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名前の無い物語  作者: 梶島
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『渇きの大地に慈雨は降るか』

笛吹巳庵

枯れた大地に芽吹く生命は少ない。

飢えた土に緑が広がることもなく、ただ静かにじっとその日の生を繋ぐだけで精いっぱいの日々。


――そんな土地だからこそ、僕は少しでも救いの手を差し伸べたいと思う。


「全体的に栄養失調気味の人が多いから、栄養剤について説明するね」


旅の少年薬師、笛吹巳庵(うすいみあん)はとある名も無き小さな村に訪れていた。

南国ペ・ナシオンでもオアシスの間隔が広く水を手に入れるのにすら難儀するうえ、強い日差しは村民を炙っては容赦なく体力を奪っていく。

植物すらもそうそう根を張らないこの土地では、文字通り生きていくだけで限界だった。

そのせいか、痩せた者が多い。

決して恵まれたとは言えない土地にわざわざ訪れる医者は少ないのも自然なことで、調子の悪そうな村民にいくつか薬を処方した後は村長の家に常備できるような薬を置いていこうとした。


明らかになんらかの疾病に罹患した者には適した薬を個別に処方してある。

あとはこの村全体に蔓延る慢性的な栄養不足。

集めた薬草を独自に調合した栄養剤をありったけ鞄から取り出すと、村長とこの村の議会長に飲み方を説明した。

これだけでは焼け石に水であろうが、今日を生きるのに必死な村民からすれば、その今日が僅かでも楽になったほうが幸福だろうと思ってのことだ。


「この荷物の中、すべて薬なのですか」

「だいたいはね。僕は食事もほとんど摂らないし、こうして宿を都合して貰いながら移動しているから荷物は少ないよ」

「……そうですか」


違和感。

それに気付くと同時に、議会長が巳庵の腕を後ろ手に締め上げる。


「どういうつもりかな」

「これだけの貴重な薬を……ここで貴方が犠牲になってくれたら。この薬を街に売りにいけばもっと多くが助かるんです」

「専門家でもないのにどうやって売るのかな。効能も飲み合わせも解らない薬を? 売りに出そうっていうの?」


そう口答えすると、議会長が体重を乗せて巳庵を押し倒す。

うつ伏せの状態で倒された上に乗られて、身じろぎひとつ出来なくなった。

まぁ、するつもりもないのだが。


「あなたのように食べもせず金も要らない者に何が解る! 我々はただの人だ、飢えれば死ぬし死ぬのは怖い! この栄養剤だって本当はもっとあるんじゃないのか!」

「栄養剤はそれで全部だよ。荷物の中は全部薬だけど同じ薬を大量には作らない主義でね。それに――」


するり。

議会長の身体を何かが這う。


(いしゃ)がそう飲めと言ってるんだ」


刹那、議会長の身体が反転する。

蛇のように絡みついた『縄』。

それが議会長の身体を捕縛し、逆に地面に縫い付けていた。

巳庵が武器として隠し持つ、地縛縄(ちばくじょう)・ウィーペラ。

蛇の名を冠したそれは、巳庵の意思のままに動く終わりなき永劫の縄。


「残念だけれどその要求は飲めない。僕は医者の言うことを聞かない患者には厳しいよ」

「ひ、……化け物……ッ!」


村長は後ずさり、そのまま転びそうになりながら前のめりに家から出ていってしまう。

ここ、あなたの家でしょうに。

飛び出したところでどこへ向かうというのか。


「化け物、か」


数千年姿を変えず、飲食もそこそこに世界中を巡り続けている自分は、なるほど確かに化け物なのだろう。

でも、それでも。

人を愛し、人を助けて生きていきたいと、思った。


「この村にも長居出来ないな。夜明けまで待ちたかったけど……しょうがないか」


少年は荷物を手早くまとめると、議会長の捕縛を開放しては背負い鞄を背中に背負う。

そのまま夜闇に紛れるように、水龍に乗って何処かへと去って行ってしまった。


残されたのは、小分けにされた大量の栄養剤。

彼らがそれを信じて飲むか、化け物の施しと見做して捨てるか。

そんなのどちらでもどうでもいい。

救いの手を差し伸べても、それを取らねばならぬ義務はない。

彼らがこちらの手を振り払ったのだとしたら、それは悲しいことだが責める道理はなかった。


「あの薬草、また集めてこないとなぁ」


ぼそりと独りごちる。

あの栄養剤に使っていた薬草はあれで在庫が切れてしまった。

また摘みに行かないと、なんて思いながら、少年薬師は空を駆けた。


青空に一縷の水が伝う。

乾いた大地に降り注いだ慈雨を拒んだ彼らがその後どうなったのかは、ここでは語らないことにする。


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