも、興味が上回った。


ビルマリグは操縦席で何か操作しているようであったが、後ろから眺めていてもフェルマータにはちんぷんかんぷん。

しかし、程なくして『ぎぎぎ』と軋む音と同時にエンジンが唸りをあげ始めたので、飛空艇の能力が取り戻されたことが察せられた。


ビルマリグは一度操縦席を立つと、フェルマータとリタルダンドに向き直り、人当たりの良い笑みを浮かべて提言する。


「いやぁ本当に助かった! 何ならこの船に積んである商品を幾つか持って行ってくれても構わないぞ」

「要らん。俺は帰る」


それだけ言い残すと、リタルダンドはさっさと飛空艇から降りてしまった。

ビルマリグもこの1時間でのやりとりで、彼の人となりを幾許かは察したらしい。

苦笑を浮かべるも、引き止めることはしなかった。

 

「お嬢ちゃんは?」


矛先を変えてフェルマータに尋ねるも、彼女もまたにっこりと笑うだけだった。


「私も……それの持ち主がビルマリグさんだって分かったことが、今日一番のご褒美です」


その言葉を受けて、ビルマリグはと言うと、何も答えない。

ただ柔らかな微笑みを浮かべてフェルマータを見つめると、わしゃわしゃと乱暴に彼女の頭を撫でた。


「……お嬢ちゃんは、優しいんだな」

「だと、良いんですけれどね」


ぺろりと舌を出して肩を竦めて見せると、ビルマリグも合わせて豪快に笑う。

フェルマータは軽やかな足取りでくるりと踵を返すと、首だけ振り向いてこう告げた。


「リタのことだから、本当にたぶんきっちりとオワリまでの時間しか巻き戻していないと思うんです。私が長居してオワリに着けなかったら困るし、私も帰りますね」

「おう、ありがとう。世話になったな! もしまた俺の飛空艇がこの街の近くに着いたら、サービスさせてくれよ」

「はい! それじゃビルマリグさん、さようなら!」


大きく手を振ると、フェルマータはぴょんとブリッジから飛び降りる。

それから船の飛行の邪魔にならないように離れようと、駆けた。


程なくして、ぎぎぎ、と軋む音を辺りに響かせながら、飛空艇はゆっくりと地面から離れていく。


「……『りおでじやねいろ号』、か」


手でひさしを作るようにして、飛び立っていく飛空艇を見つめながら、その船体に書かれた名前を呟いた。

何処の言葉だろうか、耳馴染みのない響きになんとなく可笑しさを覚える。

しかしそれは決して侮蔑や嘲笑の類ではなかった。

飛空艇のエンジンが巻き起こした風に、フェルマータの長いポニーテールが揺らめく。



その姿が空の青に溶けるまで、彼女はずっと見つめていた。

2016/5/7

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