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エンジェリックスカイ/オキシダイト精錬所襲撃事件を端緒とした一連のテロとその結末  作者: すぎはら(せいらうんじ)
オキシダイト精錬所襲撃事件
8/8

8.現場検証(承前)

ロケーション:魔界・スプレッタシー海中域・ブルルキャピーテ王国・オドリビーチェ村属『村立オキシダイト発掘プラントB棟』



 このプラントを、一個の巨大な生物と解釈するならば。

 その孔は、さながらその生き物のはらわたに空いた傷口だった。


 わいにゃんがドルッシーによって最後に連れて来られたのは、発掘プラントB棟、精製オキシダント保管倉庫だった。


 その設備を一言で形容するならば巨大かつ堅牢な大金庫で、五十センチの厚みを持つ鉄扉に守られた、難攻不落の要塞として設計されたはずだ。

 けれどもその設計者の理念を嘲笑うかのように、五十センチの厚みを持つ鉄扉は、今では見るも無惨な姿に変わり果てている。

 暴力的に破壊され、高硬度の鋼鉄が、厚紙のようにひしゃげ、豆腐のように潰れている。


 そのぶち抜かれた扉を見て、わいにゃんは戦慄した。

 冗談抜きで、全身に冷たい震えが走るのを覚えた。

 そこに残されていたのは、百戦錬磨とは言わぬまでもかなりの経験を持つわいにゃんを震わせるほどの、規格外の破壊の痕跡。

 扉を構成していた金属の大部分が内側に吹き飛び、それがはまっていた扉枠にはえぐったような跡が残る。


 見事なまでに粉砕された保管倉庫の様子を一目見て、わいにゃんは状況を推測、理解する。

 扉を破壊したのは、おそらく五発の打撃だ。

 たった五発。

 その証拠に、目視する限り、吹き飛ばされた扉に残された凹みはわずか五箇所しかない。

 とても重い一撃が加えられたことを示す痕跡としての凹みが扉の四辺に。

 そして、それまでの四発でかなりのダメージを受けたであろう扉を破り切るため、全力で叩き付けられたであろう最後の一撃が中央に。

 これをやってのけた敵は、合計五撃で、鉄の扉を叩き開けた。

 それも、そこらのモーテルのトイレのようなちゃちな扉ではない。

 厚さ五十センチの鋼鉄の扉を、である。


 単純な腕力ではない。

 こんな破壊が可能なほどの腕力の持ち主は、魔界広しといえど、存在するわけはない。

 魔力によるブーストがかかっている。

 それが、肉体に付与されたものか。

 それとも、武器に対する改造か。

 いずれにせよ、“これをやった”敵のテロリストは、それだけの攻撃を、続けて五発、連続して放つだけの持久力と、魔力と、そしてその負荷に耐え得る武器、それに肉体とを持っている、ということだ。


 これまでの現場検証で、敵のスレイルが使用した武器は三種類に絞り込まれている。

 電磁ブレード。

 打撃武器。

 そして、高出力ライフル。


 この扉を破壊したのがこれらの武器のうちの一種類ならば、それは間違いなく打撃武器だろう。電磁ブレード特有の斬り裂くような痕跡とも、高出力ライフルが残すピンポイントな弾痕とも違った、単純に叩きのめすような重い一撃の連続。

 十中八九、ハンマーもしくは面打系の魔術付与がなされたマジックウェポン。

 しかし、この高出力は、わいにゃんが想定するそれらの武器の出力上限を軽く2ランクは上回る。


 常識外れの規格外。

 そんな性能を有し、かつ実用可能な打撃武器。

 そんじょそこらに転がっていていいような代物ではない。

 おそらく、どこかに秘蔵されていたいた国宝級のアイテムか、生半可な決意では使用すらできない呪い付きの武器、あるいは際条約違反を前提に違法改造された兵器だろう。

 いずれにせよ、入手するにはよっぽどのコネと大金が必要な代物だ。

 となると問題は、その強力な装備にわいにゃんの勢力は対抗できるのか? という点だ。

 わいにゃんには、打撃武器の使い手、それもマスタークラスの職業的兵士を相手どって戦った経験がない。

 それはおそらく彼の部下も同じだろう。


 もちろん、ちょっとしたハンマー程度の使い手程度なら、どこにでもいる。

 けれどもそうした連中は、ハンマーをただの重量のある武器としか考えていない。

 重さとは強さだから、敵の頭を目掛け、ただその重量を叩き付ける。

 その程度の戦い方しかできない連中だ。

 駆け引きも、フェイントも、ハンマーヘッドが描く軌道も考えず、たた相手の頭を潰すことしか考えない攻撃は、当たれば確かに脅威だが、しかし単純で、対処がし易く、相手取るにはむしろ楽な相手だ。


 しかし、今回の相手はそんな奴らとはランクが天と地ほども違う。

 まさに別格。

 この敵が、そのあたりにいる雑魚程度の戦い方をするとはとても考えられない。

 少なくとも、わいにゃんは敵の技倆をそこまで深読みしている。

 そのような根拠のない推測は混乱のもとだが、しかしこの敵に関しては、深読みしすぎる程度が丁度良い、と、わいにゃんは考える。


 と、その思考を破るように。

「ここには、およそ十二トンの純オキシダイトが保管されていました」

 工場長の声。

 オキシダイト十二トン。

 ちょっとした街で消費される全魔力を一月間まかなうのに十分なほどの魔力の結晶だ。


「そんなに大量のオキシダイトを、テロリストは一体どのように?」

 わいにゃんは、思い付いた疑問をそのままデメストラ工場長にぶつける。

「おそらく、運送用リフトを使用したのでしょう。あらかじめ通路の警備兵と作業員とを殺害した上で、二キロ先の搬出口までオキシダイトを運ぶ。そして、そこにあらかじめ用意されている水中艇に荷物を運搬し、海上にまで送り出す」


「となると、テロリストは、メンテナンスハッチから侵入した後、搬出口からオキシダイトと共に脱出した、ということになります。しかし、それだと侵入用の水中艇と運搬用の水中艇をそれぞれ別に用意することになります。二度手間ではないでしょうか」


 メンテナンスハッチはドームの上方にある。テロリストがメンテナンスハッチから侵入したというなら、水中艇はその場所に乗り捨てる形になるはずだ。

 デメストラは、そんなわいにゃんの言葉を簡単に訂正する。

「いいえ、その必要はありません。というのも、当プラントには資源運搬用の水中艇が常時用意されており、目的地の座標を入力すれば、その場所に自動で資源を運送できるようになっております」


 なるほど、と、わいにゃんは納得する。

「ちなみに、その資源運搬用の水中艇の追跡は可能ですか?」

 その言葉に、デメストラ工場長は首を横に振る。

「いいえ。本来なら本部からの遠隔操縦が可能なはずなのですが、何らかの操作を受けたらしく……」

 デメストラは、少し恥ずかしそうに、そう言葉を切る。

 自身が管理している装置を敵に操作され、奪われた。

 そのことを認めるのは確かに苦痛のはずだ。


 その心境が痛いほど分かるわいにゃんは、促すように言葉を添える。

「操作、というのは、ハッキングの類でしょうか」

 工場長デメストラは、その言葉にゆっくりとうなずく。

「ええ、おそらく……。実を言うと、私はそうした装置の類には詳しくないため断言はできかねますが、ハッキングの可能性は十分に考えられます。想定される事態としては、搭載のOSがハッキングされたか、あるいは、搭載されている追跡システムを物理的に破壊、改造されたか……」


 わいにゃんは、黙ってその話を聞く。

 工場長によるその説明の、奇妙な点について、わいにゃんはすでに気付いている。

 そして、それは、テロリストたちが資源運搬用水中艇を使用した、という事実の中に感じた違和感でもある。

 その違和感を、誰にともなく、口に出す。

「こいつらは、内部の事情について知り過ぎている……」

 つまり、そこに運搬用の水中艇が存在するということを知っていたのみならず、それらの追跡システムを無効化すらしている。

 それは偶然や思い付きの動きではなく、計算されたルートだ。

 そもそも、システムの無効化のためにはそれなりの準備が必要なはずだ。

 そのためには、水中艇の型番や構造を事前に熟知していなければならない。


 内部協力者でもいたのか……。

 夢の庭園で意思疎通を行うセイレーン属は同胞への強い帰属意識を持ち、同属を裏切るような真似はしない。

 だから、そのような人物がいたにせよ、同属への明確な悪意を持ってテロリストに協力した、という線は考えにくい。

 むしろ、相手の正体を知らず、会話の弾みなどでうっかりと漏らした情報をそのまま拾われた、と考えるほうが妥当だ。


 あるいは、セイレーン以外の種族の者、という線もあり得る。

 ブルルキャピーテの大部分の住民はセイレーン属だが、中にはごく少数ながら、別種族の者が存在している。

 そうした連中のうちの一人が、何らかのはずみでセイレーン、あるいはこのプラントに恨みを覚える。

 それに目をつけたテロリストが、内部協力者に仕立て上げる。

 なるほど、ありそうなシナリオの一つではある。


 けれども、証拠はなく、推測の域を出ない話だ。

 だから、可能性としてはあり得るものの、決めつければ予断となり、調査に対して歪んだ視点を持ち込むこととなる。

 けれども、常識的な考えにとらわれすぎてしまえば、この変幻自在な敵の正体を捉えることすらできないだろう。

 そのことを痛いほど分かっているわいにゃんは、ひとり、深くため息をついた。


 二時間後。

 現場検証を終えたわいにゃんは、部下を背後に引きつれて、ドルッシーと工場長デメストラに礼を述べる。

「ご協力ありがとうございます。これで、見るべき場所は見終りました」

「とんでもありません。これで調査の助けになれば良いのですが……。何せ、無惨に殺され、死んでいった部下たちの無念を思うと……。」

 差し出したわいにゃんの手を握る工場長の真摯な言葉に、わいにゃんは思わず背筋が伸びる。

「敵の正体と意図は今なお不明です。現時点では、残念ながら、テロリストに辿り付けるかすら怪しい。ですから仇を討つとの確実な約束はできません。しかしながら、私は能力の全てを出し切って調査を続行するつもりです」

 そして、ドルッシーに向き直る。

「とりあえず、今から宿泊施設に向かい、そこで、得られた情報を分析したいと思います。場合によっては、再度プラントを訪問することになるかもしれません」

「承知致しました。わいにゃん子爵のご希望は、可能な限り叶えるようにとミア女王陛下から言いつかっております」

「ご配慮、重ねがさね感謝致します。早速、今から宿泊施設に向かえませんでしょうか?」


 三十分後。

 わいにゃん一行は、ブルルキャピーテ王国の三つ星ホテルである『ホテル・ロイヤルウィーダル』の最上階スイートルームにいた。


「わー、みてみてよしおー! ほら、ベッドが超フカフカでお姫様って感じ!」

 そう言って、はしゃぎまくるロングテイルを尻目に。

「そいつは良かったな」

 その言葉とともにわいにゃんは、持参したコンピュータ一式をロイヤルスイートのだだっ広い居間に展開終了した。


 超高級マホガニーのデスクには、三台の大型モニターが設置され、ブルルキャピーテ王女から提供を受けた海中回線を通じてわいにゃんキャッスルのオペレーティングルームとリアルタイムで繋がっている。

「聞こえるか、サウザン。状況に関しては、今伝えた通りだ」


 作業と平行して、わいにゃんは既に回線の向こうのサウザンに状況を伝えてある。

「通話は良好。そして、わいにゃん様の状況を把握完了致しました。こちらで行った分析、そちらから断続的に送られてきたデータの解析、そして今の話を総合した結果、いくつかの可能性を提示できる状況にあります」


 サウザンは、時々独特な言葉遣いで説明を行う。

 たった今の、『可能性を提示できる状況にある』、という表現もその一つだ。

 それは、サウザンのスイッチが入っている証拠だ。

 つまり、今の彼女は、目の前のデータに対し、完全に没頭している。


「分かった。教えてくれ」

 わいにゃんは、そう言って、画面のサウザンに対し、促すようにうなずく。

「まず、一つ。テロリストの正体について。その武装、人員構成、そしてKBさんが気付いたルンデンプング王国におけるオキシダイトプラント爆発事故との類似性から鑑みて、敵はおそらくアーミシュアット共和国が関与する武装勢力であると思われます」

 その言葉に、わいにゃんは即座に反論する。

「あり得ない。アーミシュアットは、反天使を掲げる国家だ。そこの連中が、いくら目的のためであるとは言え、改造天使であるスライン属のテロリストと手を組むとは到底思えない」


「その通りです。従来の常識から言えば、あの国で大虐殺を行ったスライン属は、アーミシュタット共和国にとって、最悪の敵です」

 サウザンは、わいにゃんの反論の正当性をあっさり認める。

 しかし、わいにゃんはその言葉に含まれたある種のニュアンスを耳ざとく聞き取る。

「従来の常識から言えば? ということは、あの国で新たな常識が形成されつつあるということか?」


「ええ、おそらく。これは未確定情報ではありますが、あの国から発せられる様々なシグナルから解釈した推測によれば、現在はライノ将軍を旗印とする一派が国内で力を付けているようです。これは、この数時間で意見交換した複数の国の情報分析官、それに民間のウォッチャーからの情報をソースとした推測です」

 サウザンの顔は広い。

 彼女は複数の情報コミュニティーに独自のチャンネルを持ち、彼らとの定期的な意見交換を通して常に手持ちの情報を最新の事情に合わせてアップデートしている。


 そのことを知っているわいにゃんは、サウザンの言葉に特に驚くこともなく、話を続ける。

「ライノ将軍?」

「天使の攻勢を打ち破ったランブールの戦いにおいて、国の英雄となったドムール=インドラグの副官を務めた男です。現在の国家元首ドムール=スレイグはドムール=イングラムの息子ですが、その態度を優柔普段であると断ずる強硬派が、ライノ将軍を頭に推し、ランブール国内において勢力を強めていることはほぼ確実です」

「つまり、アーミシュタット王国には一種のクーデター的な空気が満ち始めているということか?」

「そこまで危険な状況ではありません。しかしながら、ええ、このまま行けば、内乱に突入する可能性もなくはありません」


 なるほど、と、わいにゃんは考える。

 今の話が事実であるとすると、ランブール共和国には、国家元首による主流派、主流派の方針が生温いとして反発を強めるライノ将軍派の二派が存在することになる。

 そのうちのライノ将軍派が、勢力を強めるために、従来の方針と外れる方策を取った。すなわち従来の想定敵であったスレイルと手を組んだ。

 そう考えれば、一連の動きに一応は納得がいく。


「けれども、その話がなぜブルルキャピーテ国内でのテロに繋がる?」

 問題はそれだ。

 ランブール共和国における主流派とライノ将軍派の衝突は、あくまでランブール国内の問題でしかないはずだ。


 これが主流派、あるいはライノ将軍派の主要人物を狙ったテロというのならサウザンの説明に納得できる。

 あまり気持ちの良い話ではないが、政争には暗殺が付きものであるというのは確かな事実であり、また、そうした暗殺が、多数の人間を巻き込めば、テロという形にもなるだろう。

 けれども、今回のオキシダイトプラント襲撃は、それとはまったく位相を異にしている。

 すなわち、この犯人は、明確に資源の奪取を目的としており、ただ目的の人物を殺しておしまい、というような分かりやすい動機によるものではない。


 そのことは、サウザンも十分に理解しているのだろう。

 だから、わいにゃんの質問に対し、あっさりと答える。

「不明です。今の話において一つだけ明確なことは、ライノ将軍派という第二勢力の台頭により、今回のテロがランブール共和国の手引きによるものである可能性が生じた、ということのみです」


 その言葉に、わいにゃんはうなる。

 パズルの全体像は未だに不明なものの、しかし、サウザンの指摘によって、手持ちのピースが増えたことは確かだ。

 問題は、そのピースがどこに当てはまるか、ということで、そのために知らなくてはならないことは、テロリスト達がオキシダイトを奪取した目的だ。

 しかし、それについてのヒントはない。


 そのことに考えるのは一旦中断し、わいにゃんはサウザンに話を促す。

「その件については理解した。他に情報は?」

「二点あります。まずは、確実な情報から。テロに先立ってブルルキャピーテに出入国を繰り返していたランブール国籍の人物の正体が判明しました」


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