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名前の無い物語  作者: 梶島
10/20

『虚ろな双つの太陽と(後)』

およそ、三カ月の時が過ぎる。


「む……?」


時刻は昼より少し前、といったところ。

陽が高く昇っており、時期も夏で蝉が鳴いている声が煩いくらいだった。

あれ以来社の祭壇に置いていた指輪が、カタカタと音を立てて震えているのに気付いたのだ。


――もしかして。

これが、姉妹の言っていた『時』なのか。


そう思うと、揺狐は二つの指輪を懐に仕舞い、香翔扇で風を起こして村へと飛んだ。


姉妹の住む家に、戸を叩くこともせずに入る。

おそらく、それに応えるだけの力も無いだろうと思ったからだった。


「揺狐、さま……」


案の定、プリムラとアンスリウムは居間に敷いた布団に倒れ込んでおり、息が上がっている。

焦点の合わない目で揺狐を見上げながら、細く白い右手が伸ばされた。


「『時』が来ました……どうか、私達の死を……見届けてください」

「それから、よろしければ……私達に、名前を授けてはくださいませんか」

「……名前?」


伸ばされた手を握りながら傍にしゃがみ込み、か細い声をどうにか聞き取る。

アンスリウムは弱々しく頷くと、こう続けた。


「はい。晶石人としてではなく、『聖核』として……『魔石としての私達』に、名前を」

「そうか……」


おそらく、悩んでいる時間はあまり無い。

なので、直感的に浮かんだ名前を口にした。



「『紅華玉こうかぎょく双魂そうこん』。これでどうじゃ。紅のふたつの花、そしてふたつの魂。紅いおぬしらには似合いじゃろう」


提案すると、プリムラとアンスリウムの目が満足げに細められる。

くちびるが弓型を描き――そう、初めて見る、姉妹の『笑顔』だった。


「良い名前。そう思うわよね、アンスリウム……」

「ええ、とっても素敵。私達にぴったり……」


その二人の姿は、だんだんとぼやけ、霞む。

自分の目のせいではないか、そう思って瞼を擦るも、姉妹は少しずつ輪郭を失い、陽炎のようになっていった。


「プリムラ、アンスリウム……っ!」


揺狐は気が付いた。

自分は今まで、この二人の名前をちゃんと呼んではいなかったことに。

最後に名前を呼ぶも、それを言い終わる頃にはもうプリムラとアンスリウムの人としての姿は無く、ただ大きく丸く紅い透き通った玉――『聖核』だけが、残っていた。

しかし、最後に聞こえた気がする。


――ありがとう、揺狐さま。




それから何百年経ったか。

揺狐は『紅華玉・双魂』を社の祭壇に置いて管理している。

急に居なくなったプリムラとアンスリウムについては適当に「西に戻るらしい。世話になったと言っていた。別れを言うと惜しくなるから黙って出て行きたいそうで、儂にだけ挨拶していったわい」ということにしておいた。


『紅華玉・双魂』については、分かったことが二つある。

まず、この魔石は揺狐の能力を引き上げることはできない。

揺狐の操る狐火は純粋な魔術ではなく、どちらかというと自然現象に近いからだろう、と分析した。


それから、この二つの石は遠ざけると輝きが鈍る。

近付ければ近付けるほど輝きが増し、それはおそらく魔石としての能力も近付けたほうが高まるのだろうということが察せられた。


さて、ではこの『紅華玉・双魂』をどうするか。

自分が守り続けても良いのだが、どうせならこれも信頼できる誰かに託して有効に活用して貰いたいものだ。

しかし、行動範囲がこの社、社のある森、麓の村程度しかない揺狐にそんな人物のアテなどあるわけがない。


その上、麓の村はとっくの昔に滅んでいた。

気候のせいか作物の出来が良くなかったとかで、集団で移住してしまったのだ。

揺狐も付いてくるかと誘われたが、揺狐は付いて行かなかった。


何故かというと、揺狐は本来森に住むただの妖怪だ。

ならば自分が生まれたこの森で果てるのが本来の姿というものだろう、と思ったからだった。

神格化されていたのはたまたまで、むしろそれがおかしかったのだ、と。


さて、どうするか。

その時、ふと思い出した。

あの姉妹の名前は、西大陸にある花の名前だと。

ならばそれを見に行こうではないか。

とりあえず『紅華玉・双魂』を荷物に忍ばせて、揺狐は単身で西大陸に渡ることを決意する。


資金面に問題は無かった。

村人達からお賽銭のように投げられていた小銭がそれはもう数百年単位で溜まりまくっていたからだ。

小銭ばかり出すので船の券売場ではかなり苦い顔をされたが仕方がない。


「ほぇー……これが海かぁ……」


船旅の途中、せっかくなので甲板に出る。

一面に広がる蒼茫とした光景に圧倒され、森の深い緑とはまた違ったスケールに軽いカルチャーショックを覚えた。

海風は森の中に吹く風とは違った匂いがして、すんすんと鼻を鳴らしてはその香りを楽しむ。

みゃあみゃあと鳴くウミネコを見れば、初めて見る鳥だと驚いたりなんかして。


そうこうすることおよそ2日ほどで、西大陸へと到着する。

アズマと違い、まだ統一されきれていないこの西大陸に正式な名前は無い。

しかし、空気からしてアズマと違うな、というのが感覚ではっきりと解った。

アズマと比べると湿度が低いのかなんとなくからっとした印象で、夏の筈なのにあまり暑くない。


まぁとりあえず花屋にでも行けば『プリムラ』と『アンスリウム』は買えるだろうか、と思い、港町を歩くことにした。


――のだが。


「魔物が出たぞぉッ!」


絶叫に似た悲鳴が空気を揺らし響き渡る。

船着き場のほうから蜘蛛の子を散らすようにこちらへと人間が逃げてきているのが分かった。

やれやれ、旅先でまで面倒事とは……そう思いつつも、足は逃げる人間の波を逆流するように船着き場を目指している。


――久々に、守ろうではないか。人間を。


船着き場に着けば、そこには船に絡みつくようにして海へと飲み込まんとする巨大な蛸のような魔物がすぐに見つけられた。

さて、海の魔物に火は通じるか――そう思いつつ狐火を放つため近寄ろうと香翔扇を開いた瞬間、小脇を駆けてゆく人影。


「『灼くは炎、堕ちるは雷光、天光の生まれ出ずる処より彼方へと。終わりを刻め』――っ、散れぃ!」


白いコートに紫のマントを羽織った長い銀髪の男性が、巨大な蛸へと腕を向けたかと思えば、空は急に曇天に変わり炎を纏った雷が蛸目掛けて盛大に落ちる。

雷は絡みつくように蛸の身体を這い、炎もそれに追従するようにして蛸を包み込んでいく。

そのついでに船まで燃えてしまっているのだが……まぁこれは仕方ない犠牲というものだろう。

揺狐だって、狐火を使えば船が燃えていたはずなのだから。


これまた表現しがたい音をあげて、船と共に黒焦げになった蛸が海へ沈んでゆく。

おぉっ、と歓声が上がり、巨大蛸を退治した男性に向けて拍手がぱちぱちと巻き起こる。


「なんじゃおんし、なかなかやるのぅ。儂の出る幕が無かったわい」


揺狐はトラブルを収めようとした同志、程度のつもりで銀髪の男性に声をかけるも、振り向かれた顔は渋い物だった。

陽の光を受けて煌めく銀髪の隙間からは長い耳が覗き、瞳は血のように紅く爛々としている。

睫毛が長く、髪が長いのも相まってどことなく中性的に見える……そんな男性は揺狐を見るや、頭のてっぺんからつま先までを睥睨した。


「なんじゃ女狐。その口調は儂の真似か。やめんか」

「は? 真似じゃないわい自意識過剰が。儂は元からこういう口調じゃ」

「自意識過剰はどっちじゃ。こちとら一大事を収めた英雄じゃぞ。それに対してもうちっと口の利き方というもんがあるじゃろうて」

「何を小童が。おぬしが出ずとも儂一人でなんとかなったわ」

「へぇ? おぬしは何かしたか? 儂が一撃で仕留めたあの蛸に何かしたか?」

「し、しとらんが……」

「ではやはりお主は無能ではないか。無能な上に自意識過剰とはだいぶ痛い奴じゃのう。うわっかわいそ……」

「むむむ……」


暫し口論していたが、反駁の手を失ってはただ眉根を寄せて唸るだけになる。

と言うか、何故同志の筈の彼にここまでボロクソに言われなければならないのだろうか?

そう思ったので、初心に立ち返ることにした。


「まぁ良いわ。そうじゃの、あの蛸はおぬしがどうにかしてくれよった。それは素直に賞賛しよう。すごいすごい」


ぱちぱち。

両手を適当に叩くも棒読み感満載である。


「全く、一ミリたりとも、敬意が見えんのじゃが」

「そんなおぬしに良い提案がある」

「提案?」


男性は胡乱気な目で揺狐をじとりと睨む。

一般人達はそろそろ事態の後片付けに取り掛かり始めたようで、船着き場にも人が戻ってきて、増えてきた。

注目を浴びすぎると会話が続けられないので僥倖だ。

揺狐は男性に提案することにした。

……そう、『紅華玉・双魂』をこの男性に託そうと。


しかし、簡単に託せるものではない。

念を入れて確認を重ねる。


「お主、見たところ魔術師じゃな? ちゃんとマギアを使って詠唱して魔術を放つ、魔術師じゃな?」

「そうじゃがそれがどうしたと。気持ち悪い女狐じゃな」

「気持ち悪いとか言うな。……儂はそれはもうでっかい魔石を持っておる。それも2つ。儂の出した条件をクリアしたら譲ってやろう。どうじゃ?」


そう言って、荷物から『紅華玉・双魂』を取り出して右手と左手にそれぞれ持って見せた。

『紅華玉・双魂』を見るやいなや、男性の目が輝く。


「な、なんじゃあそのどでかい魔石は!? 300万……いやひとつ500万リランは下らんぞ!」

「しかし困ったことに儂の能力は魔術と言うより自然現象に近いものでこの魔石の力を上手く引き出せんのじゃ。というわけで、これを引き取ってくれる人間を探しておった」

「ほうほう」


急に従順な態度になった男性に可笑しさを感じるも、それを表に出したらまた女狐だの気持ち悪いだの言われそうなのでぐっと堪えた。

さて、ここまで提案したは良いが肝心の『条件』が全く思い浮かばない。

とりあえず、不便なところから潰すことにした。


「儂は榾火揺狐。ご覧の通り妖狐じゃ。アズマから来たばかりでこの大陸には初めて来る。おぬしは?」

「儂はキースヴァイト・ブリックバレー。まぁ、そのへんの魔術師じゃ。この大陸にはずっと住んでおるな。たまに旅行はするが。それから、強いぞ」


キースヴァイト、と名乗った男性が自分で『強い』と言うのを聞けば、もうそれは分かったから良いんだが、という気持ちになる。

一応これでお互いの名前と簡単な素性は明らかになった。

それで次は……と、暫しの思案。


「なんじゃ榾火の。で、条件はなんじゃ。条件次第ではそれを飲むし儂に譲ってくれると言うのなら欲しいぞ」

「少しは待たんか。今その条件を考えておるんじゃ。……うーんそうじゃのぉ……この辺りで、魔術をぶっ放しまくっても許される平野はあるか?」


揺狐の言葉に、キースヴァイトは少し不信感を顔に浮かべるが、すぐに応える。


「この街を出て西に少し進めば人気のない平原に出る。魔物が時々出るから一般人は護衛無しには通らんな」

「ではそこに移動するぞ。おぬしの力が見たい」

「力、か。単純だが分かりやすいな。先ほどの蛸だけでは不満か? まぁ良い、その石が貰えるなら付き合おう」


先程の不信感から一転、不敵な笑みを浮かべ、「こっちじゃ」と揺狐を導くように先導して歩き始めた。

揺狐はそれに付いて行き、ほどなくして何もない、本当に何もない平原へと出る。


「さーて、キースヴァイトと言ったな。おぬしの得意魔術はなんじゃ?」

「さっき見せた炎と雷、あとは空間を弄るのも得意じゃの」

「ほう。ではそれを見せてみい。どれでも良い」


腕を組んで、実力を見せてみろとふっかけた。

しかしキースヴァイトは少し迷ったような素振りを見せ、一度揺狐に背を向けて右手を前に突き出したが、すぐに振り返って確認をしてくる。


「……焼け野原にしても構わんのか?」

「儂が風で消してやる。安心せい。と思ったがそうじゃな……儂の風にも限度がある、実力を測るという意味で、詠唱は無しで放て」

「分かった。それなら焼け野原とまでは行かんな。……ゆくぞ」


キースヴァイトが右手を再び突き出すと、掌が赤く輝き、火炎放射のように炎が噴き出した。

射程距離はおよそ7~8m程度……といったところか。

揺狐の狐火よりは強いが、確かに彼の言う通り焼け野原とまではいかないだろう。


「成程、分かった。では今度はこの『紅華玉・双魂』を持って、無詠唱で放て。この石は近付けるほど力が増すという特性を持っておるぞ」

「ふむ、預かろう。……持っただけで莫大なマギアが解るな……よし、行くぞ」


『紅華玉・双魂』をキースヴァイトの両手に託すと、揺狐は大事を取って数歩後ずさる。

キースヴァイトが言った通り、『紅華玉・双魂』の持つマギアの量は純粋な魔術を扱わない揺狐にも分かったくらいなのだ。

純粋な魔術を操るキースヴァイトが『紅華玉・双魂』を持って魔術を放てばどうなるか……。

それは、想像するに難くない。


キースヴァイトは『紅華玉・双魂』を両手にそれぞれ握った状態で、拳を重ねるようにしながら前に突き出した。

その次の刹那――キースヴァイトの前方が扇形に一気に焼け野原と化し、燃える草が無くなって燃え尽きる。


「は……なんじゃこりゃ……」

「……予想はしておったが……思ったよりヤバいの、これ……」


キースヴァイトの放った炎の魔術は草から草へと燃え続け、もう見えないところまで燃えて行ってしまっている。

それを見たキースヴァイトは思い切り振り返ると自分が燃やした前方を指差して、怒鳴った。


「おい! 責任取れ榾火の! もう見えんところまで燃えておるではないか!」

「あー分かった分かった。見てくるから待っておれ」


香翔扇を取り出すと、風を起こして高く跳躍。

どうやら軽く500mは燃えている。

 

とりあえず上空から強い風を吹き付けて消火を試みる、が……酸素を与えて余計火力を増してしまいそうな気もした。


まぁいいや、知らん。


とりあえず風を起こすだけ起こしたが、向こうは崖になっているのが見えた。

崖まで到達すれば燃える物が無くなって止まるだろう。

一度ふわりと着地したがそこは見事に焦土と化しており、キースヴァイトのポテンシャル、『紅華玉・双魂』のポテンシャル両方に驚くしかなかった。

再び香翔扇を翳し、高く跳躍すればキースヴァイトの許へと戻る。


「ちゃんと消しては来られたか?」

「んにゃ、微妙じゃの。じゃがあちらの方は崖になっておるようじゃし、そこまで行けば燃えるものが無くなってお終いじゃろ」

「適当にしよってからに……それにしても一体こんな逸品、どこで手に入れたんじゃ?」


キースヴァイトは呆れたような声で応じながら、一応『紅華玉・双魂』を揺狐の手へと返してくれた。

それを受け取って荷物に仕舞いこみつつ、頭に浮かんだ案を一度保留することにする。


「んー、ではそれは最後の条件にするかの。では二つ目の条件じゃ。おぬしはその力、何に使う?」


少しばかり唐突なようにも思える問いかけだったが、キースヴァイトは少し意表を突かれたような顔をした後に腕を組むと凛とした顔で答えた。


「当たり前じゃろ。人とこの大陸を守るためじゃ。さっきの蛸のように、ただの人間では太刀打ち出来ない場合もあるからの」

「ふむ。もう少し具体的にと言うか、もうひと押し欲しいな。おぬしはその力を使って、何を望む?」


質問が先ほどより曖昧模糊としたものになったようにも思えるが、だからこそキースヴァイトがどういう答えを提示してくるかが気になる。

あえて漠然とした問いかけのままで口にして、キースヴァイトが応えるのを待った。

彼は少し思案顔になって顎に手を遣りながら首を傾げていたが、それも20秒程度のこと。


「そうじゃのぅ、この大陸の平定かの。平定されれば民衆ももう少し安定した暮らしを送れるようになるじゃろうて」


その言葉に、揺狐は自然と口元が綻ぶのを自覚した。

にっこりと微笑みを浮かべてキースヴァイトに向ければ、二つ目の条件はクリアだと告げる。


「ふむ、良い心がけじゃ。少なくとも儂は、おぬしを『良い奴』と認めよう。では、さっき保留にした最後の条件じゃ」


ごくり、とキースヴァイトが唾を飲むのが分かった。


この『紅華玉・双魂』が貰えるかどうかの最後の試練。

それは一体何なのか、という緊張から来るものだというのは分かりやすい。

しかし。


「儂を花屋に連れていけ!」



そう告げるやいなや、キースヴァイトは明らかに呆れた顔をして「はぁ?」と右肩上がりの声をあげた。

とは言いつつも、『紅華玉・双魂』が欲しいのは本心らしく、渋々ながら街に戻ると一番の賑わいを見せる大通りへと出る。

大通りの一角に、色とりどりの花々を並べた花屋があった。


「……花とこの石、どう関係すると言うんじゃ?」

「まぁ待て。店主、『ぷりむら』と『あんすりうむ』はあるかえ?」


理解できない、というのが顔から滲み出ているキースヴァイトを手で制止して、揺狐は店主に話しかける。

店主は少し驚いたような顔をしたが、すぐにラッピングされた赤い花束と赤い花の植えられた鉢の二つ、カウンターに置いた。


「はい、こちらがプリムラとアンスリウムです。……プリムラの時期はぎりぎりですね。そろそろ終わる頃です」


プリムラは、柔らかく花弁の広がった、可憐な印象を与える可愛らしい赤い花。

アンスリウムは、大きなひとつの花びらの真ん中に淡い黄色をした部位がにょっきりと伸びているユニークな花。


「はぇー、そうじゃったのか。この時期に来て幸運じゃったの」


プリムラとアンスリウムがどのような花か全く理解していないまま来ていたので、時期については全くの盲点だった。

しかし、こうして二つを見ることができたのだから僥倖だ。

そして、キースヴァイトに振り向くと、不敵な笑みを浮かべて『最後の条件』を提示する。


「ではキースヴァイト、この『ぷりむら』と『あんすりうむ』を儂に買ってプレゼントせい。それが最後の条件じゃ」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ?」


思いっきり嫌そうな顔をするキースヴァイト。

しかし、「これをクリアせんと魔石はやらんぞ?」と一押しすれば、渋々財布を取り出し、プリムラとアンスリウムを購入した。

それから適当なカフェに入ってコーヒー――本当はあるならアズマ茶が飲みたかったが――を頼み、キースヴァイトの手に『紅華玉・双魂』を手渡す。


「……では種明かしじゃ。おぬし、永く生きていると見たが、晶石人は知っておるか」

「そのくらい知っておるわい。……まさか、この石……」


最後に全てを説明しよう、そう思ってプリムラとアンスリウムの話をしようとした。

晶石人、の言葉を出せば、どうやらキースヴァイトは知っていたらしく、そして『紅華玉・双魂』が『聖核』であることも察したようだ。


「そう。そして儂が『紅華玉・双魂』と名を付けた。二人の、花の名を冠した双子の晶石人の生きた証じゃ。しっかと受け取れ」

「成程な。……しかし『紅華玉・双魂』、か……儂が使うのに、『華』の字は些か女々しい気がするのう」


さすがにキースヴァイトも5000年の重みは思う物があるらしく、得心したように頷いた。

しかし、名前にどうにも引っかかるものがあるようで、首を捻っている。


「儂の名付けに文句を垂れるつもりか?」

「ふーむ……しかし持ち主はもう儂なのじゃから、どうしようと儂の自由じゃろ? では、『紅龍玉こうりゅうぎょく双魂そうこん』。これでどうじゃ」


ふん、と満足げに鼻を鳴らすキースヴァイトに対して、揺狐はテーブルに肘をついて頬杖をついた。

それから呆れたような声をあげる。


「龍、とはまた大きく出よってからに。名前負けしとらんか」

「やかましいわ女狐。この『紅龍玉・双魂』があれば無詠唱であれだけの魔術が放てるんじゃぞ、負けとらんわ」


それも『紅龍玉・双魂』のおかげじゃろうて、と思うが声に出すのはやめておいた。

ほどなくしてコーヒーが運ばれてきて、話も切り上げに向かうことにする。


「まー良いわ。悪用したと分かれば即座に取り上げるからの。大事にせい」

「言われんでも大事にするわい。……なにせ、一万年かけて出来たものなんじゃからな」


一応、あの時プリムラとアンスリウムから貰った指輪はキースヴァイトには隠して持ったままでいた。

きっと、『紅龍玉・双魂』に何かあればこの指輪が反応する、と思ったからだ。

まぁ、もしそうでなかったとしても、きっとキースヴァイトは『紅龍玉・双魂』を悪用はしないだろう。


そう信じることにして、コーヒーを。


一口、飲んで。


「……うぐ、この『こーひー』とやら、やたらと苦いぞ! うう、儂、これ飲めん……」

「はぁぁあ? 砂糖でも入れろ女狐! あとミルクもたっぷり入れてやるわい! お子ちゃまか!」


萎む語気に対して、呆れたような声。

いい歳こいてカフェで騒ぎ立てる二人には店員から釘を刺され、二人でしゅんとしながら甘いコーヒーを飲む。





初めて飲んだコーヒーは、苦くて甘い、不思議な味がした。

その思い出と一緒に、アズマにプリムラとアンスリウムを持って帰り、指輪と一緒に祭壇に飾る。


「プリムラ、アンスリウム。……儂の見込んだ男じゃ。信じてくれるじゃろ?」


何も言わない花と石。


――それでも、なんだか『良いですよ』と言われているような気がした。

 

2016/11/19

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